微妙に残念美人な先輩が部室に来るようになった件【連載版】

みなかみしょう

1.先輩と出会いの話

 心を静かに落ち着ける場所があるっていうのは大切なことだ。

 幸いにして、高校に入学してすぐ。俺はそれを見つけることが出来た。


 俺こと納谷権一郎(なやごんいちろう)の場合、所属する郷土史研究部といういかにも地味そうな部活がそれだ。

 先輩からの情報で、その部活が今年は部員ゼロであること、環境が非常にいいこと、部員一名でも学校は活動を認めてくれることを知っていた俺は、入学早々入部届を出した。

 その後、俺以外に新入部員はいなかったので計画通り事は進んだ。


 部室に来るのは俺一人。顧問の先生もたまに顔を出す程度。

 過去に色々活動したおかげで校内の端っこにある部室内には資料に混ざって小説や漫画が備えられている。それ以外にも何故だかWIFI使用可というおまけつきだ。

 

 少子化の影響で部室の周りは静かなので、俺は一人静かに放課後の学校を満喫させて貰うことが多かった。姉妹のうるさい納谷家よりも安心するのだ。


 そんな日々を過ごして、早半年。二学期も中頃にかかりつつある時に、それは起きた。

 部室の前に、人がいた。


「えいっ。えいっ!」


 女子生徒が一人、俺の部室のドアの前でスマホを持って跳ね回っていた。

 制服のリボンの色によると二年生。というか、有名人だ。

 二上穂高(ふたかみほたか)。高校進学で東京からこの地方都市にやってきたという人で、一部の生徒から「学校一の美人」とされる先輩だ。


 学校一の美人。入学早々騒ぐクラスメートに「そんな漫画じゃあるまいし」と言ったものだが、これが割と正確な情報だった。


 すらっとした細身の体躯。他の人と同じはずなのに何かが違う黒髪、思わず「ちいさっ」と言いたくなる小さな顔の各パーツは優しく整っている。

 軽く微笑むだけで辺りの雰囲気を変えてしまいそうな、優しい系の美人。

 それが二上先輩だ。


 その先輩が、何故かスマホ片手にうちの部室の前で跳ねているのは最大の謎だが。


「あの……何してるんですか?」


 とりあえず話しかけてみた。不審者には話しかけなければならない。


「……え、見てた?」


 ジャンプをやめてこちらを振り返った二上先輩は引きつった顔をしながら俺に言った。噂の美人先輩とのファーストコンタクトとしては最悪の部類だろう。


「はい。見てました。なんでうちの部室の前でジャンプしてたんですか?」

「えっと……その……ここ、WIFIが入りそうだったから」


 なるほどわかった。いや、わからん。

 百万回スマホ片手にジャンプしたって、WIFIのネットワークに接続できる可能性は無い。


「そんなことしても繋がりませんけど」

「わかってる!? わかってるのよ!? でも、万が一ってこともあるじゃない」

「億が一もありません」

「うっ……」


 しまった、つい本音が。

 この人、イメージと大分違うな。いや、俺が勝手に印象作ってただけだけど。


「二上先輩ですよね。どうしてもWIFIを使いたいんですか?」

「できれば使いたい……。あと、なんで私の名字知ってるの?」

「先輩、有名ですから」

「ああ、そういうこと……」


 極めて迷惑。先輩の表情はそんな感じだった。もしかしたら、自分の外見一つで振り回されてるのかもしれない。

 そう思うと、少しくらい親切にしたくなる。


「今から部室空けますけど。俺がいて嫌じゃなければ使いますか? パスワードも教えますし」


 郷土史研究部のWIFIは窓を挟んで向こうの校舎にあるコンピュータ部から飛ばしている。向こうの顧問の先生がいい人かつゲーマーなんで、部活中に他人が繋いでも怒られない。多少のことなら、という条件付きだが。


「いいのっ! 君、優しいね! ほんとにいいのっ!」

「い、いいけど変な使い方はしないでくださいよ。怪しいサイト見たりとか」

「う……ゲ、ゲームならいい?」


 スマホを見せながら、二上先輩は不安げに問いかけてきた。


「それくらいなら怒られないですよ。どうぞ」


 俺は部室の鍵を開けて扉を開ける。


「じゃあ、体験入部ってことで、宜しくお願いします。えーと、名前は?」

「納谷です。一年の納谷権一郎」

「私は二上穂高です。宜しくお願いね」


 晴れやかな笑顔を見せながら、二上先輩は俺より先に部室に入っていった。

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