16.先輩と文化祭の準備1

「おはようございます先輩」

「おはよう納谷君。休日に会うのは不思議な感じね」


 とある土曜日。学校近くの駅で俺と二上先輩は待ち合わせをしていた。

 郷土史研究部の活動は平日のみ。こうして休みの日に会うのは初めてである。

 とはいえ、俺達は私用で会ったわけじゃない。

 着ているのは制服だし。俺は一眼レフカメラの入った大きめのバッグを持っている。二上先輩もいつもの鞄を肩から提げている。


「じゃあ、行きましょうか。今日一日で回らないと」

「ええ、とても楽しみね。部長さん」


 そう言って、俺と先輩は駅のロータリーに入ってきたバスに向かう。

 今日は文化祭に向けての郷土史研究部の活動をする日なのだ。


○○○


 バスに乗って移動した俺達は、町の中心から少し外れた一画に降り立った。

 やってきたのは古い洋風建築。小さめの白い建物で、申し訳程度に出っ張ったバルコニーが特徴だ。


「まずはここです。明治時代に建てられた学校ですよ。当時はまだ珍しい洋風建築で、今年の春に修復工事が終わった市の文化財です」


 俺はバッグからカメラを取り出し、写真を何枚か撮影する。

 何度か練習したが、設定を変えながら複数回シャッターを切ると一枚くらい良い感じの写真が撮れるるとわかった。とりあえず、今日はそれでいくことにしている。


「なかなか可愛い建物ね。中には入れるのかしら?」

「ええ、市の職員さんがもうすぐ来ます。連絡してありますから」


 郷土史研究部が毎年この時期に市の担当部署に連絡するのは恒例となっている。

 電話するのは緊張したが、話は拍子抜けするほどすんなり通った。


「あ、あれかしら。市の車」


 先輩が指さした方向を見ると、市の名前が入った軽自動車がこちらにやってくるところだた。


「予定通り行けば三時くらいには解散できますから」

「ここの後は農家と城跡よね。楽しみだわ」


 こういうことに興味は無いと思っていた二上先輩は意外にも楽しそうにしていた。


 今日はここを始めにして、何件か街にある文化財を回って写真を撮る予定だ。

 市の職員さんが来るのはここのみ。後は自分達で回って撮影をする。

 向こうのスケジュールの都合で普段は空いていないこの施設が最初になったおかげで、予定を組むのが楽になった。

 ここから市外にある古い豪農の家に向かい、今は公園になっている城の跡地を撮影。

 それから部室に戻って解散だ。

 

「あら、職員さんが降りてきたわ。挨拶しなきゃ」

「俺も行きますよ。待ってください」


 二上先輩を追いかけて、郷土史研究部の貴重な活動は始まった。


○○○


 そんなわけで半日後。昼食を挟んでも予定より早く、俺達の活動は終わった。

 まあ、現場に行って写真を撮るだけなので、トラブルも起きない。

 あったといえば思った以上に二上先輩が俺に質問をしてきて困っただけだ。

 先輩、頭いいから妙に鋭いこと聞いてくるんだよな。


 そして時刻は午後三時前。帰宅する前の小休止と言うことで俺と先輩はファミレスでお茶などを飲んでいた。


「で、なんで怒ってるんですか。先輩」

「…………」


 俺の指摘に、先輩は無言で目の前にあるコーラをストローで一気飲みした。

 取材中はご機嫌だった先輩だが、帰り際になったら急に不機嫌になったのだ。

 わけがわからない。


「……納谷君。今回は本気で私は怒っています」

「はい……すいません」


 有無を言わせない迫力で繰り出された言葉に自然と謝ってしまった。

 いやまて俺は悪いことしてないはずだぞ。


「あのね。今日の取材の準備、全部納谷君がやったでしょう? 役場への連絡とか、どこに行くかとか、どんな写真を撮るかとか。全部、やっちゃった。私に一言の相談もなく。同じ部活なのに」

「…………すいません」


 ようやくわかった。先輩は郷土史研究部の活動で、完全に蚊帳の外に置かれていたことに怒っているのだ。


「前から思ってたんだけど。納谷君、私に部活に関わらせないようにしてるでしょう。なんでかしら?」

「それは……先輩は放課後部室で過ごしたいから入部しただけだと思って」


 俺の言葉に、先輩は眉を上げた。一瞬口を開こうとして、何とか堪え。少し目を閉じる。

 自分の中の感情を落ち着けたのだろう。

 しばらくして、先輩は穏やかな口調で語り出す。


「なるほどね。うん、そういう感じだったわね。でもね、入部したからにはちゃんとやるわ。そこはしっかりして欲しいの。知らない間に話が進んでるのは寂しいし」

「すみません……」


 謝るしか無かった。二上先輩は基本的に真面目なのだ。それを俺が勝手に部の仕事から遠ざけてしまっていた。もう少し、色々と話をしても良かったんだ。


「まあ、わかってくれたみたいだしいいわ。暗い顔しない。ほら、先輩が奢ってあげるからケーキでも食べましょう」


 思った以上に落ち込んだ顔をしていたらしい。先輩が気を取り直したように俺に優しく言って来た。悪いのは俺だというのに。


「ありがとうござます。これからはちゃんと色々相談します」

「そうよ。少しは頼ってくれないと困るわ。あ、これあげる」


 そう言って渡されたのは綺麗な字が並んだメモ帳だった。

 中には今日先輩から聞かれたことがわかりやすく書かれている。


「今日、私が納谷君に聞いて答えが曖昧だったところ。文化祭でも聞かれるでしょうから、調べましょうね」


 流石は先輩だ。ちゃんと自分にできることを考えて行動していてくれた。


「先輩、俺と一緒に文化祭の展示の準備してください」


 遠慮がちにそう言うと、季節のスイーツメニューを見ていた先輩がこちらを向いて微笑んだ。


「もちろんよ。楽しみね。納谷君」

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