第4話 “イマジナリーフレンド”

 あまり目立つのは好きじゃない。何事もなく平和に日常を過ごしていきたい。それが僕が常日頃思っていること。それが夜に僕が活動していることとは真逆なことだということも理解できている。でも、せめて学校生活くらい、何事もなく平和に過ごしたいものだ。

 僕は真宮深偽まみやしんぎ。嘘みたいな名前だけど本名で、両親から名付けてもらったものだ。歳は16歳。高校生一年生。



 イマジナリーフレンドというものをご存じだろうか?

 直訳すると“空想の友人”という、その名の通り本人の空想の中だけに存在する人物だ。自分自身で生み出した友人であるため会話をしたり時には視界に疑似的に映し出して遊んだりと本人の都合のいいように振舞ったり、自問自答の具現化として本人に何らかの助言を行うことがあったりする。

 主に幼い子供に起こりやすい現象で、特にアメリカでは多くの子供がイマジナリーフレンドを持っているとも言われている。

 しかし、そのも子供が成長するにつれてイマジナリーフレンドは存在を薄くしていく。それを子供からの卒業だとか、子供が周囲の人との関りを持つようになったからだとか、いろいろと推測されているが確かなところはよくわかっていない。

 精神論となれば、必ずしも答えが限られているものではない。それこそ多種多様であり十人十色なのだ。だからこそ答えが出ないものなのだろう。

 ――――――――――――――――――――(月間オカルトタイムズ、岸谷拓真きしたにたくまの記事より)



 古典の授業は好きだけど、担当教諭の特有の声のせいで眠くなる。今受けている数学は数式を眺めているだけで眠くなる。昨日の夜も僕はロギと一緒に“怪物”の討伐に駆り出されて活動していた。ロギは今頃寝ているだろうが、僕は学生という本業があるわけで…。

 未だに勉強と仕事の両立ができていないのが現状だった。友人の青葉あおばに何度か起こされながら、黒板に先生が書き込でいくものを、自分のノートに書き写していく。授業が終わるまであと45分。まだまだ終わらない。というか始まったばかりだ。連立方程式ってなんだそれ。あーダメだ。数式見てるだけで眠くなる。もう、青葉にノート見せてもらうことにして寝ようかな。

「シンギ…おい、シンギ」

 後ろから呼ばれている気がして振り向けば、青葉が心配そうにこちらを見ながら声をかけていた。

「おい、大丈夫か?大分頭揺れてたぞ」

 眠気が強すぎて今にも眠りそうな状況だったのか、後ろから見ていた青葉もさすがに不安に思ったらしい。僕自身、頭が眠気のせいでぼうっとするから大丈夫とは言い切れない。

「ん……んー…大丈夫。青葉、あとでノート見せて……」

「はいはい、上手く誤魔化しといてやるから寝とけ」

 さすがの青葉も僕を起こそうとすることを諦めたらしい。ノートも見せてくれるし、先生への言い訳もしてくれるらしいから安心して眠ろう。机に突っ伏すと本格的に寝始めた。4時限目の英語はちゃんと起きていようと考えながら。

 僕の通う学校――聖グレモリー学園。

 過去や現在、未来、そして隠された財宝について知り、それを語り、老若問わず、女性の愛をもたらす力も持つ悪魔の一人といわれているグレモリー。生徒一人一人の個々が宝だという考えから、その悪魔の名前を学園の名前として取ったと言われ、小中高一貫で全日制、定時制に通信制と生徒が数多く通うマンモス校として知られている。

「おーいシンギ、生きてるかー?」

 数学の授業を先生に居眠りを咎められることもなく無事に終えたようで、青葉が授業中の時より幾分か大きい声で僕に話しかけてきた。短時間ではあったが十分に睡眠がとれた僕は青葉を見れば、口角を上げてスッキリとした表情を見せつけた。

「おかげさまで眠気がとれたよ」

「それは何より、ノートさっさと写しとけよ?今週末回収するらしいし」

「うわ……さっさと写そう」

 青葉からノートを借りれば、書き写してしまおうと自分のノートを開いて書き写していく。計算式が結構多くてこれは時間がかかるかもしれない。

「次の授業って英語だよな。何やるんだっけ?」

 青葉に言われて次の授業の英語で何をやる予定だったかを思い出す。

「今日は小テストはないはずだよ。普通に授業じゃない?」

「そっかぁ……じゃあ、大丈夫だな」

 ほっと安堵しているのがその姿を見なくてもわかるくらいにわかる声だった。

 10分休憩が新しく書かれたノートの内容を半分程書いて終わってしまう。

 授業開始のチャイムが鳴って5分ほどすれば、勢いよく教室のドアが開いて英語の担当教諭が一人入ってくる。大きな特徴は国外の人で、神父が平服に用いられるらしい詰襟で足丈までの長い背広のシャツを着ている。彼はナサリオ・エヴェリーといって、海外から来ているこの学校にある教会の管理をしている本当の神父だ。

「やあ皆さん。今日はテストはないのでのんびりやっていきましょう」

 日本にいる年数が多いのか日本語もペラペラだ。英語に関する面白い雑学を交えながら行うこの英語の授業はどのクラスでも人気らしく、もちろん僕がいるクラスでも人気だ。わからないところを質問すれば丁寧に教えてくれるしね。

「今日は新しく覚える単語もあるし、それをどう応用するかを教えようか」

 息抜きにもなる楽しい授業だ。英語もちょっと苦手だけど。



 楽しく英語の授業を終えた昼休み、今日は天気も良いし売店でパンを買って中庭で食べようかと青葉と話し合いながら廊下をあるいていた時だ。ドンと僕に明らかにわざとらしくぶつかってきた男子生徒がいた。その男子生徒のほうが体格がよかったせいで僕はよろけて咄嗟に隣にいた青葉の肩を掴んで体のバランスを取ろうとする。青葉も反射的に僕の腕を掴んで引っ張ってくれてこともあって転ぶことなくすぐに立て直すことができた。

「……っと、大丈夫か?シンギ」

「なんとか……ごめんね青葉」

「これぐらいなんともないけど、あいつらさすがにやりすぎだろ」

 青葉がギロリとぶつかってきた男子生徒を睨む。その男子生徒が誰なのかはすぐにわかる。僕と同じ学年の川副唯斗かわぞえゆいと。僕の容姿なんかを理由に嫌がらせをしてくる、所謂いじめグループのリーダー。とはいっても、クラスは違うし、いじめの対象は他に何人かいるらしく、僕に突っかかってくることは本当の被害者に比べれば少ないほうだ。たまにこうやってわざとぶつかったりして容姿に対して何か言ってきたりして、そんなかんじ。

 川副は僕たちを一瞥するとふんと鼻を鳴らして、大した被害にならなかったのがつまらなかったのか不満そうな機嫌の悪い表情を浮かべていた。

「……いいよ。早く行こう」

『こういうやからは相手にしても無駄。無視は最高のやり返し』

 ロギの教えはこういう時に役に立つ。実際、こいつらの相手をしてもロクなことはないっていうことは目に見えているし、悪目立ちするようなことは何としてでも避けたい。ただでさえこの容姿のせいで目立っているのだ。これ以上目立つようなことをすれば、唯一の平穏な時間が消えかねない。だからこういうことには目をつぶる。自分から引けばいい。それが他の被害者へと矛先が向くようになったら悪いなとは思うけど。

 青葉もあまり納得はできていないだろうけど、また川副を睨んでから僕の手を引っ張って中庭へと行こうとする。納得できていないんだろうけど、それと一緒にさっさとここを離れたいんだと思う。僕もそれに抵抗することなく引っ張られていると、後ろからたぶん川副のものと思われる舌打ちが聞こえた。

