第4話 依頼者 2

「――あなたは人間以外の生物……いえこの際だし、有機物、無機物を含む全ても存在に心があると思う?」


 これまた深い質問を投げかけてくる女の子だな。なんだか、倫理的な授業を受けているように重い質問だけど。興味深い質問ではあるけど……。

 とはいえ、そんなもの確認しようがないだろう。無機物はさておき、有機物……それも動物に関してはすべてのものが心を持っていると考えられる。


「何とも言えないね」

「私はあると思うわ」


 彼女の言うことが事実で無機物や植物にも心があるというのなら、そもそも前提として心が脳にあるということはありえないだろう。

 だって無機物にも植物にも脳なんてないだろう?


「あなたの顔から察するに、脳がないものに心があるなんておかしいだろうって思っているのね?」

「ああ」

「それは違う……あなたが今考えていることの逆が正解だ。だけどそれは大きなミステイク。つまり、無機物や植物には確かに脳はありません。ですが、それは心を持たないという結論にはなりません。あなたの考える前提とは、自身が持つ脳の中に自身の心があるということでしょう?」

「いやそれは脳に魂があるという上での大前提でしょ?」


『魂は脳にしかない』、『植物には脳がない』ゆえに『植物には魂がない』という三段論法が成り立つだろう。三段論法が本当にそんなものだったかが僕には疑問ではあるが、まあ間違っていないだろう。

 ともかく、彼女の言う通りなら僕の上げた前提だって、彼女の理論の一部だろう。しかし、彼女はそれを間違っているという。

 もはや僕には彼女が何を言いたいのか、それすらわからない。


「あなたは人形が心を持っているみたいなアニメを見たことがあるでしょう? その時あなたはアニメを見ながら、『人形に心があるわけないだろう……』なんてことを思ったとしましょう。でもそれはどうして?」

「いや、僕はアニメを見ないんだ」

「そこは例え話だからどうでもいいのだけれど……そうね……じゃあ、人形が襲ってくるホラー映画を見たときにあなたは同じことを思ったとしましょう。心を持たない人形が殺人衝動に駆られることなんてないものね。ともかく、あなたが人形に心がないと思うのはなぜ?」


 なぜとか聞かれても、僕はそもそも映画なんて見ないのだから人形が襲ってくる映画とか言われてもピンとこないのだが……。

 しかし、それを彼女に伝えても、結局平行線だろう。

 僕だって、これ以上不毛な話が長引くのを快くは思えないし、なにより、まだ本題にすら入れていないわけだ。


「そりゃフィクションだからでしょ?」

「じゃあ、心のこもった物って言葉についてどう思う?」


 次から次へと質問をしてくる奇怪な少女に、僕は並々ならぬ不信感をぬぐえない。

 そもそも、彼女の質問には、彼女の持論の答えが関係しているとはまるで思えないのはどういうことだろう。僕の頭が悪いからか?

 少しだけ言葉に詰まりながらも、僕は彼女の質問に返答した。


「……えっと、それはつまり物に心があるわけではなく、心を籠めるというぐらい真剣に作ったとか、送る相手を想ったとかそういう物なんじゃないのかな」


 物に心が籠るなんてことは本来ならありえないことだ。だからこそ、その言葉には比喩的な何かが見え隠れしている。

 本来心というものは目に映るような代物でもなければ、僕たちから隠れるようなものでもない。だからこそ、見えたり見えなかったりすることなどありえないのだ。そのような状態の変化が起こりえるはずがない。

 そんなことは彼女にもわかっているはずだ。

 しかし、彼女は僕の言葉をいとも簡単に否定する。


「いいえ、物にも心は宿るわ」


 だが、僕は彼女の言葉に納得しかねている。

 なぜなら、物には脳がないからだ。脳がないから感情はなく、心も存在しえない。それは彼女が最初に持ち出した仮定なのだ。

 本来僕が掲げる思想とは異なるのかもしれない。それでも、今この時点、彼女の言葉が正解だと仮定される場合においては、彼女は矛盾する二つの理論を持ち合わせてはいけない。


