虚栄男のハッタリ学園生活 〜俺より優秀な奴などいねぇ!〜

ユーヤ

第一章・西園寺梨花

第1話 長宗我部真也という男


2019年、四月某日、一般的には入学シーズンとされるこの季節に咲いた満開の桜は、この春、都内最大の生徒数を誇る明文めいぶん高校に入学する新入生らを祝福しているように見える。穏やかな風に吹かれてゆらゆらと揺蕩たゆたう桜は、しかし、突然突風が起こると花びらが空に舞い、桜吹雪が形成され、絶景を生み出す。


「おお...すげぇ!」

「綺麗...」


その光景に、真新しい綺麗な学生服を着た者達が次々と驚嘆と恍惚の声を上げる。彼、彼女らは今日、明文高校に入学する新入生だ。春になると高校へと繋がる一本道の両脇に無数の桜が咲くという、ある種のサプライズはSNSなどを通して全国的にも有名である。この景色見たさに入学したという者も過去にはいた。それぐらい美しい景色なのだ。


だが美しいのは景色だけではない。


「ねぇ...見てあの人」

「っ...やだ...かっこいい」

「モデルさんみたい...」


ある場所を指差してひそひそと会話をする女子生徒と見られる三人組。それにつられて他の女子たちもその方向へ視線を向ける。そして直ぐに息を呑む。


何故かって?


あまりにも美しすぎるのだ。その顔が。いや、人間を構成する部位全体が、だ。すらりとした身体に、真水のように透き通った目元、濡れ羽色の綺麗な黒髪、ニヒルな笑みを微かに浮かべている口元、どこか近付き難い雰囲気を醸し出す眉目秀麗なその男は、神が直接、顔を創ったといっても過言ではない。


最初は数人の女子が小声で囁いているだけだったが、ここは明文高校へ続くただ一つの一本道。必然的に人口密度が高くなるのだ。なのでその内容は高速で広まっていく。


「うっわ...カッコよ、あれ新入生だよね? ウチ、声かけようかな?」

「やめときなって...絶対彼女いるよ」

「読モでもやってるんじゃない?」

「なんだあのイケメン!? クソがっ!...」

「非リアの叫喚ワロタwww...わろた.....」

「お、おいしっかりしろ! 死んだ魚のような目になっるぞ!」


普段は和気藹々と友人同士で会話しながら高校へと向かう道が今日だけは様子が違った。誰が原因なのかは一目瞭然。件の美男子、長宗我部真也ちょうそかべしんやである。女子達は真也の方を見て、読モだの、二枚目俳優の息子だの、かしましく流言飛語を撒き散らし、男子はその様子をみて真也と彼我の差を感じたのか、諦観したり、呪詛を吐いたりしている。


はっきりいって地獄絵図だ。


しかし当の本人の真也はどこ吹く風。無数のー主に男子ーの羨望や嫉妬の視線に晒されても平然と涼しい顔をしている。そのクールな立ち振る舞いにより一層女子からの注目が集まり、男子の悪意の乗った視線が大きくなるといった、悪循環を生み出している。


といってもそれは真也の外見に惹かれた有象無象らが騒いでいるだけに過ぎない。もし、彼女らが真也の内心を覗けていたのなら違った感情を抱いてたのかもしれない。しかしそんな魔法のような事をできる人など地球上に存在しない。だから仕方ないのだ。


何故なら•••


(フンッ! どいつもこいつも下品な視線を向けやがって、まぁ仕方ねぇか、俺は日本一、世界一、いや、銀河系一の超絶ウルトラスペシャルデラックスイケメンだしな。本当なら観覧料を分捕ってやりてぇ所だが特別に拝ませてやるよ。俺ってば優しい、キリストもビックリな聖人ぶりだわ)


•••とてつもなく内心で毒を吐いているのである。


スペシャルだのデラックスだの頭が悪そうな単語をとりあえず羅列したり、観覧料を分捕るとかいうふざけた事を言ったり、カトリック、プロテスタント問わず全世界のキリスト教徒から石をなげられそうな事を言ったりと、しつこく言うが彼女たちが真也の内心を覗けていたら必ず幻滅するに違いない。


だが真也はその下劣な内心を決して外には出さない。それは真也が、己の見栄を三度の飯よりも愛し、実の両親までもを欺き、悪辣な内心をひた隠しにし続けたからだ。だから真也は今の今まで、そしてこれからも非の打ち所のない完璧な子を演じているのである。己の限りない無限の虚栄心を満たすために。


恐らく虚栄心だけを計るのならば真也は世界一、いや、真也の言葉を借りるのならば銀河系一だろう。


「ね、ねぇ...君、新入生だよね? ちょっといい?」


金髪に髪を染めたギャルっぽい風貌の一人の女子生徒が意を決して真也に声を掛ける。その後方数メートル先に何人かの女子生徒が控えている事を察するに何らかの方法で代表者を決めて声を掛けたのだろう。


真也は初めて周りに意識を配り、辺りを見渡してから、声を掛けてきた女子生徒に向き合う。


「そうですが、どうかしましたか?」

(おいおい、特別に拝ませてやる許可は出したが声を掛けていいなんて一言も言ってねーぞ!)


キョトンとした顔で女子生徒の問いに答える真也。もちろんわざとである。どのような仕草をすれば好感を持たれるかなど、3歳の頃からそれを実践してきた真也からすれば造作もない事だ。


実際、先ほどのクールな態度とは一変、少し困ったような表情をしている真也のギャップにやられた女子生徒は顔を赤らめた。


「う...ううん、何でもない。ウチも新入生だから、声を掛けておこうかと思って...」

「そうなんですか...では、これから一緒のクラスになるかもしれませんね...」

(そんなくっだらねぇ理由で俺を呼び止めたってのか!? 万死に値するぞ!)


値しねぇよ。


「そ、そうだね! ウチ、西園寺梨花さいおんじりかって言うの。君の名前を聞いていいかな?」

「あぁ、名乗るのが遅れましたね。俺は長宗我部真也って言います。」

(おい、初対面なのになんか馴れ馴れしくねぇかこの女)

「真也君かぁ、これからよろしくね! といっても同じクラスになるかは分からないけど」


眩しい程の笑みを浮かべながら、真也に片手を差し出す梨花。普通の男なら落ちてても不思議ではないのだが、悲しきかな真也には一切響かない。


「はい、よろしくお願いします。」

(こここ、こいつ! 初対面で名前呼びとか頭が高すぎる!! 親はどんな教育をしてきたんだ!?)


笑顔で握手をしながら内心、烈火の如く怒り狂っている真也。というか真也が親の教育云々を言うのは完全にブーメラン発言なわけだが、真也は本気で自分が聖人がなんかだと思い込んでいるので救いようがない。馬鹿につける薬はないのだ。


「うん! それじゃあね!」


軽い足取りで自分のグループに戻っていく梨花。早速友人と見られる女子生徒達に質問責めにされている。


(西園寺梨花か。ブラックリスト行きだな)


その様子を見て真也は己の中にあるブラックリストへと梨花を追加する。とんだとばっちりなわけだが、真也を怒らせるには十分な態度だったらしい。何様のつもりなのだろうか?




そうこうしてるうちに学園へと到着した。


無限の虚栄心を持つ真也がこの先、明文高校で引き起こす数々の騒動を今はまだ、誰も知らない。

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