「教室行くぞ。どうせあいつまた一人で飯食ってんだろ?」

 続けてそう聞こえた。うまくいかなかった嫌がらせの鬱憤の矛先を誰へと向けるのだろうか。その被害者にちょっと悪いなと思う。

 中庭に着けば空いているベンチに座って昼食のために買ったパンの袋を開ける。

「やり返そうとか思わないわけ?」

 そんな時に青葉は僕にそう聞いてきた。青葉は川副に対してかなり悪い印象を抱いている。正義感が強いわけでもないけど、目に見えているいじめを何のためらいもなく当然のように行っているのは僕も見ていて居心地がいいわけじゃない。青葉もそう思っているのだろう。

「僕はあまり目立つようなことはしたくないんだよ。だから、あまり相手にしない。その方がいくらかマシ」

 ただでさえこの容姿のせいで目立っているしね。

 僕の返事を聞けば、青葉は「あー」とか「うー」とか考えるように唸って頭を抱える。何か言いたいんだろうけど、言葉が思いつかないんだろう。実際大して気にしてないから「大丈夫」だと告げれば青葉もこれ以上は何も言わなかった。

 そこからはご飯を食べながらこの後の授業の話とか、青葉の部活の話を聞いた。今度大会があるらしい。それと今度マラソン大会に参加するらしい。さすが陸上部だ。

「今度大会見に行こうかな」

「本当か!見に来てくれよ!俺の走りを見せてやるぜ」

「そんなこと言って転ばないでよ?」

「誰が転ぶか!?」

 僕のふざけた心配事を渾身のツッコミが襲う。なんて平和なんだろうか。

 青葉が“動く死体”の一件に巻き込まれてから、生活に何ら変わりはないが、時々監視の目の存在を感じるようになった。青葉も最初はその視線を気にしていたが、ほんの数日で慣れてしまい、いつもどおりに過ごしている。鋼の心でも持っているんだろうか。

 僕の知るところでも、僕たちの存在のことを公言していないし、監視している番犬からは何の連絡はないから約束は守ってくれている。僕の友人は本当にすごい。

 今のところ“怪物”に遭遇したという話も聞いていないから、本当に平和な日常に戻りつつあるんだろう。僕にとってはうれしいことだ。

「今日の寝不足も、仕事のせいか?」

「うん……そんなとこだね」

 夜中の活動が主なこの仕事はどうしても昼間眠くなってしまう。学生にとって相性の悪いこと勉強に追いつけるか不安だ。

「まあ、ノートは見せてやるし、教えられるところは教えてやるから」

「ありがとー」

 本当に最高の友達である。

 昼食を食べ終わって、残りの時間を雑談で終わらせようとした時のことだ。強い風が吹いた時にふと、嫌なにおいが漂った気がした。それは僕が嫌いな、生臭い血の匂いに似ていて、僕は反射的に口元を手で覆う。

「……シンギ?どうした?」

「いや、なんか――血の匂いが……違うと思うんだけど……」

 まるでロギみたいに嗅覚が特別いいというわけじゃないのに。

「血?確かになんか生臭いにおいはするけど」

 青葉も異臭に気づいていたようで、周りを見れば、僕たちみたいに中庭で昼休みを過ごしていた生徒も気づいているのかキョロキョロと周囲を見渡して異臭の正体を知ろうと探していた。多分、僕は仕事に馴染んでしまったからか、それともトラウマからか、そのせいで行動が大きく出てしまったんだと思う。

 それから少しして、少し離れた所から女子のものと思われる甲高い悲鳴が聞こえた。

「……悲鳴?」

「え?シンギ、何か聞こえたのか?」

 青葉の話では、それは聞こえない大きさの音だったらしい。それは僕の特質した聴覚が拾ったものなんだろう。

「……青葉、ごめん。気になるからちょっと行ってくる」

「あ、俺も行くよ。何かあった時に先生呼べるようにさ」

 あまり巻き込みたくないけど、この前みたいにこっそり尾行みたいなことされても困るし、それなら、勝手なことをしないように僕が見ていた方がいいかもしれない。

「じゃあ、本当に何かあった時に先生を呼びに行く。本当にそれだけだよ?」

「わかってるよ。獅琉さんに殺されるし、俺はまだ死にたくない」

「よろしい」

 声が聞こえた方角は高等学部の校舎の方、僕たちが普段授業を受けるために使う校舎だ。とりあえずそこに向かい、あとは勘で探す。

 普段立ち入らない裏手側まで回る。基本的に日陰になっているここは雰囲気が怖いからと生徒が立ち入ることは少ない。来るとしたら所謂不良生徒というやつ達だろう。

「……シンギ、あれ」

 青葉が何かを見つけて指差す。その指した先を見れば、悲鳴を上げた本人らしい女子生徒が校舎の壁に寄りかかってまるで自分の身を守るように蹲っていた。酷く震えているのが遠くから見てもわかる。悲鳴を上げる程の何かを見てしまったのだろうか。

 とにかく、近づいて、何が起きたのかを聞こうと女子生徒肩に触れる。

「ひっ……」

 それだけでも女子生徒は肩をビクッと跳ねさせて、僕たちの方へを振り向いた。その表情は見るからに怯えているもので、今すぐにでもここから逃げ出そうとしていた。

「驚かせてごめんなさい。落ち着いて、僕たちは何もしないから。悲鳴が聞こえてここに来たんです。何があったのか教えてほしいんですけど……」

 僕はなるべく刺激しないように話しかける。そうすれば女子生徒も落ち着くわけじゃないだろうけど何かを伝えようとゆっくりと口を開く。

「――あ……ああ、あ、れ」

 女子生徒が何かを伝えるために声が震えながらも指差す。

 校舎の建物の都合上、柱などの出っ張りや、渡り廊下部分の凹んだ場所がある。女子高生は丁度、その渡り廊下がある部分の凹んだ場所の奥を指差した。

 そこを見て、ようやく血生臭いものの正体がわかる。

 壁に寄りかかるように座って項垂れている、血まみれの男子生徒の死体。それがあったのだ。



 グレモリー学園、講堂。

 全校生徒、すなわち、初等部、中等部、高等部の全校生徒を余裕に収容できる場所であり、基本的に全校集会ではここで行われる。

 僕と青葉が男子生徒の死体を見たその日の昼休みの途中、全校放送で生徒全員が講堂に集まるようにと連絡があった。最初に発見した女子生徒は本当はもう一人いて、そのもう一人が先生に知らせに行ったことですぐに知れ渡ったらしい。そこからさらに最悪なのは、知らされた先生が確認に来た時にその話を偶然聞いてしまった他の生徒が一緒に見に来たこと。所謂野次馬みたいなやつだ。そこから起こるのは僕の聴覚にとっては即死レベルの騒音。女子生徒の悲鳴とか本当にまずかった。

 講堂にクラスごとに集められてざわざわと生徒たち。聞こえるのはあの死体のことだ。見たとか見ないとか、誰だったのだろうとか。

 そんなざわめく声が聞こえる中、ステージに立ったのは中年の男性。この人はこの学園の学長だ。学長はマイクのスイッチを入れれば一呼吸おいてから口を開く。

「――――みなさん、ご存じの方が多いと思われますが、我が学園の生徒が事件の被害者として学園内で発見されました。現在、その生徒が誰なのかは警察の方で調べて頂いておりますが、心当たりのある方は後程知らせてくれると助かるとのことです。そして、警察の方が後程お見えになりますので、みなさんここから動かないようにお願いします」

