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 ザクザクという音がこだまするのに気付いたのだろうか、伐採場の方が俄かにざわついて、人が数人やって来た。そこで何をしている、などと尋ねてくることはなく、彼らもそれぞれの手に木材の切れ端を持っていた。

「新入りか?」

 話し掛けてくる者がいた。男の声だ。

 一瞬で、穴を掘るのは五人になった。土を掻きだす人数はもっと増えた。他にも、既に使い物にならないような粗末な布で遺体を覆う者もいた。顔を上げると、そこにあるのは汚れて真っ黒になった中年の男の顔である。伸ばしっぱなしの髭に埃や食べかすが付着していて、不潔なことこの上ない。伐採場はそういう場所なのだろうと思えた。

 ゴラン・ゴゾールは、手を止めることなく返事をした。

「ああ」

 男は首を傾げながら、疲労困憊した顔に皮肉気な笑みを浮かべる。

「……やりそうにないツラだな」

「何をだ?」

「お前、何をしてここに送られてきた?」

「姦通未遂だ」

 カールの提案に乗るのはいささか癪だったが、ゴラン・ゴゾールは己の罪状を思いつかない。言われたままのことを言った。すると、男はどこか愉快そうに笑った。

「やってねえだろ」

「……何故」

「どこの女とよろしくできそうだったのに別の男が乱入してきた、とか、どこそこの人妻に誘われたが夫が戻ってきて酷い目に遭った、おれは悪くない、誘った方が悪い、とか、そういうクソみたいなことを言うんだ、罪を犯す普通のクソ野郎ならな。いや、普通じゃねえな」

 ゴラン・ゴゾールは己の思考回路を信用していなかったので、口をつぐんだ。下手なことを言って自分たちの計画が台無しになるのは避けたい。

「こいつもそうだった、お前とおんなじだ」

 男は遺体を顎でしゃくりながら呟いた。

「ここにはそういうやつが多い。おれは暴力沙汰だ。まあ、でも、そういうことにしておいてやるよ。兄ちゃんは姦通未遂な。で、そこの別嬪さんと珍しい色のぼうずは何だ? お前ら、見たことのねえ服だな? でもまあ、大方詐欺とかスリとかだろう? 最近のやつらは揃いも揃って似たようなことばっか言うんだ」

 カールとルパは曖昧な笑みを浮かべて肩を竦めた。

 遺体を埋め終わったとき、既に日はとっぷりと暮れて、空には星が瞬いていた。死を司る闇の精霊王に簡素な祈りの言葉を捧げ、ふう、と一息ついて、ゴラン・ゴゾールとカールとルパは、互いの顔を見合わせ、頷いた。そこに掛かってくるのは、さっきの男の声だ。

「おい、新入り、まあ来いよ」

 ゴラン・ゴゾールは、男を見た。害意はなさそうだ。

「いいのか」

「もう仲間だろう。あとその珍しい服はやめとけ、目を付けられたらあっという間に終了だ……新しいのをやる。せいぜい面白い話を期待するぜ。例えば、そこの堅気じゃなさそうな別嬪さんの詐欺の話とかな」

「……お話していいのですか」

 その場に集まっていた全員で、ぞろぞろと灯りの方へ歩いていく。カールは戸惑っていたのだろうか、妙なことを口走った。男はにやりと笑って、底なしの目で三人を見て、黄色く汚れた歯を見せた。暴力沙汰で捕まったというのに、不思議と形が整っている、と、ゴラン・ゴゾールは思った。

「おう、面白そうな匂いがするからな、別嬪さんよお」


 伐採場には何の違和感もなく受け入れられて、三人は拍子抜けした。

 きっと、夜のうちだったのがよかったのだろう。話し掛けてきてくれた男が今一人でいるという小屋に連れていかれ、背嚢をさっさと隠し、そこで服の形になっている服を貰ったからだろうか。

 ぼろぼろの毛布の中で眠って目覚めた翌朝、日の出の刻になって、現場監督官のところへ行って己の罪状を述べた時も、適当な一瞥を寄越され、一言を投げられただけで終わった。

