<社会人編>ep3

 酷い頭痛に襲われ、目を覚ました。ベッドから体を起こして、周囲を見回した。とても喉が渇いていたので、コップに水を注いで一気に飲み干す。冷たい水が体の中を流れていくのが、よく分かった。両手でこめかみを押さえて、もう一度周囲を見渡す。ここは、どこだろう? ベッドから立ち上がると、シーツがスルリと落ちて、全裸であることに気が付いた。悲鳴を上げて、シーツを掴み、体に巻き付けた。ここはどこで、何をしていたのだろう? 痛む頭を抱えて、昨夜の出来事を必死で思い出そうとした。

 結局、同窓会は最後までいて、チラチラと杉本君を眺めていた。会がお開きになって、帰ろうとしたら、杉本君に呼び止められた。そこから、行きつけのバーがあるからと誘われた。同窓会会場よりも立派なホテルの最上階のバーに招待され、二人でカウンターに座った。お酒が飲めないことを伝えると、飲みやすいお酒を教えてもらって、挑戦してみたら、凄く美味しくて飲みやすかった。それから、それから・・・。

 嘘みたいだ。シーツを捲って、局部を眺めると、ジンジンする感覚と奇妙な違和感があった。しばらく、茫然としていると、突然気恥ずかしさに襲われた。シーツを頭まで被って、声にならない声を上げる。不思議と後悔や罪悪感は湧かなかった。でも、あの杉本君と・・・一晩を過ごした事実で、パニックの寸前だ。まるで、夢のようで、信じられない。

 ベッドから飛び降りて、広い部屋をウロウロする。落ち着いていられない。これは、本当に現実なのだろうか? 部屋中を歩き回っていると、テーブルの上にメモが置いてあった。

『仕事があるから、先に行くね。昨夜はとても楽しかったよ。また、会いたいな。勇一郎』

そんなメモの後に電話番号が記してあった。私はそのメモを胸に押し当て、歓喜の悲鳴を上げる。

やっぱり、夢じゃなかったんだ!

穴が開く程、何度も何度もメモに目を通した。その後、どうやって家まで帰ったのか、はっきりとは覚えていない。自分の体が自分の体ではないようで、力が入らないし、思考が働かない。私はメモを握りしめたまま、自室のベッドに腰を掛けている。ハッとして、メモを見て、記された番号に電話した。しばらく、コールが続き、諦めかけた時に、相手が出た。杉本君の声が耳元で聞こえ、震えあがりそうになった。昨晩、触れあった体が、熱を帯びているようだ。この時は、仕事が忙しくて、あまり時間がとられないことと、時間ができたら電話することを伝えてもらい、通話を切った。それから、私は暇さえあれば、スマホを見る癖ができてしまった。

 杉本君からは、電話がない。忙しいようなので、私から電話することには、躊躇してしまう。億劫な時間が経過し、数週間経った頃に、杉本君からの電話があった。ホテル名と部屋番号を伝えられ、明日の夜に待ち合わせすることになった。胸を高鳴らせ部屋の呼び鈴を鳴らすと、杉本君が迎え入れてくれた。ルームサービスで食事を取りながら、色々な会話をした。その中で、立場上女性関係は公にはできないことや画像や動画なども撮れないことを告げられた。政治のことは、全くの無知なので、そんな世界があるのだと初めて知った。

「約束を守ってくれるよね? 俺のことを一番に考えてくれて、口も堅いって信じているからね? 俺とのことは、誰にも内緒だよ。二人だけの秘密だ」

 ワインを飲みながら、杉本君は私を見つめている。私は大きく頷いて、笑みを見せた。私も少しずつお酒が飲めるようになり、幸せな時間が過ぎていく。

 私からの電話はタイミングが悪くなかなか繋がらないけれど、数週間に一度彼から電話がある。最初は、週末の夜が多かったけれど、次第に曜日や時間がまちまちになってきた。よほど忙しいのだろう、『これから来て』と呼ばれることが増えていった。平日の夜は次の日が大変だし、昼間だと仕事を早退した。それでも、忙しい中、少しでも時間ができたら、私に会ってくれることが嬉しかった。杉本君の想いに応えなければ。寝不足や職場や家族の目は、まるで気にならなかった。

この奇跡としか言いようがない時間を大切にしたい。杉本君の支えになりたい。私にできることなら、なんでもしてあげたい。ただ、心苦しいのが、ルミちゃんに杉本君とのことを知らせられないことだ。彼との約束を破る訳にはいかない。

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