 なるべく言葉を選んでいるようだが、この学校の誰かが死んだということ自体は変わらない。そしてあれは人為的にできたものじゃない。それは僕にもわかる。

 あれは、“怪物”に殺されたんだ。

 学長の話が続く中、隣にいる青葉が話しかけてくる。

「シンギ……あれってたぶん」

「うん。“怪物”のせいだと思う」

 本当は嫌だがあの死体のことを思い出してみる。壁に足を投げ出して、項垂れた状態で座っていた。制服の元の色がわからないぐらいに血で汚れていた。風に運ばれてきた生臭かったにおいの原因はそれだろう。そして血のせいで見づらかったが、寄りかかっていた壁が見えるくらいにぽっかりと開いた大きな穴。どんなもので攻撃したらどうなるんだ。

「まさか、学校にその“怪物”がいるってこと?」

「……かもしれない」

 この学校の敷地内から出て行った可能性はないとは断言できないが、出て行ったとも言い切れないのだ。

 考えながらふと、ステージを見る。学長が壇上の端を見て話を途中で止める。誰か来たのだろうか。さっき警察関係者が来ると言っていたからその人だろうか。

 そう思って眺めていたが、足音が聞こえてその姿が見えた途端、僕は思わず声を上げそうになってしまった。どうしてここにいるのかと今すぐ問いかけたくなる気持ちだった。むしろその疑問を「なんで!?」と叫びたくなった。

 ステージに出てきたのはロギだったのだ。いつもの服装ではなくスーツを着ていて、いつもの黒いマスクを着けていた。

 ロギがマイクの前に立つとマスクを下にずらし、周囲を軽く見てから話し始める。

「どうも、県警から参りました。獅琉しりゅうと申します。――まあ、挨拶はそこそこに本題に入ります。今回起きてしまった殺人事件についてです」

 ロギの口調は今までにないくらいに丁寧だった。前に青葉に初めて会った時のように猫を被っている。でもたぶんこれから学長がやったような遠回しの表現はしない。そこまで配慮するような人ではないからだ。でも、そのほうが生徒たちは従うのかもしれない。

「今回の殺人事件についてネットの書き込みや、学校、警察への直接の連絡等での犯人からの予告はありませんでした。つまり予告なしの犯行ということになります。そして犯行後から今現在、犯人からの連絡もありません。つまり、という状態です」

 話を聞く限り、犯行予告と呼ばれるものはなかったということだ。そして、その後の連絡もないということは、犯人の目的がわからないということ。しかし、あの生徒を殺したのは“怪物”だとしたら、目的なんてないんじゃないかと思う。

「犯人の目的がわからない以上は、人のいない場所に長時間いることを避けることと、なるべく一人にならないようにすることを心掛けてほしいことを伝えておきます。犯人はこの敷地内から出た可能性は低いと判断しているためです。この後の授業は通常通りに続けてかまいませんが、その後はこの学校でしばらく過ごしてください。部活も念のため控えてください。犯人がいないと判断されれば、下校して大丈夫です。もちろん逮捕された場合もです」

 話を聞いている生徒たちにそう話すと、今度は先生たちが集まっているところを見る。

「先生方は、生徒が敷地内から出ないよう見回りと今出席している生徒たちが全員ちゃんといるかを確認してください。今日偶々欠席している生徒には連絡を入れて所在を確認してください。もちろん先生および用務員等、この学校に勤めている人たちもです。それで欠ける人物がいるという場合は――被害者かあるいは――犯人……のどちらかでしょう」

「そ、それは私たちを疑っているということですか!?」

 今まで静かに隣で聞いていた学長が慌てて声を上げる。その事実に先生や生徒はすぐに動揺したようにざわつく。それはそうだ。僕たち生徒や先生たちの中に犯人がいるかもしれないと言っているのだから。ロギはその言葉に気にかけることなく話を続ける。

「疑ってはいないと言えば嘘になりますね。もちろん外部の人間の犯行という可能性もありますから、それも考えてます。ですが、こんなに広い学校です。全員が潔白を示すのは難しことです。僕はもちろん全員が身の潔白を証明できると信じていますが」

 人を信じない人が信じると言うのはかなり疑わしい。

 ロギの言葉に学長は口を閉ざしてしまう。彼は学長がこれ以上何も言わないと判断すればまた前を見て口を開く。

「……さて、生徒の皆様。今起こっている事件についてさらに詳しい話をします。この被害に遭われた男子生徒のことです。殺されてしまった男子生徒は高等部の2年、矢代大河やしろたいが君だということがわかりました」

 ロギがそれを言った途端、生徒、先生関係なくまたざわざわと騒ぎ出す。その名前を知っている人たちはショックを受けるような表情を見せるところもあった。

「被害者の名前を皆さんにお知らせしたのには訳があります。皆さんには辛いでしょうがご協力をお願いしたい。被害に遭った生徒について知っていることを教えてほしいのです。どんな生徒で、どんな友達がいるのか等、些細なことで構いません。それが犯人逮捕へと繋がるのならどんなものでもです」

 ロギは人の良い笑みを浮かべると、話を続ける。

「我々はこれ以上の被害を防ぐため、そして被害に遭った男子生徒のために最善を尽くします。そのために皆様にもご協力をお願いいたします。僕は教会の礼拝堂で待機しています。協力してくれる方はそこに来てください」

 ロギは話を終えたようで、マスクを着けなおし、軽く頭を下げてからステージから下がる。

 それから先生の指示で僕たちも教室に戻ることになった。

 教室に戻ってからしばらくして担任の先生が戻ってきた。今後の活動について先生同士で話し合っていたたらしい。

 先生の話を要約すると、授業は通常通り続ける。授業を始める前にクラスの生徒が全員いるかを確認してから、先生は生徒が外に出ないように学園敷地内を見回るそうだ。

 ロギの提案を大幅に採用したかんじだろう。

 その説明を終えてから、授業が始まる。みんな、あの事件のせいで授業のことなど頭に入らないだろうが。



 授業をすべて終えて終礼のチャイムが鳴ってからすぐに行内アナウンスが放送される。

『生徒の皆さんに連絡します。放課後の時間になりましたが、非常事態のため学校の敷地内から絶対に出ないようにしてください。先生方にも連絡します。生徒たちの出席状況を確認でき次第職員室に集まってください』

 アナウンス放送が終わると、先生はすぐに生徒たちが揃っているかを確認し始める。今日出席している人数が欠けていないことがすぐにわかると、先生は学校の外に出ないようにと繰り返し言ってから教室を出ていく。そうするとクラスに残された生徒は思い思いに教室内で過ごしたり、友達のところに行くのか教室を出ていく姿が見えたりした。

 僕も教科書やノートをリュックに詰め込みながらこれからどうしようかと考えていると、後ろから肩を叩かれた。僕の後ろの席にいるのは青葉だ。振り向けば、青葉は身を乗り出して僕に近づき、耳元でなるべく小さな声で話しかけられる。

「シンギ、これからどうする?」

「んー……ロギのところに行こうかな。一応僕の仕事でもあるし」

 本来なら学生として関わらないほうがいいのかもしれないが、仕事を務めている僕としての立場上は、一応会ったほうがいいのかもしれない。そのことを青葉に伝えれば、一緒に行くと言い出した。

「青葉も?危ないかもしれないよ?」

「もともとこの前ので関わっているんだから、一緒だろ?」

「うー……じゃあ、なるべく僕から離れないでよ」

「おう」


 青葉がエナメルバックを肩にかけて、僕もリュックを背負えばロギがいるらしい教会へと行くことにした。

 この学園は一応カトリック教に属しているらしく、学校の敷地内には教会がある。だが、ミサ(司教または司祭が司式して行う典礼儀式。一般的な礼拝とは違う)の参加義務は特になく、参加も自由だ。外部から信者を招くこともあるらしい。

