<小学生編>ep3

 まるで、予言のようであった。

靴を隠されたあの日から、卒業式を迎える今日まで、一切の嫌がらせを受けなかった。上川君は、相変わらずのままだけれど。上川君にしても、『ジャイ子』と呼ぶだけで、特になにもしてこなかった。六年生に進級してもルミちゃんとは同じクラスだった。そのことが、私の最後の小学校生活に、いろどりを与えてくれたに違いない。上川君への不信感も日に日に薄れていった。

 六年生の夏休み明けに、ルミちゃんが悪そうな笑みを浮かべ、私にある提案をしてきた。

「明日の朝にでもさ、リュウの背中をバシンと叩いて、満面の笑みで『おはよう』って、言ってごらん。きっと、面白いものが見られるよ」

 ああ、これは、なんか企んでいるな。そう思うと、なんだか楽しくなってきて、やってみようと思った。次の日の朝、私とルミちゃんは、下駄箱の陰に隠れて上川君を待った。上川君の姿が見えると、胸の鼓動が高鳴った。少々怖気づいてしまったけれど、ルミちゃんが力強く頷いてくれたから、勇気を振り絞った。上靴に履き替えている上川君の背後から、忍び足で近寄った。私は手のひらを振りかぶって、上川君の背中の真ん中を叩いた。なかなか、良い音が響いた。叫び声を上げながら、振り返る上川君に、『おはよう』と、できる限りの笑顔で言ってみた。すると、振り返った瞬間は、眉を吊り上げていた上川君であったが、私と目が合うと、彼の顔は徐々に赤く染まっていったのだ。私はびっくりして、目を丸くしていると、上川君は耳まで真っ赤にして、逃げていった。

 振り返ると、下駄箱の陰で、ルミちゃんは口とお腹を押さえて爆笑していた。私も一緒になって笑った。上川君のあんな顔、初めて見た。私は、些細な仕返しができた高揚感で、背中がゾクゾクした。ああ、病みつきになりそうだ。それから、タイミングを見計らって、私とルミちゃんはこの遊びをした。私達は、『紅葉ゲーム』と呼んだ。真っ赤に染まる上川君の顔と、きっと彼の背中にも紅葉が浮かんでいるだろうからだ。しかし、このゲームも数を重ねる度に、申し訳ない気持ちが溢れてきた。上川君の反応が面白くて、やり過ぎてしまった。そのことをルミちゃんに伝えた。

「問題ないよ。あいつにとっては、最高のご褒美だよ」

 やっぱり、ルミちゃんの言うことは、いまいちよく分からなかった。

ルミちゃんは、同級生なのに、すごく色々なことを知っている。色々なことを理解しているのだろう。同じものを見ていたとしても、きっと、ルミちゃんには違う見え方をしているはずだ。ルミちゃんが見ている世界を、景色を、私も見てみたい。共有できたら、いいなと思った。

「私、ルミちゃんの目が欲しいな」

「えーーー!!! サイコパス!! サイコパス!! 怖い怖い怖い!!」

 ルミちゃんは、大声で叫び、全速力で逃げ出したのだ。

「え? どうして? ルミちゃん! 待ってよ!」

 私の運動神経では、到底ルミちゃんに追いつけるはずもなく、必死で追いかけたけれど、派手に転んでしまった。様々な個所が痛い。顔を上げると、目の前には細い二本の足がある。すっと手が伸びてきて、私はその手に縋りつく。

 ルミちゃんのお陰で、一応上川君のお陰? で、楽しい小学校生活を送ることができた。

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