第30話「真実を知る人」






   30話「真実を知る人」





 斎と最後にあってから数週間。

 夕映は、ジムのテニスレッスンを休んでいた。あのジムには、斎がよく来ているのだ。

 会うかもしれないとわかっていて、行くことが出来ない。

 斎と話をしてはっきりさせないといけない。

 そうわかっているのだけれど、いざ会おうとすると夕映の足は止まってしまうのだった。


 それに斎から何も連絡はなかった。

 いつも忙しくしている斎の事だ。前にも同じような心配している。だから、きっと突然やってくるのだろう。そう思っていた。

 けれど、最後に彼に会った時。夕映は激しく彼を拒んだ。

 もしかしたら、その言葉を聞いて自分の事を諦めて、会いに来ないのではないか。夕映はそんな風に考えてしまっていた。


 自分から「会いに来ないで。」と言ったのに。我が儘な考えだと夕映もわかっていた。

 けれど、もう会えなくなる。

 そう思ってしまう自分がいるのにも、夕映は気づいていた。


 今更気づいても、意味がないというのに。








 「夕映ちゃん、お誕生日おめでとう。」

 「ありがとう、南ちゃん。」



 この日は、夕映の誕生日だった。

 仕事が終わってから、南が自宅に誘ってくれたのだ。オードブルを買ってきたり、南が作ってくれたデザートを食べながらゆっくりと過ごしていた。

 南は誕生日プレゼントまで準備してくれており、夕映は幸せな時間を過ごしていた。

 社会人になってから恋人と過ごす誕生日はほとんどなかった。恋人が出来ても長続きしない夕映は誕生日にお祝いしてもらえても、本当にこの人と一緒でいいのだろうか?と、考えてしまい純粋に喜べなかった。

 だからこそ、大切な人にお祝いされる事が心地よく幸せだった。



 「南ちゃんのケーキおいしいね。甘さ控えめだし、フルーツもたくさんだし、いっぱい食べられそう。」

 「よかった!いっぱい作ったからよかってらおうちに持って帰ってね。」

 「ありがとう。嬉しいなー。」




 南が好きな酸味のあるコーヒーと、フルーツケーキはとてものよく合い、夕映はついつい多めに食べてしまっていた。

 体が甘さを欲していたのか、幸せな気持ちになり自然と頬が緩んだ。


 それを見つめている南は何故か真剣な表情だった。


 その視線に気づいた夕映は、不思議に思い彼女に問いかけた。



 「南ちゃん、どうしたの?難しい顔をして?」

 「………夕映ちゃん。今日は、本当だったらテニスの日だよね?休んでよかったの?」

 「あ、うん。ちょっと体が疲れてて……今はテニスお休みさせてもらってるの。」

 「………そうなんだ。夕映ちゃんのお祝いしたいって連絡してたとき、今日が予定がないって聞いて驚いたんだよ。」




 夕映は南から視線を逸らしながら言葉を紡いでしまう。夕映は南には斎の事を話しずらかったのだ。

 状況が変わった今も昔も。


 

 「夕映ちゃん、斎くんと何かあった?」

 「え………。」

 「夕映ちゃんがあの飲み会から、少し雰囲気変わったから。幸せそうというか、満たされてるように見えてたから、きっと斎くんと恋人に戻ったのかと思ってたんだけど……。」



 南の想像もしなかった言葉に夕映は驚いてしまった。

 南がそんな風に自分を見ていたこと。そして、それを夕映に言うこと。

 南は斎の事を、もう好きではないのだろうか。


 夕映は複雑な思いで、言葉を出せずにいた。

 すると、その様子を見て何かを察知したのか南はまた口を開いた。



 「やっぱり、斎くんと何かあったんだね?」

 「な、何にもないよ?付き合い直してもいないし。」

 「………それって、私が斎くんの事好きだったのが理由じゃないよね?」

 「ち、違うよ!私はあの頃も斎が大好きだった。だから、南ちゃんが告白しても別れるつもりなんてなかったよ。」

 「………でも、あの後すぐに夕映ちゃんは別れたよね。」



 先程までの和やかな雰囲気はどこかにいってしまい、今はピリピリした空気が2人を包んでいた。

 

