第31話 市役所


 意を決してくぐった入り口。

 市役所の中は人でごった返していた。


 「これは、どっちに行けば良いんだ?」

 人混みを掻き分け中に進んで行く。

 時折、立て看板が行く手を邪魔をする。

 それには何やらビラが張り付けてある。

 何かの案内なのか? それをじっくり読む気にもならないのでそれはわからないままだ。

 案内看板の時も有る。

 大きく住民票だの税金だのと書いてある、それは読む気が無くても見ただけでわかる。 

 後、何かの相談? そんな看板だ。

 どちらにしても、そんなのは意味がない。

 

 「上のようですよ」

 揉みくちゃの鎧君が声を絞り出す。


 何でわかる? そう聞こうとして鎧君の目線を探れば俺の頭の上。

 フクロウが上を指しているのか。

 

 「階段は? 何処だ?」

 俺も声を絞り出す。

 

 そんな俺の背後から肩を叩く者が居た。

 振り向けば知らないオジサン。

 そのオジサンは、左の方を指差して「アッチだよ」と、教えてくれた。

 親切なオジサンだ。

 お礼をしようと向き直ろうともがいているそのうちに何処かに行ってしまったが。

 この街には好い人が多いようだと好印象に包まれる。

 それもスグに渋滞とラッシュに揉み潰されるのだが。

 とにかくそちらの方へと、人の流れに逆らい泳ぐ様にして進んだ。


 どうにかこうにか階段に辿り着く。

 そこまでくれば、人もそれ程でも無くなるようだ。

 上にしかない階段だが、上に行く人が少ないのだろう。

 ちょっとヤヤコシイ人が行く所なのかも知れない。

 もっとヤヤコシイ人は……裏手なのだろうけど。

 それでも、一息付けるこの場所はホントに有難い。


 「良いオジサンだった」

 さっきのオジサンの事だ。

 「でも、良くわかるよね、俺達の行きたい方向に」


 「あれだけ叫べばわかるだろう?」

 猫が荒い息を整えながら。

 「五月蝿かったんじゃ無いか?」


 叫ぶって、そんなに大きな声を出していたかな?

 ああ、でもあれだけ近くに居たら普通の声でも五月蝿いか?

 背の高さは違うけど、ほぼ密着してたもんな。

 オジサンと密着……。

 なんか……やだな。

 綺麗なお姉さんが良かった……。

 そう考えてしまうと、親切に教えてくれたけど今一感謝しきれなくなる。

 どうせなら……。

 

 「さて、行きましょうか?」

 鎧君は元気だ。

 あれだけの人混みに疲れを知らない。

 息を整える事も無い。

 鎧のあちこちを、チョイチョイと整えるだけ。

 首なんかは反対を向いていたけど、指でスーっと戻すだけ。

 なかなかに便利だ。

 羨ましい。


 と、時間稼ぎもこの辺までかと階段に足を掛ける。

 

 「僕達は何処に行くのかな?」

 今度は可愛いらしいオバサンに声を掛けられた。

 惜しい……オバサンか。

 これは決して口に出してはいけない事、もちろんそれはわかっているだから、にこやかにそちらを向いた。

 

 「はい、上に行こうかと」

 ニコニコと元気に返事。

 オバサンにはコレが一番だと短い人生で学んでいる。


 「上の何処に行くのかな?」


 「上の……何処だろう?」

 そこはわかっていない。

 フクロウもただ上としか指さない。


 「一番上かな?」

 猫も適当に答える。


 「そこは市長様の所よ?」

 子供が行く場所では無いと、そんな風だ。

 「何か用事とか、約束でも?」


 少し詰め寄られている気がする。

 オバサンは、やはり少し怖い。

 「いえ、少し聞きたい事と……ボスに会う事になっています」

 そう、このカードの世界ではボスに会うのがルールだ。


 うーんと、少し首を捻って。

 「アポは有るかしら?」


 「アポ?」

 ランプちゃんのスットンキョな声。


 「約束の事よ」

 優しく教えてくれる、が……それくらいは知っている。

 「どちらにしても……一度、受付に行ってね」

 そう言って、さっきの人混みの方を指差した。


 また、あそこへ戻れと言いたいのか……。

 今、たぶん露骨に嫌な顔になったであろう、それは止められなかった。

 それでも微笑みを崩さないおばちゃん。

 内心はわからないけど、こうまでにこやかに接しられれば少しは疑心暗鬼にもなるというものだ。

 

 兎に角に頷いて、また人の波に飛び込んだ。

 決して、嫌な顔を見せてしまってバツが悪くなって逃げたわけじゃない。

 結果としてそうはなったが……それは結果論だ。

 

 それよりも受付は何処だ?

