第3話

我が名はグルムレス・コンキリエ。

家督は息子に譲ったが、かつて伯爵だった男だ。

今、我は貴族子女の学園の舞踏会に居る。

息子の時ですら足を運んだ事は無いのだが、此度は陛下から御招きに預かった。


「なあ、グルムレスよ。今年の学園舞踏会に一緒に行かんか。お前の孫娘も居るしな。それに、なんだ⋯⋯」


テーブルを挟み、椅子に座ると陛下より御言葉を賜る。

陛下からの御声掛けならば、断る道理も、断われる力も無い。

まあ、プライベートでは陛下と相性で呼び合う仲なのだがな。家督を息子に譲ったのも、陛下の直臣として仕える為。

それにしても、我が孫娘と陛下の御子息が同い年で婚約関係とは⋯⋯こやつ、元気だな。


いつの間にかテーブルに置かれた紅茶を一口含む。我の好む茶葉を、これまた我好みの濃い目に淹れてある。

どうやら茶は我の精神を鎮めてくれたらしい。流石に陛下より招かれてしまうと、緊張してしまう。

茶などで解決しない問題は、我が息子と孫娘だ。

陛下より直々に説明を賜ったが、情け無い。

マリーナの方はまだしも、息子の方は救いようが無い。

我が手で素っ首叩き落してやりたいわ。


「落ち着け。丁度ルシードから持ちかけられた話があってな。それを罰として行うつもりだ」


本来ならば、公衆の面前で婚約破棄など、内乱になってもおかしく無い。孫娘はそこまで侮辱される様な行いはしておらんのだ。

だが、息子の罪は重い。それこそ、爵位を下げられてもおかしく無い。

其れを、恥をかくだけで終わりにしてやろうという陛下の優しさでもある。


「追放して下さっても構いませぬぞ」

「いや、お前の功と差し引いても良いのだがな。陞爵を取り消すのも問題だ。理由はどうあれ、約束を反故にしたと醜聞が立つ。そんな中でどう国を治めるというのだ」

「⋯⋯我に気を遣うなよ」

「まあ、最後まで聞け。お前の息子も孫娘も優秀なのは間違いないのだ。心根を入れ替えれば国の利益になる」


そこまで言うと、陛下は髪を掻き毟りになられた。

苛立った時に見せる癖だ。

何に苛立っているのか。

目を細めて『観察』する。


この世界には魔法がある。

しかし、使える者は非常に少ない。この国全体でも100人は居ないだろう。

目の前の国王とて、使えないのだ。

我の魔法は『観察』。

力の流れや、感情が見えてしまうのだ。


「まったく、ルシードは何処まで知っていて、この件を畳もうというのかな」


そこに見える感情は、焦り、不安、喜び、驚き、期待。

小さな想いまで含めると無数にあるが、強く表面に出ている感情だけでも複雑だ。


我も複雑な想いで舞踏会を待つ事にする。

自らの苛立ちを流す為に、残りの紅茶を一息で呷る。

濃い目の茶は、口の中に爽やかな香りと、苦さを残した。


ふと見ると陛下は、一口も紅茶には手をつけられてはおられなかった。









「良い、グルムレス。お前の息子の話も聞いてやろうでは無いか」


陛下がブリザードを発生させる。

これとて、ある意味魔法ではないかと思ってしまう程だ。

気の弱い我が息子は口をパクパクさせるだけだ。

表情から色が失せ、遂には気を失いおった。

息子に対する失望が我が心を支配せんとしおった時、気が付いてしまった。


息子に対してのみ、威圧がもう一つ放たれておる事に。


はっ、として目を遣るが、そこには飄々とした表情の殿下のみ。

いや⋯⋯殿下の後ろに控えておる何人かの学生は苦笑いを浮かべておったわ。

ええい、今迄直接会った事が殆ど無かったから見落としていたのか。

我が孫娘が失おうとしてる婚約者の本質を。

たまに貴族の間で聞く噂や、孫娘との話題に上がる第一王子は、軟弱で考えが足りぬとの事。学業は優れておるが、それ以外は人並みに過ぎぬ、と。


この歳にして、見誤っておったか。

此度の一件の為に昼行灯に徹しておったのか。


「ふむ、コンキリエ伯はお疲れの様だな。誰か、連れて行ってやるが良い」


我の動揺と後悔を知ってか知らずか、陛下は事を収めようとしておられる。

何という茶番か。だが、不思議と不快では無い。


「マリーナ嬢には不本意だろうが、我が息子、ルシードとの婚約は白紙に戻そう」


それは⋯⋯覆らぬか。

殿下の資質を見誤っておった我の不明でもある。


「そして、ティーナ嬢との婚約を此処に告げよう。良いな?」


ざわめきが起きる。

何処までだ?何処までが計画されていた事なのだ?


「しかし、コンキリエ伯爵家は余に忠勤を励んでくれた。よって、ルシードの弟、シュバルツとの婚約を成す事にする。そして⋯⋯」


陛下は一呼吸置いて、言い切った。


「以後、ルシードは継承権を失い、シュバルツを王太子とする!」

「へ、陛下!」

「余が決めた事だ、ルシード。お前はこれから、只の王族に成る」


思わず声を上げる殿下。

しかし、一蹴なされる陛下。

解らぬ。二人の計画が何処まで話し合われていたのか。


ルシード殿下は俯き、拳を握り、小さく震えておられた。

そこに見えるのは⋯⋯。


喜びと、達成感、だと⋯⋯?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る