<中学生編>ep5

 私が首を傾げていると、後ろから制服を引っ張られた。振り返ると、ルミちゃんがいて、私を廊下へと連れ出した。廊下を進んで誰もいない隅っこで立ち止まり、周囲を伺っている。私もルミちゃんの動きにつられて周りを見渡したが、ここには私達二人しかいない。

「リュウの馬鹿が、杉本を殴ったんだって」

「・・・え?」

 視界が歪んで、息苦しくなった。頭が真っ白で、思考が働かない。

「まだ詳しいことは、分からないけど、何か分かったら教えるよ。後、一応、杉本にチョコを渡したことは、誰にも言っちゃダメだよ」

「ど、どうして?」

 特に誰かに話すつもりはないのだけれど、そう言われると疑問が浮かんだ。知っているのは、ルミちゃんだけだし、ルミちゃんだけで充分なのだから。

「念の為だよ。悪意は弱い場所に集まるからね」

 ルミちゃんは私の両肩を掴んで、目の高さを合わせて、真剣な眼差しで訴える。私は二度、頷くことしかできない。言葉の意味を理解した訳ではないけれど、ルミちゃんの真剣な表情が私をそうさせた。

 その後の授業は、全く手につかなかった。次の休憩時間に、ルミちゃんが説明してくれた。杉本君と上川君は、そのまま下校したそうだ。杉本君は、念の為に病院へ行き、上川君は自宅謹慎になったそうだ。

 なんだか、胸の中がモヤモヤする。杉本君は大丈夫だろうか? 上川君は、どうして杉本君を殴ったのだろうか? どんな理由があっても手を上げるなんて、最低だ。よりにもよって、杉本君を。

 杉本君は、きっともう病院での手当てを終えて、自宅に帰っているだろう。まさか、入院ということはないはずだけれど。心配だけど、杉本君の自宅は知らないし、仮に知っていたとしても行けるはずがない。ルミちゃんに頼めば付き合ってくれるだろうし、住所を知る手段を持っていそうだけれど、さすがにそこまで迷惑はかけられない。と、なると・・・。

「私、今から上川君の家に行ってみる」

隣で歩くルミちゃんに宣言した。ルミちゃんは、目を丸くして、私を見た。

「いや、さすがに、今日の今日では・・・」

 ルミちゃんは、難色を示したけれど、私は強く頭を振った。聞かずにはいられない。どうして、暴力を振るったのか。上川君は、やんちゃが過ぎるところがあるのは、分かっている。でも、長い付き合いで、ある程度の信用はあった。ルミちゃんほどではないにせよ、理不尽に人を傷つける人ではないと信じたい。でもやっぱり・・・。

「私、許せないよ」

 ポツリと呟いた。

「それは、相手が杉本だったから?」

 ルミちゃんの声に、脊髄反射で彼女の顔を見た。しばらく、互いに見つめ合った後に、ルミちゃんは鼻から大きく息を吐く。

「ごめん、意地悪なことを言ったね」

 ルミちゃんは、顔を正面に戻し、互いに無言で歩いた。冷気を孕んだ風が、二人の間を吹き抜ける。私は身を屈めて風が通り過ぎるのを耐えていたけれど、ルミちゃんは何事もなかったかのように、歩みを止めない。私は短いコンパスを懸命に動かし、ルミちゃんの隣に並ぶ。彼女の顔を覗き込むと、いつもよりも厳しい顔で前だけを見据えている。不安が広がりルミちゃんを観察していると、私の視線に気づき眉を上げた。無言のまま『何?』という顔をしたので、私は手と顔を左右に振った。会話のないまま時枝家の前に辿り着くと、ルミちゃんは笑みを浮かべ手を振った。

「奈美恵、リュウのことお手柔らかに頼むよ。じゃあ、また明日ね」

玄関の扉を開き、ルミちゃんは静かに屋内へと入っていった。私は消えていくルミちゃんの姿を目を見開いたまま茫然と眺めていた。てっきり、上川君の家までついてきてくれるものだと、思い込んでいた。突然、一人で取り残され、とても居心地が悪い。確かに、上川君に用事があるのは、私だけだけれど。しかし、ルミちゃんに甘えてばかりもいられない。私は深呼吸を繰り返し、時枝家に隣接する上川家の前へと歩いた。インターホンへと指を伸ばす。しかし、指先が震えて、目標が定まらない。左手で右手の人差し指を握り、震えが止まるまで深呼吸を続けた。しかし、震えは治まらない。私は意を決して、拳を作り、そのままインターホンを拳で押した。的が広い方が、なんとかなると思った。上川家の内側に、インターホンの呼び鈴が鳴り響いている。

 しばらくすると、女性の声が聞こえてきたので、震えながら名前と同級生であることを告げ、上川君を呼んでもらった。すると、物凄い勢いで玄関扉が開き、上川君が出てきた。

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