第9話「ミントココアとコーヒー」






   9話「ミントココアとコーヒー」






 あれから家に帰って落ち着くと、斎はやはり強引だなと思ってしまう。

 それが嫌じゃないのは、自分が少し変わっているからなのかとも思ってしまうけれど、1度本気で好きになった人なのだ。

 別れた過去があっても、その気持ちは変わるものでもないのかもしれない。



 彼と別れた時は、彼の気持ちがよくわからないままだった。

 何回聞いても、彼は答えてくれなかった。

 それが悲しくて、信用されてないようで辛かった。

 彼を嫌いになるのが嫌だった。


 だからこそ、再会して「やり直したい。」と言われるのはとても嬉しかった。

 一方的に別れを告げたのは自分なのに、まだ、少しでも自分を気になってくれていたのだろうか。夕映はそう思えるのが照れくさくも、幸せだった。




 「………だったら、昔の事、しっかり話してくれる?斎……。」



 けれど、斎とまた付き合う前に知っておきたい過去があった。

 それは、斎と夕映が別れるきっかけになった出来事だった。


 その事を斎に聞いてしまうのは簡単だった。だが、彼は頑なに教えてくれなかった。

 どうしてあんな事をしたのか。

 それを知りたいだけなのに。


 斎を信じたいのに信じられずにいるのは、そういう理由があったのだった。




 はーっと大きなため息をつきながら。

 冷めてしまったミントココアを一口飲んだ。


 

 今日は、今度仕事で依頼をされた、雑誌の海外アーティストのインタビューの資料を受け取りにその会社まで来ていた。

 打ち合わせもすぐに終わり、家の近くのお気に入りのカフェで一息ついていたのだ。この店のミントココアは爽やかだけど、しっかりと甘味もあり、夕映のお気に入りだった。


 店内は空いていたので、窓側の席に座ることが出来た。

 外は大通りになっており、人が行き交っている。その様子をボーッと見つめながら考え事をしていた。

 頭の中にあるのは、もちろん仕事ではなく、斎の事だった。


 けれど、少し頭を働かせて考えていても結果が出るわけでもなかった。

 もう一度、ミントココアを飲んでため息をついた。



 「ため息ついて、どうしたんですか?夕映先輩。」

 「え………。」



 後ろから急に声を掛けられ、斎は驚き振り返った。

 すると、そこには人懐っこい笑顔で微笑む背の高い男性が立っていた。



 「依央くん!」



 静かな店内で、大きな声を上げてしまい、咄嗟に口を手で覆い、小さくお辞儀をする。

 


 「先輩、隣座ってもいいですか?」

 「うん。どうぞ。」



 偶然の出会いに驚く夕映をよそに、依央はいつもと変わらない様子だった。

 店員がメニューを持ってきてくれたので、彼はその場でコーヒーを頼み、夕映ももう1つ同じミントココアを注文した。

 


 「依央くんと、こんな所で会うなんて……ビックリしちゃった。」

 「偶然ですね。……と、言いたいところなんですけど、南先輩に夕映先輩がよくこの店に行っていると聞いたので。まさか会えるとは思いませんでした。」

 「そうなの!?」

 「………ここ毎日来ちゃいました。このコーヒーがとても美味しくて。」



 丁度きたコーヒーを受け取りながら、恥ずかしそうに笑う依央を見つめながら、夕映は微笑ましく思ってしまった。

 けれど、彼がどうして自分に会いに来たのか、夕映にはわからなく、不思議そうに依央に訪ねた。



 「どうしたの?私に何か話とかあったかな?」

 「えっと………。この間の大学のテニス部の飲み会で途中からいなくなっちゃったので。何かあったのかなって。」

 「あ、ごめんなさい。声も掛けなくて……。少し体調が悪かったから、斎に送ってもらったの。」

 「斎先輩、ですか。」



 斎の名前を出すと、依央は少し顔が固まり、先程よりも緊張した面持ちだった。

 斎と抜け出したのは知らなかったようなので、余計なことを言ってしまったと、夕映は少しだけ後悔した。けれど、嘘をついてしまってるとはいえ、彼に隠し事をするのも嫌なので、そのまま彼との話を続けた。



 「依央くん、心配してくれてありがとう。心配でこうやって探してくれてたなんて、相変わらず優しいね。」

 「そんな事ないですよ。僕は優しくなんかないです。」

 「………どうしたの?なんか、考えてることでもあるの?あ、もしかして何か相談したいことでもあったかなぁ。」



 彼の真剣な表情をみて今度は逆に夕映が心配になってしまった。わざわざ何度も足を運んで探すぐらいだ、特別な用事があるのだろう。


 夕映は、彼の顔を覗き込む。

 すると、少し驚いた顔を見せたあと、彼はすぐに視線をそらしてしまった。



 「話しにくいこと?」

 「まぁ………でも、話をしたいんですけど………。」

 「うん。どうぞ?」

 「…………その、夕映さん………好き………。」

 「……すき?」



 いつもより顔を赤くしながら、少し顔を緊張させたまま夕映を真剣に見つめるので、夕映も視線を合わせたまま依央を見る。


 彼の言葉の続きを待っていると、彼は言葉をなかなか発っそうとしないので、夕映は心配になってしまう。


 けれど、夕映が声を掛けようとした時にやっと彼からの返事が返ってきた。



 「好き……な本を教えてください!」

 「……え……。」

 「せ、先輩が教えてくれた本はどれも面白いものばっかりだったので、そのー……… また、読んでみたいなーと思って。」

 「そうなの?嬉しい!あ、今持ってるこの本は斎が教えてくれたんだけど、すっごく面白いよ。」

 「斎先輩、ですか……。」

 「うん。あ、シリーズものだから、今度貸すよ?」



 先程までの笑顔はなく、何故か元気がなくなっている彼にそう言うと、少しだけいつもより微笑みが戻ってきていた。



 「また、会ってくれるんですか?」

 「うん!もちろん。」

 「………夕映先輩、ありがとうございます。」


 

 にっこりと微笑んだ依央と、その後連絡先を交換して、その日は別れた。



 一人では考え込んでしまうばかりだったけれど、こうやって別の話をする事で少しの間忘れられる。

 そうやって、1度リセットして考えるのはいい事なのかもしれない。


 夕映は、楽しかった時間を思い出し、会いに来てくれた依央に感謝をしながら、春の温かい夕日を浴びながら家に帰ったのだった。





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