 誰だかわからない尻を押し退け。

 別の誰かに蹴られて、進む。

 びっくりするくらいに柔らかいモノを掴んでしまった時は……二回程……揉んでしまったが。

 あれはキッと若いお姉さんだ。

 

 「何にやけてるんですか?」

 ランプちゃんだ。

 「なんだか……いやらしい顔です」


 人の顔を勝手に覗く方がいやらしいと思うぞ。


 「そんな事よりも、受付はコッチですよ」

 

 なぜ?

 ……そうか、飛べるんだったな。

 もっと早くにそれをやって欲しかった。

 

 ランプちゃんの案内の元、やっとこさに受付にた辿り着いた。

 正確にはその順番待ちの列の最後尾。

 いったい何時間掛かるのか? そんな人数が並んでいた。

 皆、これで良くにこやかな顔をしていられるな? と、不思議でしかたがない。

 それでもそれなりには進んでいるようだ。

 それはそれで、嫌な予感はするのだが……。


 数分後。

 まだ列は後ろの方だ。

 いい加減に退屈になってきた。


 「なあ、こんなに大勢で並ぶ必要って有るのかな?」

 しまった、先に猫に言われた。


 平静を装い。

 「一人でも良いと思うよ」

 誰かに押し付けよう。

 猫は先手を取られたから……鎧君か?


 「だよな!」

 猫が喜び勇んで列から抜ける。

 だが、その時に鎧君の手を引っ張っていった。


 「え!」

 どういう事だ?

 「何故に鎧君も?」


 「そりゃ、ここはリーダーが並ぶべきじゃないか?」

 事もなく猫が言う。

 それに頷く鎧君。


 「誰がリーダーだって?」

 そんなの決めた覚えは無い。


 だが、全員が俺を指差す。

 ランプちゃんはおろかフクロウまでも。


 「それに、俺も鎧君もそれ以外も……ちゃんと話を聞いてくれるかはアヤシイし」

 またもや全員で頷く。


 それに、声も出せずに項垂れるしかなかった。

 

 そして、誰も居なくなった。


 数時間後。

 列はだいぶ進んだ。

 後少しだ。

 退屈とイライラは頂点に達していた。

 何でこんなに人が多いんだ?

 受付をもっと増やすべきだろう?


 「まだ掛かりそうなのか?」

 猫が冷やかしに着た。


 それでも、来てくれて有難い。

 少しでも退屈が紛れる。

 「後少しなんだが……」


 「そうか、じゃまた後で」

 たったそれだけで去っていく。


 「あ! 待って」

 その声は届かないようだ。

 ……届いていても、聞こえない振りかも知れないが。


 またまた数分後。

 後三人だ。

 前の人の声も聞こえる。

 どうも税金の相談のようだ。

 軽減税率がどうのこうの言っている。

 それの意味はわからないが、何やら紙を渡されて何処かに行ってしまった。


 その次は、住民票がどうのこうの……この人は引っ越しをしたいようだ。

 また、紙を渡されていた。


 そして、やっと俺の番。

 「市長様に会いたいのだけど……」

 長い事、並んでいたその間に考えたセリフ。


 目の前の美人だが、少しばかりとうの立ったお姉さんがにこやかに頷き。

 「では、この紙に記入をして三番窓口へお願いします」

 そう言って一枚の紙切れを差し出した。

 

 これだけ並んで、たったそれだけ?

 ホゼンと立ち尽くす。


 「お次の方、どうぞ」

 とうの立ったお姉さんは容赦無くに言い放つ。


 ヨタヨタと、押させる様に列から外される。

 抗議するにも皆、年上過ぎる気がする。

 諦めて渡された用紙に目を落とす。

 何をどう書いて良いのか皆目わからない。

 

 今の受付の順番をもう一度は嫌だしと、そのまま三番窓口へと向かう。

 ここはそんなに並ばなくても良さそうだ。


 それでも数分後。

 回ってきた順番で窓口のお姉さんに紙を差し出して。

 「書き方がわからないのですが……」


 チラリと用紙を見て、俺を見る。

 「でしたら、受付で聞いてください」


 「え!」

 ヤッパリか!

 「でも……」

 今度は流石に抗議だ。


 だが、それも聞き入れて貰えない。

 「次の方」

 その一言で、俺を締め出した。


 絶望のうちにもう一度、受付の列に並んだ。

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