 夕映は、南が斎に告白した後の会話を聞いてしまった事をもちろん話してはいなかった。

 けれど、いつも一緒にいた夕映と斎が全く話さなくなり、そして大学生活最後の方はほとんど部活に顔を出さなくなった。

 そして、夕映は依央と付き合った。


 話をしなくても誰でもわかることだ。

 南は気にして聞いてこなかったのかもしれないけれど、彼女だってわかっていた事のはずだ。


 少し考えればわかる事。夕映だってわかっていたけれど、南の優しさに甘えていたのだろう。



 「……今まで聞かなかったけど、夕映ちゃんは斎くんを大好きなのにどうして告白したり、また恋人になったりしないの?斎くんだって、まだ夕映ちゃんが好きなんだって、この間の飲み会で見たときにすぐにわかったんだよ。………あんな優しい笑顔、私にはくれたことなかった。」

 「南ちゃん、私は別に……。」

 「好きじゃないの?」

 「それは………。」



 南の真剣な瞳、そして問いかけに夕映はたじろんでしまう。

 斎の事が好きじゃない?

 ………そんなわけはない。

 だって、こんなにも彼の事で悩んでる。付き合えないと言わなきゃいけないのに、ずっと逃げているのだ。彼との関係を終わりたくないと、最後の繋がりを必死に掴んでるのだ。それがなくなってしまったら、もう会えないとわかっているから。


 それなのに、好きだと言えない。

 自分の気持ちがわからなくて。

 誰にも相談出来ない事がとても辛かった。


 南と斎の話しを聞いたことを黙っていたのは、自分だ。

 彼女に聞けばわかるのだ。


 夕映は必死に我慢していた事を彼女に問いかけようと決めた。

 彼女の気持ち、そして斎の気持ちを知るために。

 そして、斎と一緒にいたいという願いを叶えるために。




 「夕映ちゃん、私のせいじゃないなら何を悩んでいるのか教えて欲しい。」

 「…………南ちゃん。私、南ちゃんにずっと隠してたことがあるの。これを聞いたら、嫌われてしまうかもしれない。それでも、話さなきゃいけないって思ってたのに、ずっと話せなかった。……その話、聞いてくれる、かな?」



 南は少し眉を下げて、心配そうにこちらを見ながら「うん。」と小さな声で返事をした。


 夕映は持ったままだったフォークを置き、手を膝の上に置いた。そして、その手をぎゅっと力強く握りしめた。



 「南ちゃんが斎に気持ちを伝えてくるって言った日。ただ一人で待っているのは落ち着かなくて、体を動かそうと思ってテニスをしようと思ったの。そしたら………南ちゃんと斎が部室で話していて。」

 「………その話、聞いてたの?」

 「全部じゃないの。少しドアが開いてたから……その時に斎が南ちゃんのことを、その……「嫌いだ。」って、言っただけ聞こえて。」

 「そういうこと、か………。」

 「斎がどうしてそんな事を言ったのかわからなくて。それだけが、どうしても理解出来ないの。大切な人に傷つけるような言葉を言ってしまうような人じゃないって思ってるのに。……理由を聞いても、斎は教えてくれなかった。だから、どうしても彼の付き合える気持ちになれなくて。……ねぇ、斎はどうしてあんな事を言ったのか、南ちゃんはわかる?」



 夕映は混乱している気持ちを、ゆっくりと丁寧に南に教えようと正直に伝えた。 

 南に自分の気持ちが上手く伝わるか不安だったけれど、それは杞憂だった。

 南は、全て理解したかのように、肩を落として、切なげに苦情していた。




 「斎くんは優しいね。………嫌いな女の事なんか、気にしなくてもいいのにね。」

 「………南ちゃん……?」

 「嫌われてしまうのは、私の方だよ。夕映ちゃん。私の方が、夕映ちゃんに酷いことをしてるんだから。」

 


 先ほどまでのまっすぐな視線が、今はない。南は俯いたまま、昔の事を思い出すようにゆっくりと話し始めたのだった。




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