「働け」

 ゴラン・ゴゾールは、働いた。丸太を運んだ。命令されるのを苦痛としない人間であることが幸運だった。

 労働環境は劣悪だった。足と一緒に丸太を引きずりながら運ぶ若者。物資を運ぶのは腹をすかせた子供や女。斧を振るうのは、しっかりした身体つきをしてはいるが、疲れた顔の壮年の男たち。大鍋で食事を作るのが老人たちなのは、つまみ食いをしないように、という配慮らしい。

 皆が疲れ果てていた。だが、人々の目は、まだ大切なものを失っていないように見えた。

 カールはここから早くに抜け出そうと考えていたようで、真面目に働き続けた者だけがもらえる休憩時間に、相談を持ち掛けてきた。

「夜になったら逃げましょう」

 ゴラン・ゴゾールも、逃げた方がいい、という意見には同意した。しかし、未だ名乗らぬままの中年の男と一緒に住んでいる状態であるのがまずかった。あの男は三人が逃げるなどとは思っていないようだった。

 犯罪者同士は相互監視の目が厳しく、小屋の中でもお互いに見張っていて、小屋同士でもお互いに見張っている。逃げれば、すぐに追手が掛けられて、連れ戻されるか殺されるかするのだ。この伐採場に留まっているのはジョルマ・フォーツの城から派遣された軍隊ではなく、国家資格となっている特別警邏隊である。その中には軍学校の優秀な卒業生も多い。隠者の森は王家の直轄領で、数少ない王国の資源であるから、特別扱いを受けているのだ。ゴラン・ゴゾールは騎士になることを目指していたので警邏には志願しなかったが、そこまで危険ではない上に給与の払いが良い。試験さえ受けて資格を取ってしまえばよかったこともあって、人気の就職先であった。

「……もう少し様子を見よう。レミの行方も調べたい」

 そう返すと、カールは「それもそうですね」と言って、頷いた。

 怪しまれるのは避けた方がいい。片方が死んだという双子の王子の話もしない方がいい。三人は、これを訊くだけに留めた。

「ちょっと前に、巨大な鳥が飛んでいったな、見たか?」

「そういえば、見たなあ。あっという間に北へ飛んでいった。でかかったな」

 老若男女問わず様々な者に接触して回ったが、そのような回答しか返ってこなかった。が、興味がないという素振りを見せる者が誰一人としていなかったことは、不思議と心地よかった。

 珍しい髪の色と肌の色をしているルパは、見咎められなかった。ずっと外で働いてきたから髪も肌も日に焼けてひどいんだ、と言って回っているのを、ゴラン・ゴゾールは見掛けた。言葉も問題なかったし、働いている他の子供とそう変わりない態度であったから、そこにいる皆が、あっさりと少年を受け入れたようだった。

 そうして、大人しく過ごしながら、三日経った時だ。

 明日は木材の買い付けに商人が訪れるということで、髭を剃るための小刀や髪を切る為の鋏、身を清めるための布、清潔な服を貰った。それを使って近くの小川まで行き、身支度を整え、小屋へ戻った時のことだった。

「ぼうず、スリで捕まったんだったな」

 男が、面白いことを言った。中年だと思っていたが、褐色の髭を剃り、髪を短く切って整えると、思いの外若い。互いに名も明かしていなかったが、ゴラン・ゴゾールは、平民の犯罪者というにはえらく理知的な目をしているな、と感じた。

「うん、そうだよ」

 ルパは口の端を上げた。その目が笑っていないことに、ゴラン・ゴゾールは気が付いた。

「ちょっとその腕を見せて欲しいと思ってな。このクソみたいな小屋が一杯並んでるのををわんさか無視して東に行ったら、立派な天幕があるのは知ってるか?」

「……大切なものを取れっていうなら、やめておくよ」

「なあに、大したもんじゃねえ。いやあ、しかし賢いぼうずだな」

 男はルパに向かってにやっと笑った。だが、その目が笑っていないことに、ゴラン・ゴゾールは気付いた。犯罪者がまるで貴族のように腹を探り合っているのは何だか滑稽で、恐ろしい。

「天幕の中にいるようなやつらにとっては、何でもないようなもんさ。放置されている箱の中だからな。安心しろ、中身は紙だ……書いてあるのは木材の買い付け額だ」

「……買い付け額?」

 カールの耳がぴくりと反応する。男は急に、真剣な顔になった。

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