 校門の近くにその教会がある。校門近くでは生徒が出ていかないように見回りをしているのか先生が二人ほどいて、周囲を見回していた。

 それを視界の端に入れながら、教会の中に入るために両開きのドアのドアノブに手をかける。

「失礼します」

 一応挨拶をしてから扉を開けると、中の様子を伺う。

 テレビドラマで見るような、長椅子がたくさん並んでいて、その先に祭壇があり、十字架が立てかけられているおそらくオーソドックスと呼ばれる内装だった。

 ロギがいるはずなのだが、姿が見えない。

「ロギ、いないの?」

「……シンギ?」

 声をかけると、ロギの声が聞こえた。そして、奥にある長椅子から姿を現した。

「……寝てたの?」

「だってみんな授業中だから協力とかこないし」

「そりゃそうだけどさ……」

 教会の中で堂々と寝てたら罰が当たらないだろうか……。そんな不安が頭をよぎるのだ。

「で?シンギに青葉君か、なんか知ってることあって教えに来てくれたとか?」

「いや、僕たちもあまり知らないし、手伝いとか必要かなと思って来たんだけど……」

 ロギが人目を気にせず欠伸をしながら言うと、ここに来た理由を話す。一応僕の仕事でもあるから。

 それを聞いたロギは考える仕草をすると、僕と青葉を見る。

「本来なら、シンギにも調べてもらったりとかしてほしいんだけど、警察と関係持ってるとか知られたらまずいからな。君原にも仕事はあまりさせるなって言われているし」

「……確かに。変な噂とか出てきそう」

「だな。だから今日は基本的に何もしなくていいよ。何かわかったらその時に報告してくれればいいから」

「じゃあ、基本的には動かなくていいんだ」

「ああ。それにここには一人同業者がいるしな」

「同業者?」

 ロギの言葉に、僕と青葉は首を傾げる。

 同業者ということは、ここに番犬か猟犬がいるというわけだ。

 僕の職場に勤めている人たちは副業として他の仕事を務めていることが多い。特に番犬は本業を持っていて、番犬は副業としている人のほうが多い。本業をしながら情報を集めて、報告するらしい。

 つまり、ここで学校の先生か用務員等を務めている方なんだろう。

「その同業者ってどんな人?というか誰?」

 一応同業者なのだから、顔と名前くらいは知っておく必要はあるだろう。そう思ってロギに聞く。

「……お前が一番知ってる人だと思うけど?」

 ロギがそう言うと、祭壇の方を見た。僕も釣られてそっちを見ると、いつの間にか男の人が一人立っていた。詰襟で足丈までの長い背広のシャツを着て、緑色のストラを首にかけている、それは神父の姿で、僕たちの知っている人。神父を務めながら英語教師も兼任しているナサリオ・エヴェリーだった。

「ナサリオ先生?」

「はい。私は猟犬に所属しております」

 ナサリオは授業の時より丁寧な言葉遣いで僕たちに自己紹介をする。

「猟犬……って、“怪物”倒す方ですけど、それって神父がやっていいものなんですか?」

 職場について最低限の知識を持つようになった青葉は、ナサリオの所属を聞けば不思議そうにそう問いかける。するとナサリオは少し困ったように答える。

「確かに“怪物”相手といえど、殺生はもちろんいけないことです。ですがこれ以上被害が広がるのも良しとはできませんから、致し方ないことと割り切っています」

 本人はかなり難しい決断なんだろうけど、人を助けることを選んだんだろう。

「先生も大変だね……って、ロギ!さすがに教会で煙草はダメだよ!」

 ナサリオ先生に声を掛けていたが、視界の端にロギが煙草を懐から取り出して吸おうとしていたのを見つけて咎める。

「だって、この学園全域が禁煙なんだぞ。ニコチン不足で死んでしまう」

 ロギがやめる気もなくそう言って、煙草に火を点けようとした時だ。

 バスっと乾いた音がして、ロギが咥えていた煙草が木っ端微塵に砕けた。

「獅琉、教会の中だって禁煙だよ?しかも主が居られるところでそんなものさせるはずがないだろう?」

 それがいったい何だったのかすぐに分かった。

 ナサリオが祭壇のところからサプレッサー付きの拳銃を構えていたのだ。そしてその銃口から煙が小さく立ち上っていた。彼が撃ったのだ。

「その神が居られるところで銃をぶっ放すのはよろしいことなのか?」

 もう原型がない煙草を適当に投げ捨てると、ロギはナサリオに向かってそう聞いた。するとナサリオはふふんと笑いながら言い返すのだ。

「神の代わりに鉄槌を下したまでだよ」

 なんとなく、彼が番犬ではなく猟犬に入った理由がわかった気がした瞬間だった。

 ロギが渋々煙草を吸うのをやめると、ナサリオも銃を懐へとしまう。シャツの中に銃を収納するためのホルスターを隠しているんだろう。

「被害者の身元わかったんだ?」

「一応な。すぐにわかったよ」

 ロギがスマートフォンを操作しながら僕に話してくれる。

「殺されたのが矢代大河。高等部二年。で、シンギ達が来る前にナサリオや他の先生に聞いた話だと、そいつは所謂不良グループに入ってて、そのグループのリーダーをやっていた。それで、大人しそうな生徒に嫌がらせとかしてたと」

「いじめとか?」

「ストレートに言うとそんな感じだな。で、警察のお世話にもなってるって報告もあるし、かなり困った奴だったようだな。むしろ死んでよかったんじゃないか?」

「ロギ……それは言い過ぎでしょ」

「先生はそういう仕事を務めている建前上、言いたいことなんて簡単には言えない。例え、目の前に優劣の差が激しい二人の生徒がいても、嫌でも平等に接しなければならない。不良生徒だけとは限らないけど、本当は視界にも入れたくないと思っているのがほとんどだろ?問題しか起こさない。言うことも聞かない。うまく制御ができない。そんな奴はさっさと排除してしまうほうが楽だろうな」

「じゃあ、殺したのは先生?」

「違う。殺したのは“怪物”だけど、殺された原因があるのはその殺された奴。そいつのこと恨んでる奴の人数は多そうだけどな」

 青葉の問いにロギはそう答えた。

「……ロギは、“怪物”がまだここにいるって思ってる?」

「思ってる……っていうか、いることは確定してる」

「におい?」

「そ。あとは探すだけ」

 ロギは眠そうに欠伸をすると、席を立つ。

「シンギには仕事をあまりさせるなって君原にも言われてる……けど、二人にはちょっと手伝ってもらおうかな」

「手伝い?」

 ロギが僕らを見下ろすと、にっこりと笑う。彼が笑う時はだいたい何かしら企んでいる。

「ちょっと人探しをね」



 僕らがロギに頼まれたのは人探しだった。探してほしいと言われたのは高等部の不良グループ。殺された男子生徒、矢代大河のいたグループじゃなくてもいいとは言われたけど、さすがに関係ないグループを見つけても意味はないんじゃないだろうか。

「探すのはいいけど、どうしろっていうんだよ」

「ロギのところまで連れて行くの?絶対来ないよ」

 青葉とどうしたものかと悩みながら高等部の校舎へと戻る。不良グループを探すことはできないことではないけど、ロギのところまで連れて行くとなると話は別だ。一応警察と名乗り出てるし。不良って警察のこと嫌ってそうなイメージがある。

