第9話 サルギン


 また暫く歩いた。

 風にそよぐ草葉の音に混じり、かすかに水の音が聞こえてきた。


 「川かな?」


 その俺の言葉に、少し歩みを速める皆。

 直ぐに小川が見えた。

 ジャンプしても微妙に飛び越えられない川幅だ。

 道は、その小川に沿って、土手の様にして続いている。

 「どっち進む?」


 「そんなのは、川上に決まってるでしょう」

 指を指して。


 「川下にも道は続いているけど?」


 「気分の問題よ、綺麗な水の方が気持ちいいでしょ」

 と、小川を覗き見る。


 確かに綺麗な水だ透明でキラキラと輝いている。

 魚も泳いでいるのが見える程だ。

 ……。

 「この魚って、魔物?」

 ふと、疑問に思う。

 ここの世界では、どうなのだろうか?


 「違うんじゃない?」

 委員長があっさり否定した。

 「草や木が魔物じゃ無いのと同じ理由だと思うは」

 

 なるほど。

 まだ木は見ていないが、草はただの草だった。

 千切っても煙には成らない。

 この世界を形造っているモノの1つか。


 「オブジェみたいなモノね」


 「オブジェねぇ」

 

 「捕まえられないでしょ、そんなのは飾りよ見えているだけ」


 「捕まえる事は出来そうだよ」


 「出来たところで、それをどうするの? 食べる?」


 「……イヤ、お腹は空いてない」


 「じゃ、見てるだけのモノね、景色の1つよ」

 

 「ニヤ」

 そんな話に割ってはいる猫。

 お腹はを押さえている。

 コイツは、魚が喰いたいのだろうか?


 なおも近付き、あからさまに空腹だと、演じている。

 「ニヤ」


 「あなたが、魚を捕れるって言うから、変に期待したんじゃ無い?」

 どうすんの? て、感じに。


 小さく肩を竦めて。

 「チョッと待て」

 どうせ無理なんでしょう? と、思われているのがシャクに障る。

 委員長は絶対にそう思っている筈だ。


 俺は、小川を見ながらに歩きだす。

 「いい感じの場所を探すから」


 「ナニそれ? 変な言い訳?」


 暫く後に、見付けた。

 少し先の小川の中に剥き出した大きな石。


 「ここで、待ってて」

 と、その場の川を指差す。

 そして、パチンコで癇癪玉をその石に目掛けて撃った。


 ドカンと音が響く。

 石は流石に固いのか、少し焦げただけでビクともしていない。


 「何がしたいの?」


 「もうすぐだ」

 と、また側の川を指差す。


 「ニヤ」

 猫が見付けた様だ。

 川上から、ひっくり返った魚が浮いて流れてきた。

 期待した程の数では無かったが、数匹が浮いて流れてくる。


 その一匹を、猫が剣で刺して掬い上げた。

 しっかり選んだ様だ、丸々と太った魚。

 俺も、手に届きそうなヤツを一匹、捕まえた。


 「え! どうして?」

 委員長の信じられないって顔が見れてチョッと満足。


 「石からの振動を水中に伝えて、魚を気絶させたんだよ」


 「そんな事が出来るの?」


 「ガッチン漁っていう方法……ってか、今のはダイナマイト漁に為ってたけど」


 「へぇ~そんなのが有るんだ」


 「古い漁法だよ」

 

 「でも、良く知ってるわね」


 「小さい時にお爺ちゃんが言ってたんだ、昔の戦争中に食料の調達で、手投げ弾でやってたんだって」

 

 「凄いわね」


 たぶんその話は嘘だろうけどね……戦争中なんだからそんな事で貴重な手投げ弾は使わないと思うし。

 何処かで聞いた話を組み合わせての作り話だ。

 でも、当時はそんな話でも聞いていると楽しかった、だからしっかりと覚えていたんだから。

 お爺ちゃんの期待した通りにね。

 そして、少し大人に為った頃、学校の図書館でその漁法を見付けたときは、ヤッパリ嬉しかった。

 その時は、既に死んじゃってたけど……また、お爺ちゃんを思い出せた。

 たぶん嘘だろうけど、本当の事も混ざってたんだってね。


 「さて、この魚……どうしよう」

 手に持った魚が、息を吹き返しビチビチと暴れている。


 「貸して」

 と、魚を取り。

 猫の剣でサバキ始めた委員長。


 「魚をサバケるのも凄いな」


 「こんなの簡単よ、ハラワタを取ってるだけだから……それよりも火を起こしてよ」


 「焼くのか?」


 「焼かないと食べれないでしょ、でも塩も無いから……焼いても駄目かもしれないわよ」

 

