18.先輩と文化祭1

 そして、文化祭が始まった。

 我が校の文化祭は二日間。開会式が体育館で行われた後は、校内各所で様々なイベントが開かれる。

 我が郷土史研究部は例年より少し気合いの入った展示。場所は学校の端っこの部室である。 文化祭一日目午後一時。

 俺と先輩はそれぞれのクラスの仕事を抜け出して部室にいた。


「あんまり来ないわね……」

「まあ、わかっていたことですが……」


 ぶっちゃけ、かなり暇だった。

 気合いを入れたとはいえ、郷土史研究部の展示は地味だ。そのうえ立地も悪い。

 二上先輩がいることもあり最初はぽつぽつ客が来ていたが、それもすぐ終わった。

 教員は父兄も何人か来てくれていて、そちらは評判が良かった。


「校長先生が来たのはびっくりしましたね」

「あら、ああやって全部の展示を回るって聞いたわよ。なかなか面白い人よね」


 校長先生は実に楽しそうに展示を見た上で、いくつか俺達に質問してから満足気に去って行った。結構鋭い質問が飛んできたが、俺と先輩で何とか対応できた。


 とにかくすることがないので、俺と先輩は案内用に設置した机を並べて横に並んで雑談を始める。


「ところで先輩のクラスはいいんですか? 色々やっているのでは?」

「平気よ。私の所は飲食店が実家の子を中心にスイーツ店で盛り上がってるから。私はたまに手伝いするだけで大丈夫」

「スイーツ店ですか。なかなかやりますね」


 文化祭で飲食店をするのは保健所の許可とかどうとかで大分面倒くさいらしい。ついでにスイーツとなれば手間もかかりそうだし、客も五月蠅そうだ。


「ま、問題は飲食店の子の実家が中華料理屋だってことなんだけれどね」

「大丈夫なんですかそれは……」

「それは食べてのお楽しみ」


 くそ、凄く気になるぞ。普通に中華なスイーツなのか普通のものが出るのか。あるいは良くない方向に迸ってしまっているのか。


「納谷君のクラスこそどうなの? ずっとここにいるつもりなの?」

「ああ、基本的に大丈夫ですよ。俺は部長ですし、部活優先ということにしてもらえましたし。余裕でそれができる企画です」

「あら、どんな企画なのかしら?」

「休憩所です。我がクラスは全力で自分達以外の文化祭の展示を楽しむために、最少人数で人を回せる休憩場を開催しています」


 ちなみに準備はそこそこ頑張った。教室内に資材を持ち込んで一部カプセルホテル風になっていたりもする。最小運営人数は二名。文化祭当日に人をおかない策だ。


「納谷君のクラスにどんな人が揃ってるのかとても気になってきたわ……」

「普通ですよ。俺も含めて」


 まったく、人のクラスに何を期待しているのだか。

 

「それはそれとしてね。一つ、気になる情報を仕入れてきたのだけれど」


 先輩は鞄からミルクティーの缶を取り出しながら言った。なかなか用意の良い人だ。


「納谷君のクラスはクラス展示はそこそこだけど、女装コンテストに全力だって」


 なんだか先輩が物凄い笑顔で俺の方を見て言ってきた。


「…………へぇ、ものしりですね。先輩」


 俺はそう言うので精一杯だった。その一言で、背中に嫌な汗が流れる。

 この笑顔、全てを知っている者の顔だ……。


「それでねそれでね。女装するのが納谷君だって聞いたんだけれど。それは本当かしら?」

「黙秘します」

「ここに黙秘権はありません。いえ、言わなくてもいいわ。その顔と変な汗を見ればわかるは。やっぱり納谷君だったのね。全く、何でそんな大事なことを先輩に黙っていたのかしら。部室のカメラは使っていい? 望遠レンズはあったかしら? 600ミリくらいのレンズはないの?」


 俺が何かを言うまでも無く事実を言い当てた二上先輩は、一人で盛り上がってどんどん話を進めていった。


「あの、先輩。見に来るのを勘弁してもらうのは……」

「絶対行くわ。そして写真に納める」


 誰か止めてくれ。俺には無理だ。


「とりあえず楽しみが一つ出来たわね。あ、あと納谷君。この様子だと、部の展示に休憩時間を設けてもいいと思うんだけれど」


 いきなり先輩が話を変えてきた。助かった。いや、助かってないが。


「ま、まあいいんじゃないですか。展示の時間を決めて休み時間を作るとかできると思います」


 急に人が増えることはないだろう。そのくらいは大丈夫だ。


「じゃあね。休み時間に軽く校内を回らない? 納谷君の空いてる時間でいいから。……駄目かしら?」


 直前までと打って変わって、遠慮がちな聞き方だった。

 仕草も態度も大変可愛らしい。なぜそれがいつもできないのか。


「ええ、俺でよければ。……かわりに女装の件は」

「それは駄目」


 先輩は自分に正直な人だった。わかっていたことだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る