「どうする?」

「じゃあ、見つけたら獅琉さんに連絡して来てもらうとか?」

「んー……それが無難かな」

 とりあえず、一通りの流れが二人の頭の中で出来上がれば、あとは目的のグループを探す。

 とはいえ今の状況じゃ、いつもいそうな所にいるかとかも怪しい。どう探したものか……。

「ねえ青葉、不良がいそうな場所ってどこだろう?」

「……校舎裏とか?」

「……」

「……」

 ドラマや漫画ならそうだろうけど、そういうやつらは基本どこにいるんだろう。

「とりあえず行ってみようか」

「そうだな」

 他に当てもないし、死体を見つけることになった校舎裏に行くことにした。

 入り口を通らず、校舎をぐるっと回って校舎裏へと移動すると、血生臭いにおいは死体を回収されたからかしなかった。

 しかし、見えるところには誰かがいるような姿はなかった。見えない場所はわからないけど。

 建物の構造上凹んでいて空間ができているところにいるかを確認するために、更に奥へと進む。

 その途中のことだ。

 裏口の所に、川副唯斗とそのグループがいたのだ。

「あ……」

「……」

 川副は僕を見ると立ち上がり、こっちへと近づいてきた。それに続いて、グループのメンバーらしい男子生徒たちもこっちに近づいてくる。

「丁度いい。あのケーサツのせいで外出れなくてストレス溜まってるから相手してくれよ」

 川副がすでに緩んでいるネクタイをさらに緩めながらそう言う。

「こんな時に何言って……」

「こんな時だからいいんだろ?だって、ボコってもここにいるかもしれないとかいう犯人のせいってことになるんだからさ」

 なんて理不尽な。そんなことを思いながら、ここをどうやって切り抜けようと考えていた。でも、そのせいで目の前のことに気づいていなくて。

 青葉の大きな声と川副に胸倉を掴まれて殴られる直前が視界に映って、その拳が眼前に迫るところで視界が暗転する。


「……」

 次に目を開けたとき、殴られていたと思っていた自分の顔に痛みはなく、どちらかというと、両手の甲が痛かった。

 それを見ると所々赤い液体が塗られていて、制服の袖も赤く染まっていた。

「なにこれ……」

 その手元を見てから、僕の周りを見る。

 川副たちが倒れていた。傷だらけで。

 なんだこれ?なんで?なんでこんなことになっている?僕がやったのか?

「シンギ……」

「……ロギ?」

「見事にやってくれたなー」

 いつの間にか後ろにいたロギが僕の両肩を掴んで、彼の体に寄りかからせていた。

「ロギ……これ、僕がやったの?」

「俺が実際に見たわけじゃないし、状況から見て判断するとするなら、そうみたいだよ。俺は青葉君から聞いてこっちに来たんだ。血相変えて走ってきてさ、『シンギが大変』だって」

 ロギの後ろに走って来たのか肩を上下させて息をしている青葉がいて、とても心配そうにこっちを見ていた。

「……僕、何も覚えてないよ?」

「無意識って怖いだろ?」

「言ってる意味わかんない」

 ロギの体に寄りかかりながら俯くと、本当に僕がやったんだと記憶はないが自覚をしないといけないと深く溜息を吐いた。

「さて、シンギが見つけてくれたこいつらに聞きたいこと聞きましょうかね」

 ロギは僕の体を離すと倒れてる川副の所に行き、その手前で屈む。

「川副唯斗君だね。ちょっと教えてほしいことがあるんだけど」

「ふざけんなよ……こんな状況で何そんなふざけたこと言えんだよ」

 川副がロギを見上げてそう言い返す。

「あいつが俺たちをこんな目に遭わせたんだから補導するなり捕まえるなりしろよ!なんで俺たちなんだよ!?」

「……別にどっちを捕まえるとかの話じゃないよ。今回の君たちの一件は見なかった。それでいいじゃないか」

「こんだけボコられたっていうのになんであんたの言うことまで聞かなけりゃいけねーんだよ!?」

「……」

 ロギは川副の言葉を聞けば、上着のポケットからスマートフォンを取り出して、何か操作をすると川副に画面を見せる。川副が何を見たのかわわからないが、彼はロギが見せたスマートフォンの画面を見るとすぐに表情を変える。それは、何かまずいものを見た時のような引き攣った表情だった。

「なんで、それ……」

「……これ、学校やネットにばらまかれたらまずいだろうね?」

「……くそ」

「じゃあ、知ってること全部話してくれるね?」

「……何を話せっていうんだよ。俺たちは犯人なんて知らねーんだよ」

「そんなこと知ってるし、本当のこと言えば、犯人の見当はとっくについてる。俺が知りたいのは、殺された矢代大河について。矢代そのものについてとそいつと交流がある生徒」

「……」

「そうしたら、これはどこにも流出せずに済むだろうね」

 川副は舌打ちを漏らすと、渋々口を開いた。彼の説明を簡単にまとめるとこうだ。

 矢代大河。彼は高等部二年の所謂不良生徒というやつで。学園の内外でそういうやからとの交流があり、そのせいもあってか警察に補導されることも多いという噂もある。

 この学園内でも特定の生徒に対していじめを行っているのも知られている。

 そして、かなり危険な人物として、川副などの他の不良も彼らには関わろうとしないらしい。

 川副から聞ける情報はこれだけ。

「……矢代大河達が普段いるところは?」

「さあ?危なくて近づかないようにしてるから、そこまでは知らねー。確か、屋上とかここみたいな校舎裏とか。先にいた奴追い出して使ってるとかも聞いたことあるし、そもそも学校に来るかも怪しいとかって」

「……なるほど」

 ロギはこれ以上聞き出せる情報はないと判断したのかスマートフォンを操作して何処かへと連絡を入れる。

「……もう少しここでゆっくりしてたら保険医が来るから君たちはそこから動かない。このことは言わないであげるから……そうだな……この事件の犯人らしき人に襲われたとでも言い訳しておけばいいんじゃないか?」

「はあ!?俺たちはこいつに……」

「それとも『シンギに嫌がらせしようとしてやり返されました』なんて何ともみっともない醜態を俺に説明されたい?」

 川副の言葉を遮って言い放ったロギの言葉に彼らは何も言い返そうとしなかった。

 それを見たロギは満足そうに踵を返して校舎裏を出ようと歩き出す。

「シンギ、青葉君、行こうか。ちょっと教会にもお客様来てるから待たせたらいけないし」

「ロギ、僕に何が起きてたの?」

 彼のあとを慌てて追いかけて自分に何が起こっていたのかを聞こうとする。

「俺が見てないものの説明なんてできるわけないだろう」

 でもそう言い返されると、僕もさっきの川副みたいに何も言えなくなってしまう。青葉を見ると、変わらず僕を心配そうに見ていた。そういえば、ロギを呼んできたのは青葉だったっけ?

「青葉、ロギを呼びに行ってたんだ?」

「うん。シンギがまるで別人みたいに川副達に殴りかかっていったんだ。それで止めようと思ったんだけど、手が出せなくて、それで……」

 ロギなら何とかしてくれるかもしれないと思い、呼びに行ったと。とても申し訳なさそうに経緯を離した青葉。

「……そっか」

「ごめん」

「大丈夫。青葉に怪我がなくてよかったよ」

 青葉の身に何もないならそれでいい。実際、僕の拳が少し痛むくらいで怪我はしていないから大した問題はない。

 僕の体に何が起こっていたのかは、この一件が終わってから考えることにしよう。それしかない。今はこの事件に集中しよう。そう考えてロギに話しかける。

「ロギ、お客さんって?」

「この学校の生徒。僕が見つけてきて、話を聞こうと思ったところで青葉君に呼ばれたんだ。一応ナサリオに見張らせてるけど、逃げてないといいなー」

 ロギがこの事件に関連していると思われる人物を捕まえたということだろうか。だいぶ不穏な物言いだけど……。

 少しして教会に戻れば、中にはナサリオがいて僕たちを出迎えてくれた。そして制服を着た男子が一人、長椅子に座っていた。

「おや、真宮君怪我をしたんですか?」

 僕の手元を見たナサリオが心配そうにそう話しかけてくる。

「い、いや……怪我をしたってわけじゃないんですけど」

「そうなのかい?でも、一応洗ってくるといいよ。向こうに水道があるから」

 ナサリオに特に追求されることもなく、給湯室を案内されてそこで手を洗う。返り血だけで怪我をしているわけではなかった。

 でも制服の袖に染みついてしまった血は落とせなくてどうしようと悩みながら戻ると、ロギは教会の中で待っていたらしい男子生徒の所にいた。

「ロギ、その人は?」

「ああ。俺が捕まえてきた協力者」

 捕まえてきたという言葉にツッコミたい思いをどうにか抑えて僕は男子生徒に向き直る。

「えっと……」

「あ……僕、高等部一年の真宮深偽っていいます」

「高等部二年の折瀬おりせです」

 教会にいた男子生徒は折瀬九凪おりせくなぎといって高等部二年、つまり僕の一年上の先輩だ。眼鏡をかけていて、中性的な顔、パッと見て真面目な生徒だとわかるような姿で、男性に言っていいのかわからないが、清楚と優等生という言葉が似合いそうな生徒。

