陸の人魚は嘘をつく1



 アルフォード家の使用人は、交代で週に一回ほど休暇をもらえる。メリッサははじめて休暇をもらった日、ダラムコスタの町へ行くことにした。目的のひとつは薬師協会にあいさつをして、助手の仕事がないか聞くこと。カイルやラファティも探してくれているが、だからといって任せっきりはよくない。


 そして、もうひとつはラファティに会いに行くことだ。ラファティには薬師としての腕前を見てもらうつもりだった。

 いきなり押しかけることはできないので、ラファティには事前に手紙を書いて約束をとりつけた。手紙を出すときに、カイルに相談をしたら、彼が仕事のついでだといって届けてくれた。仮にも仕えているあるじをそんなことに使っていいはずはないのだが、カイルはわりと世話焼きなのだ。

 そして当日は仕事のついでだと言って、馬車で送ってくれる。


「帰りは必ず辻馬車で帰れよ」


 カイルは本当に世話焼きで心配性だった。メリッサは故郷の村からダラムコスタの町まで徒歩で旅をしてきたのだ。彼女にとって歩いて一時間もかからない道のりは馬車に乗る基準ではない。


「そんなに距離もないし、もったいないから歩いて……」



――――ゴン。



「バカか! ここはおまえの故郷のド田舎とは違う」


「さ、三回目……! で、でも……今までずっと旅をしていましたし」


 軽くでも、鉄拳制裁はショックだ。メリッサが非難するとカイルはひどく冷たい視線で彼女をにらむ。


「今までたまたまなにもなかったからといって、これからもそうだとは限らない」


「そうですけど、なんでいつも私だけ!」


「マーガレットもほかの使用人も、軽率な行動で俺を心配させるようなことはしないだろう?」


 バカなのはおまえだけ、カイルはそう言っているのだ。


「そんな特別あつかい、全然嬉しくないです」


「いやならせいぜい気をつけるようにするんだな、本当に自覚が足りない。……あぁ、そうだ、忘れていたがコンラッドがおまえのことを、まあまあだと言っていた」


「それは、ほめ言葉なんでしょうか?」


 メリッサの感覚ではそれは誰かをけなす言葉ではないとしても、とくにほめてもいない。


「コンラッドにとってはそうじゃないか? 礼の代わりに、眼鏡をみつくろってやるようなことを言っていたぞ。よかったな」


 コンラッドという人物は、どうしてもメリッサの黒縁地味眼鏡が許せないようだ。なるべく目立たずに生きていきたいメリッサにとっては、よろこんでいいのか微妙な話だ。


「ふだんはそんなことないんだが、たまたま複数の船が同時に来ると、さすがに手一杯になるらしい。そのときはまた頼むかもしれない」


 また頼むかもしれないということは、メリッサも覚悟していたが薬師の仕事は現状では見つかりそうもない、というふうにもとれる。

 メリッサの考えていることが顔に出てしまったのか、カイルの表情が少しだけ優しくなる。


「あせっても仕方がないだろ? たとえおまえが地味眼鏡でも、女が他人の下で働くなら、上の者は誰でもいいってもんじゃない。俺とラファティ殿の知り合いということならめったなことは起きないだろうが、いちおうな」


 今のように複数の人間が働く場所ならともかく、薬師は何人も助手を雇えるような仕事ではない。女性なら、独身の若い男性の下で働くのは危険だし、既婚であっても女性関係にだらしない人物もだめだ。


「そういえば、ラファティ師匠ししょうとウィレミナさんは……」


 ラファティはどうみても家族がいるようには見えない。そしてウィレミナは年頃の女性だ。


「おまえ、あれはどっからどう見ても恋人同士だろ?」


「え? ……そうなんですか?」


 一度会っただけで見抜くことは、メリッサには少し難しい。なぜ、わからないんだ、というようなカイルの小馬鹿にした表情に頬を膨らませていると、馬車が停まる。

 馬車がラファティの薬局近くに到着すると、カイルは当然のように先に降りて、メリッサに手を差し伸べる。カイルはこれから仕事のはずで、ここで降りるのはメリッサだけだ。


「ありがとう、ございます」


 差し伸べられた大きな手があたたかく、なんとなく落ち着かない。カイルはいろいろとずるい人間だった。意地悪なことを言った直後に、自然に手を差し伸べてメリッサを優しくあつかうのだから。



 §



 からんころんと音を立てながら扉を開くと、ウィレミナとラファティがメリッサを出迎えた。事前に訪ねる時間を知らせておいたので、さすがのラファティも起きている。


「やあ、いらっしゃい」


 店においてある簡素な椅子に腰を下ろすようにメリッサに勧めてから、ラファティもそこに座る。

 お茶を運んできたウィレミナもラファティの隣に座る。もし、ラファティと二人きりになるチャンスがあるのなら、人魚かどうかを探ってみたいと考えていたメリッサだが、彼女が一緒では無理そうだ。


 万が一間違っていた場合、メリッサに命の危険があることを考えれば、たとえ二人きりになったとしても、どうやってラファティに話を切り出していいのか、メリッサにはまったく思いつかない。

 ラファティの正体を探るのはまたの機会にして、さっそく今日の目的であるメリッサの仕事ぶりを見せることにする。


 ラファティの作業場で、基本的な薬のいくつかを作るように指示されたメリッサは、緊張しながらも正確に薬の製造に取り組む。

 薬のもとになるものは薬草などを乾燥させたものだ。同じ植物でも部位によって効能が違い、使われ方も違う。ラファティは間違えやすいものが混ざっている薬をわざと選んで作らせて、メリッサを試しているようだ。


「資格もあって、基本的なことはきちんとできますね。これならば君を推薦することができますよ」


「本当ですか!?」


「ええ、私が口添えしますから薬師協会へ一度顔を出すといいですよ」


 ラファティのお墨つきがもらえたところで、メリッサはさっそく薬師協会の支部へ向かう。

 協会支部までは、町の地理に明るくないメリッサを心配したウィレミナが、同行してくれることになった。


 メリッサはウィレミナと並んで石畳の道を歩く。細い路地から大きな通りに出れば、馬車が行き交い、多くの人で賑わう様子が見える。

 推薦状がもらえたことで少し浮かれながら歩いていると、薬師協会まですぐにたどり着く。

 といっても、協会単独で建物を所有しているわけではなく、ダラムコスタで一番大きな病院の二階部分を間借りしているだけだ。決められた時期におこなわれる試験のとき以外は、事務員が一人か二人いるだけの小さな事務所だった。


 メリッサはそこで、ラファティからの推薦状と一緒に、助手を探している薬師がいないかをたずねる。


「うーん。今のところそういう話はありませんね」


「そうですか」


 残念ながら、薬師協会には助手募集の話はきていなかった。


「でも、募集があったらお知らせできるので連絡先をこちらへ」


 事務員の青年が紙を差し出す。そこに氏名や連絡先、諸条件を書いて協会で預かってくれるのだという。


「助手ならその方が求める条件があるでしょうから、最終的には面接をしてということになりますが、ラファティさんの推薦状もありますし、そんなに落胆しないで大丈夫ですよ。きっと」


「はい。よろしくお願いします」


 なにもかもがうまくいくわけではない。それでもカイルやラファティのおかげで路頭に迷わずにすむメリッサは、かなり幸運なのだ。


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