 そんな感じで、キャンプが始まった。





 魚の焼けるいい匂いが立ち込める。

 川上から流れて来たのか土手のあちこちに小枝やらが転がっていたのを集めて焚き火にしたのだが。

 土手の上に有るという事は、この川はたまには増水するのだろうなと見てとれる。

 カードの中なのに、そんなトコロも作り込まれているのかと、少し感心してしまった。


 そして、焼けた魚……は、不味かった。

 いい匂いはしていたのだけど。 

 

 「ヤッパリ……川魚だし素焼きじゃ駄目ね」

 委員長も顔をしかめていた。


 「でも、猫にはいいんじゃ無いかな? 猫って塩は駄目なんでしょ?」


 それに小さく肩を竦めて、手に持った魚をホグシて猫の前に出す。

 それを、旨そうに食べ始めた猫。

 ガッツいている。

 

 ランプちゃんはと見ると、一口だけかじった魚をもて余していた。

 お口に合わないらしい。


 それはそうか、人間が食べて不味いのだから、人間に形の似ているランプちゃんにも不味いのだろう。

 妖精と言うか魔物でも、それは同じという事の様だ。


 結局、すべての魚を一人で食べきった猫。

 満腹に為ったら眠くなるだろうに。

 と、見ているとヤハリその場で丸く為ってしまった。

 満足げに寝ている。


 「猫の為だけのキャンプに為ったな……この後はどうする?」


 「そうね、猫は置いて行きましょうか」


 「えぇ~」

 おいてけぼりか?


 「起きるまで待てって言うの?」


 「イヤ……それは」


 「じゃこうしましょ、あんたが抱いて連れて来て」


 「俺が?」


 「あんたの猫でしょ」

 そう言い終わらないうちに立ち上がる。


 仕方無いので、猫を抱えて後に続いた。





 小川の土手を進むと、林が見えてきた。

 その木々の隙間から、池も見える。

 ここまでの道のりではモンスターには出くわしていない。

 運が良いのか? 悪いのか?

 委員長は少し不満げだ。


 小川はもちろん池に続いている。

 ほんの少し林に入ればもうソコは池のほとりにたどり着いた。

 大きさもそこそこの池だ、対岸は水面から立ち上る白いモヤで見辛くは為っているが、目を凝らせば見えなくもない。

 その水面には木々の影が映り込んでいて透明度の高い水面がガラスの様に輝いていた。

 そして、真ん中に小さな島が浮いている、苔むした岩の様にも見える。

 その島には朽ち掛けた石造りのほこらが建っていた。

 

 「あやしいね」

 明らかな人工物だ。

 今までに無かったモノだ。

 「これは……たどり着いちゃったのかな?」

 出口にだ。


 「あっさり来すぎでしょ!」

 委員長も気付いた様だ。


 「戻って、出直す?」

 それはそれで、面倒臭いけど。


 「あの……それはもう無理そうです」

 ランプちゃんの震える声がした。

 見れば、水面を指差している。


 ナニが?

 と、思う間もなく水面からモンスターが飛び出してきた。

 池のほとりに立つその姿は。

 猿の様な成りで、背中にヒレを持ち、耳の下にはエラが見える。

 そして、体毛とウロコ、手には三ツ又の槍? カエシが見えるから銛か? を握って仁王立ち。

 ただし小さい。

 日本猿、程のサイズだった。


 「サルギンですぅ~」

 

 「サハギン?」


 「(ハ)じゃ無くて(ル)ですぅ~」


 「どうでも良いわよ!」

 委員長が俺の抱いていた猫を掴み、おもむろに投げた。

 「ヤってしまいなさい!」

 

 投げられた猫。

 突然の出来事にわけもわからず、サルギンの腹に抱き付いた。

 「ニヤ!」


 それにはサルギンも驚いた。

 「ギョッキー!」

 変わった鳴き声だ。

 しかし、そんな事はどうでもいい。

 すきを見せている今がチャンスとばかりにサルギンの頭をパチンコの小石弾で撃ち抜いた。

 

 パチンとハジケて煙に為りカードに変わる。

 

 「ナイス連携!」

 そう叫ぶ委員長。

 そそくさとカードを取りに池に近付いた。


 危ないと言うかヤハリと言うか……。

 委員長は別のサハギンに足を捕まれ池に引き摺り込まれた。


 「ウカツ過ぎだよ」

 呆れるばかりだ、そんな暇は無いのだが。

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