「あの……どうして僕が呼ばれたんですか?」

 自分が呼ばれたのがよくわかっていないようで、ロギを少し疑うように彼は見ていた。

「今回の一件で、君が深く関わっているから」

「……僕を犯人だと言いたいんですか?」

「半分はそう。でも、もう半分は違う」

 ロギは遠回しにすることもなくそう言うと、折瀬の表情が硬くなる。目を細めるロギはそれを見ればマスク越しににやりと笑うのが僕にはわかった。

「君が犯人だと断言しちゃう前に、もう一つ確認しておこうか。折瀬君。君、矢代大河からいじめを受けていただろう?」

「……」

 折瀬は目を閉じて顔を伏せる。それだけで何かを言うことはなかった。

「ここまで言われて何も言い返さないんだから優秀だね。それとも、反論するための言葉を考えてるとか?」

「……何が目的ですか?」

「俺たちの仕事はこれ以上の被害をなくすこと。死体を増やさないことと行ったほうが正しいね。元々の原因は殺された矢代大河に原因があるが、殺したのは君の中に巣食っている“怪物”なんだよ」

「何を言っているんですか?小説の世界じゃあるまいし」

 折瀬の言葉は何よりも現実味を帯びるものだ。確かに、何も知らない一般人からしてみれば“怪物”なんていきなり言われれば、到底信じられるものではない。

 しかし、そんな反応を示す折瀬に対してロギはお構いなく話を続ける。

「まあ、その話は後だ。問題は、まだこの事件が終わっていないってこと。これからまた起こる」

「それって、また誰かが殺されるってこと?」

「察しがいいね、シンギ。……いや、誰でもわかることか」

 ロギのその言葉に僕は反応してつい口を出してしまう。これ以上誰かが殺されるのだとしたらまずいことだ。

 彼の言葉にナサリオも反応を示したようでどこか悲しそうに顔を伏せる。

「俺たちはその原因に繋がるものを潰さないといけない。そのために、君の協力が必要なんだ」

「余計に話がわかりません。仮に、僕が犯人なら、どうしてこれ以上被害が出ると?僕を逮捕すればいいだけのことじゃないですか」

 折瀬の話が何よりも正論だ。ロギの話が本当で今回の一件に折瀬が深く関わっているとするなら、彼をどうにかするほうが簡単だろう。しかし、どうしてこれ以上の被害が出ると確信できるのだろうか。

「ロギ」

 どうしても我慢できなくて、僕は彼の名前を呼ぶ。

「どうして折瀬先輩が犯人で、それなのにこれ以上被害が出るってわかるの?」

「……ああ。そういえば、めんどくさいからいろいろ省いてたな」

「折瀬君は信じてなさそうだけど」と言いながら、彼は面倒くさそうに溜息を吐いてから、話し始める。

「まず、折瀬君が犯人だと思ったのは、“怪物”のにおいがしたから。でも、君そのものからするんじゃない。なんか、ずっと同じ空間にいた時ににおいが移ったようなにおいなんだよね。それで、君が“怪物”じゃあないと判断した。だからさっき君のことを半分は犯人だと思ったと言ったわけだ」

「“怪物”のにおい、ですか?」

 完全にロギを疑う目を向ける折瀬に対して彼は何事もないように話を続ける。

「そう。“怪物”のにおい。血生臭いにおいと殺された生徒のにおいが混じってる。まあ、矢代大河を殺した犯人はその“怪物”だと判断できるね」

 彼の嗅覚は本当に性能の良いものだ。そうそう間違えたりしない。彼自身はその能力を嫌ってはいるものの、事件解決のために使っている。

「そんな非現実的なこと、信じろと言うんですか?」

「信じるも信じないも、俺は事実を言っているだけ。それをどう解釈して信じるかは聞く人の勝手だろ?」

 ロギは折瀬の言葉を鼻で笑う。そしてお構いなしに話を続ける。

「あの死体の死因、失血性ショック死と思われているけどちょっと違うものだ。胸にぽっかりと大きな穴が開いていた。直径約30cmのもので、女とかもう少し細身の体つきをしてる奴だったらスプラッター映画みたいなバラバラ死体になってたかもしれないぐらいだ」

 そう彼は話すと僕を見た。確かに僕もあの死体を確認している。向こうの壁が見えるくらいに開いた大きな穴は僕も見ている。その意味を込めて頷くと、ロギも納得したように頷いた。

「あれだけの穴、開けられれば当然死ぬだろうな」

「……どうして、そこまで話すんですか?」

 折瀬にそう言われて、僕ははっとなってロギを見た。“怪物”や、殺された矢代大河の詳しい死因など、普段なら他人に話すことがない彼が躊躇いなく話したのだ。今まで違和感なく聞いていたが、慌てて彼の腕を引っ張る。

「ロギ!なんでそこまで話すのさ!?」

「は?なんでって、折瀬君が犯人である“怪物”と一番の関りがあるからだよ?だから話してもいいと判断した」

 何が悪いのかと聞きたそうな顔をしているロギに僕は説教をするように話す。

「証拠も何もないのに『お前が犯人だ』って言ってるようなもんでしょ!?ロギの鼻は確かに高性能だろうけど知らない人には変な人にしか思われないって」

 そこで折瀬の一言。

「すみません。もう思ってます」

「思われてた!」

 やらなきゃいけないという義務はないが、一応仕事仲間としてロギのフォローはしないといけない。けど、どうやって取り繕えというのだ。

「別に、俺のことをどう思おうかは勝手だよ?俺は俺の仕事をしているだけだし……」

 ロギは大して気にしないようにそう言うと、じっと折瀬を見る。

「――――少しは自覚を持っているかと思って揺すってはいるんだけどね?」

「自覚?」

「自分が矢代大河を殺したんじゃないかとか。そうでなくとも関わっているんじゃないかとか」

「……」

 その言葉に折瀬は目を見開いた後、すぐにロギをきっと睨んだ。これは何を意味するんだろうか。

「さて、そろそろ呼び出しがかかる頃じゃないかな」

「?」

 ロギはスマートフォンで時間を確認しながら言う。

「矢代大河はグループでいじめをしてた。で、間違いないよね?」

「……はい」

 それは渋々頷いたようにも見える返事だった。

「なら、そのグループに入っている生徒が、他にいじめている奴に問い詰める。『お前が殺したのか』って。君の番がくる頃合いかな」

 ロギがそう言って数秒も経たないうちに、着信音らしき音がバイブレーションと一緒に鳴る。それが折瀬のスマートフォンから鳴っているとわかると、みんなは一斉にロギを見た。予言を当てた人を見るようなかんじで。

