第2話「いつも突然に」






   2話「いつも突然に」





 彼との再会はいつも突然だった。


 高校の全国大会で見た時。

 大学のサークルが一緒だった時。



 そして、このテニスのコートで出会った時。

 すべてが偶然で、突然な事だった。



 「会えるかもしれない。」と淡い期待はしている事もあったけれど、それでも本当に会えるとは思ってもいなかった。

 特に社会人になって、彼を間近で見るのはほとんどないと思っていたのに。




 松コーチが話していたように、夕映は彼がテニスをしているところをこっそりと見学する事が多かった。

 コーチの仕事が終わった後、ジムのテニスコーチの仲間と遊びで試合をしている事があるのだ。


 コーチ達や、ユースの子どもたち、そして習いに来ている人達がそれを楽しみに見ており、ギャラリーは多い。それに紛れて、夕映も彼を見てしまっているのだ。



 彼のテニスプレイは、初めて中学の試合で見た時から、夕映は彼のテニスに惚れ込んでいた。

 容姿が良いので、何をしても映えるのもわかる。けれど、彼のテニススタイルはとても綺麗で目を惹いた。

 強い玉を打つのに、それを感じさせない鮮やかな返しや、一つ一つの動作が洗練されていて、まるでフィギアスケートのように見えた。

 それを友人に話したら笑われてしまったし、「みんなと同じでしょ。」と言われてしまったけれど、夕映にとっては特別に見えていたのだ。




 今日の斎の相手は松コーチだった。

 レッスンが終わった後、「僕もいいところ見せないとですね!」と意気込んで、斎に試合を申し込みに行ったのだ。


 生徒達は、フェンスに張り付くようにして見守っていたけれど

 夕映は、少し離れた場所から二人と試合を見守った。

 


 2人の試合は、静かな中で行われていた。

 若い女性も多く、斎の事をキラキラした眼差しで見つめている人も沢山いた。

 けれど、歓声をあげたり、名前を呼んだりする事はなかった。それには、しっかりと理由がある。

 以前、斎がゲームをしている時に、若い女性が沢山集まってきており、大きな声で「斎さーん!」と呼んだり、点を入れる度に「きゃー!」などと叫んでいたのだ。



 すると、試合の合間のブレイク中に、ツカツカとその女の子たちの方へと斎が寄ってきて、とても鋭い視線で彼女たちを見ながら、少し強めにフェンスをガシッと掴んだのだ。そして、彼女たちに言葉を残したのだ。



 「プレイ中は静かにしてもらえるかな?騒いでも俺はあんたちの事なんて見てないんだから。騒ぐだけ無駄だろ。」

 


 かなりの俺様発言に、その女の子達は唖然とし、斎がコートに戻る頃に、ようやく「なんなの!?何様なの?」と怒りながら、帰っていったのだ。

 そんな態度を見せた彼だけれど、嫌いになったのは一部の女の子だけで、むしろ好感度が上がり、ファンも増えたようだった。



 


 時々、一緒になるこのテニスコートが、彼との唯一の接点だった。

 けれど、夕映は斎を見るときはこっそりと隠れて見ているだけ。

 きっと彼は夕映がいることには気づいていないはずだ。


 


 けれど、それでもいい。

 彼のテニスをしている姿を見る事が出来れば………。

 夕映は、そう思うようにしていたのだった。










 「えっ……夕映ちゃん、もう彼氏と別れちゃったの?」

 「うん………あんまり上手くいかなくて。」

 「そうなんだ………。じゃあ、次だよね!夕映ちゃんなら、素敵な彼が出来るよ!」

 「……ありがとう、南ちゃん。」



 恋人と別れてから数日後。

 夕映は大学からの親友である、黒部南と食事に来ていた。

 フルーツパーラーで、フルーツのサンドイッチやパフェを食べながら恋愛話をしていた。

 そして、夕映が恋人と別れたと聞いて、驚きながらも励ましてくれる彼女に夕映は感謝をしていた。


 南は身長が高い夕映とは違い、小柄で少しふっくらとしている女の子らしい可愛い子だった。ボブの髪はふわふわしているし、目も大きくて、夕映は「女の子って感じがして守ってあげたくなるタイプ」の彼女を見て、羨ましいなと感じていた。

 けれど、それはお互いにだった事が、大学の頃の大喧嘩で判明している。

 あれがあったからこそ、今でも信頼し合える友達なのだと夕映も南も感じていた。



 「優しい感じの彼だったのにね。他に好きな人が出来たなんて………意外だったなぁー。」

 「それは、私に原因があるんだと思う。………いつまでも、彼を好きになれなかったから。」

 「………そっか。夕映ちゃんが夢中になれる人が見つかるといいね。」

 「うん………。」

 「夕映ちゃんのお父さんのパーティーとかでいい人見つければいいんじゃない?」

 「………パーティーかぁー………最近、断ってるなー。」



 昔は、華やかな世界に憧れて、父親のパーティーに出席していた。綺麗に着飾って出掛けるのが、お姫様になったようで嬉しかった。

 けれど、恋愛もビジネスであるのだと理解した瞬間に、華やかな世界が歪んで見えるようになったのだ。

 声を掛けられても「この人はどこの会社の人だろうか?」「利益のために声を掛けてるのかな?」など、心中を探ってしまい、楽しいはずのパーティーが、いつも疲れるだけになってしまっていた。

 そのため、社会人になってからはなかなか出席出来ていなかった。

 

 それに、パーティーには彼が来る可能性もあるのだ。

 ………目の前に彼がいたら、どうしようか。


 そう考えるだけでも、夕映はどうしていいのなと不安になってしまうのだった。




 「あ、来週の食事会の予定は大丈夫?」

 「うん。ちゃんと空けてるよー。大学の集まりだよね。みんなと会えるの楽しみだなぁー!」

 「……そうだね!」



 来週の週末、南に誘われて大学の頃の友達と会うことになっていた。

 久しぶりに会う友達も多そうなので、夕映は今から楽しみにしていた。





 けれど、その期待はすぐに驚愕へと変わった。




 その日、貸しきりにした小さなレストランに集まっていたのは大学の頃の友人ではあった。

 けれど、学部の友達ではなかったのだ。

 男性率が高く、女性はほとんどいない。


 大学のテニス部の集まりだったのだ。



 そして、その店に入った瞬間に、夕映の目に入ったのは、友達と話をする彼の姿だった。



 今でも思い出し、そしてテニスのレッスンでは目で追ってしまう、彼。



 九条斎が、そこにいた。




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