「出なよ。さっき言ったグループの奴らかもよ」

「……もしもし」

 渋々といった感じで折瀬は電話に出る。

「……えっと、体育館倉庫?今から?」

 通話の中身は僕の耳で十分に拾えた。要約すると、矢代大河のグループかはわからないが、体育倉庫に来るようにと呼び出されている。さらには命令口調で、かなり口が悪い。

 どうしたらいいのかと折瀬はロギを見ると、彼は少し考えてから折瀬に歩み寄って耳元で何かを囁く。それも僕の耳に聞こえた。

「先生に呼ばれてるから少し遅れる」「必ず行くから先に行って待っていてほしい」

 ロギの言われるまま、折瀬はそれを伝えると電話越しに舌打ちが聞こえ、すでに彼らは体育館倉庫にいるということが聞こえた。

 それで通話を切ると、ロギは楽しそうに笑っていた。

「さーて、仕事を始めるとしますかね」

「仕事って?」

「俺の仕事は“怪物”を殺すこともそうだけど“怪物”がのも仕事なんだよ。シンギと青葉君はここで留守番してて。もしも、誰か来たら見回りに行ってるとか適当に誤魔化しておいて。ナサリオと……折瀬君は一緒に行こうか。体育倉庫まで案内して?」

 ロギがここまで楽しそうにしているのは滅多にない。やる気を出していることにもだ。普段仕事をしている時は大抵面倒くさそうにしているし、仕事をするまでのスイッチが入るのも遅いし、それこそやる気なんて出さない人だ。何か企んでいる気がする。

「ロギ、何考えてるの?」

「……何も、さっさと仕事を終わらせたいだけだよ」

 ロギはそう言うと教会を出ていく、それに続いてナサリオと折瀬も出て行った。残された僕と青葉は長椅子に座り、どうしたものかとお互い口を開いた。

「獅琉さん。絶対何か企んでるよな」

「うん。絶対やっちゃいけないこと企んでる。でも、どうして……」

 何かを企んでいる。でも何をやるのかわからない。何をやるのか完全にわからないわけじゃない。なんとなくわかる。でも、どうしてそれをやるのか、理由がわからないのだ。

「どうして……原因を消そうとするんだろ?」

「こういうのって詳しくはわからないけど、要は“怪物”を倒せば終わりなわけなんだろ?」

「うん、大体は。あとは噂とかで定期的に出てくるようなことはあるけど、こういうのは珍しいから早々出てこないはず……なのに、どうして“怪物”より先に原因を消そうとしてるの?」

「……獅琉さんが言ってたみたいに“怪物”が折瀬先輩に関わりあるものだとしたら、そもそもの原因が、矢代先輩のいじめだから“怪物”を殺しても、いじめが無くならないと意味がないからとか?」

「……」

 青葉の予想に僕ははっと顔を上げる。もし仮にそうだとして、“怪物”だけ殺しても、その原因が消えなければまた同じような事件が繰り返されるということだとしたら?なら、原因を消すという意味は?たとえ警察にいじめをやめろと言っても聞かない奴らだとしたら?

 僕はそこでロギが少し前に言っていた先生の建前上の話を思い出した。

「……まずいかもしれない」

「シンギ?」

「青葉、僕ちょっと行ってくる!」

「シンギ!?」

 青葉が僕を呼び留めようと声を掛けているが、それを振り切って教会を出る。

 教会を出て、中等部の校舎がある方へと走る。中等部を通り過ぎれば体育館がある。長距離を走れるほど体力はないし、ここから体育館まで少し距離はあるが、走るしかない。

 なんとか体育館まで走り切ると、息を切らしながら中へと入る。

 照明の点いていない薄暗い中に一人、ナサリオの姿があった。

「ナサリオ先生……?」

「おや?どうしたんですか真宮君。ずいぶんと急いでいるようですが……」

「ロギと折瀬先輩はどこに――」

 いるんですかと聞こうとしたところで閉じられた体育館倉庫の中から物音が聞こえた。僕はその中にロギたちがいるんだと理解するより早くドアを開けようと引き戸のドアノブに手を掛ける。

 しかし、鍵がかかっているようでがちゃんと音がしてドアが動くことなかった。

「……先生」

「はい、なんですか?」

「どうして鍵がかかっているんですか?」

「獅琉から『そうしろ』と言われたので、その通りにしたまでですよ」

 ナサリオは淡々と答える。未だに体育館倉庫の中から音が絶えない。

 そして、ガンとドアを叩く音が体育館中に響いた。

『開けろっ!誰かいるんだろっ!!』

『来るなっ……来るなぁ!!』

『いやだ……たすけ……』

 中から聞こえるのは男子の助けを求める声と、痛みからくる悲鳴。何が起こっているのか見なくてもわかる。男子生徒たちが、ロギの手によって殺されているのだ。

 僕は怖くなってドアから後退ってしまう。

「今は中では折瀬君をいじめていた生徒を天へと帰す為に獅琉が働いています。私はそれが終わるのを待つのみ」

 ナサリオは何でもないようにそう言う。

「……神職を持つ立場なのに、ロギを止めようとしないんですか?」

 原因を消すなら他にも手段があるはずだ。それなのに、どうしてこんなに酷いことができるんだろう。

「ええ……ええ、私は神の御言葉を預かる身でありますが、私自身の考えは獅琉の考えと一緒なのです。ですから、こういった行為に、所業に簡単に手を貸せる。なんと罪深いことでしょうね」

 ナサリオが自分の胸に手を添えて罪深さを悔いるように語るそれは、狂気と例えるには生温かいと思った。



 体育倉庫から叩きつけるような音や悲鳴が聞こえなくなったのは、ナサリオにドアを開けるよう頼んでから数分後のことだった。ナサリオはその間もドアを開けるようなことはせず、中で起こっている何かを待っているようだった。

『ナサリオ、いるか?開けてくれ』

 ロギの声が中から聞こえた。それを確認したナサリオはようやくそのドアの鍵を開ける。開けた瞬間に中から出てくるのは咽るような血生臭いにおい。

 中から出てきたのはどこで手に入れてきたのか金属バットを持ったロギと、俯いたままその後ろについていく折瀬だった。

「先輩?」

 てっきり、犯人である折瀬も殺されたのだと思っていた。

「シンギ、留守番してろって言ったはずだけど?」

「これから人が殺されるってすぐにわかるようなこと言っておいて、留守番するなんて無理に決まってる!なんで殺したの!?」

 確かに簡単に原因が消えるとは思っていないが、そこまでする必要があるのかがわからないのだ。

「原因を消すのはこれが一番楽でいいだろう?」

 ロギは何で自分が責められているのかわからないといった様子でそう僕に答えた。彼の持っている金属バットは歪み、真っ赤な血がこびり付いている。なんどそれを叩きつけなのだろうか。

「……簡単にいじめが消えてくれるなら、いじめなんてものが発生しないなら、こうして警察や俺たちが動くようなことはないだろう?消えないからこうなったんだ」

 ロギはそう言ってから折瀬を見た。折瀬は未だに何も言わずに俯いたままだった。

「原因は消した。あとは“怪物”をどうするかだよ」

 ロギはそう言うと、バットを折瀬に向けた。折瀬はそれで顔を上げるが、逃げるような様子もなく静かにロギを見据えていた。

「……僕は殺していません。貴方の言う“怪物”じゃないです」

「そうだな。でも、“怪物”はお前に憑りついている。それを俺たちは殺さないといけない」

 ロギはバットを片手に持ち直すと、一気に折瀬に向かって振ったのだ。その動きに驚いて、折瀬は目を瞑り自分の身を守ろうと腕を上げる。

 しかし、折瀬に当たることなく、ガキンと金属同士がぶつかり合う音が聞こえた。ロギが振り切ったバットは途中から折れ曲がっている。

「ほらな……“

 折れ曲がった金属バットを見ながらロギはそう言う。

 その視線の先には折瀬はおらず、何か違うものを見ているように思えた。

 そこからだ。その空間が一瞬歪んで、それからシルエットが見えた。長身のロギよりも大きな体だった。そのシルエットに色が付き始める。

 西洋で見るような銀色の甲冑を身に纏う、大きな円錐型のランスを持つ姿は騎士のようだった。

「これが矢代大河を殺した“怪物”。あのでっかい穴も、その槍で突き殺したなら説明がつく」

 折れ曲がったバットを不要になったように投げ捨てると、ロギはそう言って“怪物”を見た。“怪物”は何をするでもなく、ただロギを見ていた。

「さて折瀬君。“怪物”はここにいた。君を守っているようだし、何か身に覚えがあるんじゃないか?」

「……」

 折瀬は“怪物”を見ても驚く様子はなく、何か知っているんじゃないかとロギに問いただされると気まずそうに“怪物”から視線を外す。

「……――――。ずっと昔からの」

 そう、小さな声で折瀬は言う。

“友人”という言葉を聞くと、ナサリオは少し考えるような仕草を見せてから、思い出したように口を開いた。

「そうか。“イマジナリーフレンド”だ」

「え?」

 ナサリオの言ったことがよくわからず、僕は首を傾げる。

「“イマジナリーフレンド”。この“怪物”の正体だよ」

 イマジナリーフレンド。言葉だけなら聞いたことはあるが、深い意味までは知らない。確か、友人を示す言葉だったはずだ。

「空想の友人。文字通り、空想の友人を自分の中でだけに生み出すものです。それが一緒に遊ぶ友人として、もしくは自分の心の支えとなる友人として。アメリカなどでは子供によくあることですね」

 ナサリオが詳しい説明をしてくれた。なるほどと思う。

「それが“怪物”として現れた?」

「本当に稀なケースだ。いじめに耐え切れず、保身のために無意識にとはいえ生み出した。それが見事に主人を守ったわけだ。主人を危険な目に遭わせる奴を殺すことでな」

「……」

 ロギの言葉に折瀬は下唇を噛んで俯く。それから少し間をおいてから彼はゆっくりと口を開いた。

「……あれは、僕が小さい時に幼稚園で描いた落書きです」



 折瀬は昔通っていた幼稚園で自分の好きな絵を描くというレクリエーションがあった。

 園児たちはそれぞれ両親やアニメのキャラクター等を描いていく中、折瀬は一人違うものを描いていた。幼稚園に勤めていた先生は最初、アニメのキャラクターだと思ってそう聞いたが、彼は違うと答えた。

「これは僕の友達」

 そう答えたのだという。

 自分を守ってくれるヒーロー。強くてかっこいい、自分だけの友達。

 しかしそれも小学生、中学生と年月が過ぎるごとに記憶が薄れていく。それはイマジナリーフレンドからの卒業でもあった。

 自分のことを守ってくれる存在など忘れかけていた頃。高校二年になった年、矢代達からのいじめを受けるようになる。そのいじめは日を追うごとに悪化していき、暴力までも受けるようになってから、彼はまた自分を守ってくれる存在のことを縋るように思い出してしまった。無意識だったのかもしれない。でも

 自分を守ってくれる存在。それは“怪物”となって生まれ、一人の男子生徒を殺してしまった。自分の知らないところで。



「……僕はこれからどうなるんですか?」

 知っていることを全部話した折瀬は、静かにロギにそう問いかけた。

“怪物”なら、また被害を出すかもしれないから倒さないといけない。だけど、今回の一件はまた勝手が違う。倒して終わりという感じには思えない。

「“怪物”が君だったら、それを殺して終わり……になるはずだったんだけど。今回は違う」

「さっきの“怪物”を天に帰しても終わらないのかい?」

 ロギの言い方だと、簡単に終わらないことだとわかったのかナサリオがそう聞いた。

「今回の場合、“怪物”は折瀬君に憑りついていいるんだ。仮に“怪物”だけを殺したとしても、またいじめとかで身の危険を感じれば、“怪物”がまた出てくる可能性がある。そうなったらキリがない」

 ロギは面倒くさそうにそう言うと、少し眠そうに欠伸をした。

「こういう時は宿主のほうを殺したほうが楽かもしれないな」

 その言葉に折瀬は思わず身構えてしまう。

 これ以上殺すのかと、僕はロギを睨んだ。ロギもその視線に気づいたのか僕を見る。

「俺たちの仕事は“怪物”を殺すこと。そのためなら仕方ないことだろ」

「だからって、人を殺すの?さっきみたいに」

 ロギはマスク越しに口元に手を当てる。まるで何かを悩んでいるように。

「問題はそこだ。この“怪物”のスイッチの入り方は主人の身に危険がある時。つまり、折瀬君に危険がなければ“怪物”は出てこない。ってことがわかってる。俺が試しに折瀬君を殴ろうとしたら出てきたし」

「すぐに殺す……はしなくていいってこと?」

「むしろ、殺すほうが骨折れそうだ。この“怪物”強い」

 ロギの意外な言葉に僕は驚いて目を見開いた。彼なら“怪物”もあっさりと殺してしまいそうだと思っていたからだ。

「……ナサリオ」

「なんだい?」

「しばらく折瀬君を監視していてくれ。龍御寺さんに報告して、どうするか指示貰う」

「そのほうがいいかもね。折瀬君の“怪物”は厄介だ」

 ナサリオもロギの提案に快く受け入れれば、よかったねと折瀬を見た。その折瀬はどうなっているのかわからずきょとんとしていたけど。

「とりあえず、今すぐ殺されるってことにはならないみたいです。まだ、これからどうなるかまではわからないですけど」

 僕が今わかっていることを伝えれば、折瀬はようやく理解できたようで「ああ……」と声を漏らした。



 被害者となった矢代大河を含めて、ロギが殺した男子生徒たちは折瀬先輩に憑りついている“怪物”が殺したとロギは隠蔽して報告した。

 しかし、“怪物”に殺された被害者と本当はロギに殺された被害者の死因に繋がる外傷が違うということに気づいて、龍御寺と君原がロギに問い詰めたところあっさりと白状したことで公になった。本当に“怪物”に殺された矢代大河はともかく、そのグループに入っていた5人の男子生徒はロギの勝手な理由で殺されたのだと後々にわかって龍御寺は頭を抱えていた。

 学校へは同一犯が矢代大河とその5人の生徒を殺害したということを報告したらしい。動機は矢代達に深い恨みを持っていたためと。そしてその殺人を行った犯人は逮捕されたことも。

 そして、“怪物”の宿主となっている折瀬九凪について。

 彼は今後も監視がつけられることとなった。それは青葉よりも厳しいものとなるらしい。もちろん折瀬にちゃんと説明をして同意を得た上でのことだ。

 でも、自分が人を殺すかもしれないという恐怖と彼はどこまで向き合えるのかは本人しかわからない。もしかしたら、その恐怖に心が押しつぶされる可能性だってあるわけで、そうしたら“怪物”の行動が変わる可能性だってある。

 ロギが言っていた。宿主の精神状態で“怪物”が出現するというのなら、その精神状態で殺人の対象が変わるとか、出てくるタイミングだって変わる。どうなるのかわからない。科学とか計算でわかるようなものじゃないから、みんながたくさんの憶測を出してしまう。殺して終わりじゃない問題ほど、それは面倒なことになる。

 学校に勤めているナサリオを中心に数人の番犬が今後、折瀬の監視を担当することになった。僕や青葉も様子を見に行くようになった。今のところ大した問題はない。今のところはね。

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