「だったら、心が脳に宿るっていうのは間違っているじゃないか……」

「いいえ、間違っていないわ」


 彼女は即答する。

 さも自分の言葉には何も矛盾がないという風に、議論をするうえで有利であるはずの僕よりもはるかに余裕を持ちながら、彼女はわたって見せた。


「だって、ものに脳はなくても、物を見る私たちには脳があるのだから」


 もう何が何だかわからない。確かにその心の籠っている物を見るのは僕たちであり、その僕たちには脳と呼ばれる器官が備わっているわけだが、それはあくまで僕たちの物であり、僕たちが見ている物が持っている物ではない。

 僕たちが……生物だけが所有しているものであり、そこに脳があろうが、無機物には何らかかわりのあるものではないはずだ。


「いやいや、心なんて見る側の主観的なものでしかないから。実際にその物にあろうとなかろうとどうでもいいのよ。もしかしたら、自分以外の人間には心なんてものが存在しないのかもしれない……でもそんなことは関係ない。だって自分以外の何かが心を持っていると私たちの脳が思い込んでいるのだから…………いいえ、もしかしたら、自分で心を持っていると思っていることさえ、脳の錯覚なのかもしれないわね」


「でも」、と彼女は続ける。


「持っていないとか、持っているとか関係ないでしょう? 認識するのはすべて脳なんだから、そこを信用する以外に私たちに心があるかないかを知るすべはない。『心』なんて物は認識しなければないのと同じなんだから」


 僕は彼女の言わんとしていることがようやくわかった。彼女にとって心とは認識を指す言葉なのだ。だからそれを認識できるのは心だけであり、それはすなわち脳だけであるということ。

 普段から何も考えていない僕の意見よりは、幾分かまともな結論といえるかもしれない。だが、


「それが今回の依頼とどう関係あるの?」


 重要なのはやはり、僕たちを頼って訪れた彼女の依頼内容だ。むしろそれ以外は蛇足でしかない。心がどこにあるなんてことは、僕にとっては大して重要なことではなく、そんなものはどこにあったっていい。どこかにありさえすればいいんだから。

 ともかく、僕は依頼内容を再三にわたり尋ねた。彼女が答えるつもりがあるのであれば、これが最後の機会となることだろう。


「恋愛相談なんだから、重要なことでしょう?」

「僕はそうは思わないけど……まあそういうことにしておこう。とにかく、依頼内容を詳しく教えてくれなくちゃどうしようもないけどね」


 僕の言葉にようやっと覚悟を決めたのか、はたまた、最初から僕をからかっていただけなのか、彼女は長く引っ張った依頼について口を開いた。


「あなたってさ……運命とか信じる人?」

「運命はあると思う。とはいっても、僕はあまり信頼してないけどね」

「いや、そういうボケはいいから。信じることが必ずしも頼ることにはならないからね。ともかく、運命っていう物は絶対に存在しているでしょう?」

「そりゃ……そうかもしれないけど……一目ぼれでもしたの?」


 このクラスメートも、ほかの人たちと同じで脳内お花畑を持っているのだろうか。僕は一目ぼれなんてものを信用していない。もし、僕が一目ぼれしたとしても絶対にその相手には告白などしないようにしている。

 もちろん僕が一目ぼれしたことがないとは言っていない。

 しかし、彼女の表情から察するに、僕の解答は当たらずとも遠からずというやつらしい。


「まあ、はずれといった方が妥当なんでしょうけど、そこまで間違ってもいないわけよね」

「どういうこと?」

「私はその人に直接会ったことはないわ」


 直接会ったことはないけど、一目ぼれみたいなものか……なるほどそういうことね。それなら納得だ。でも、そんな恋愛相談もちこまれても、やめておいた方がいいよとしか言えないんだけどね。

 僕はそれでやる気が一気に消失した。といっても、他人の色恋沙汰に関する依頼なんて最初からこれっぽっちもやる気なんてなかったわけだけど。


「ふーん、じゃあテレビとかに映っていたのかな? ライバルが多そうだね」

「芸能人じゃないわよ!」


 彼女は僕の投げやりかつ適当すぎる返答に、勢いよく反論する。いや、もはや反論というよりも突っ込みの方が近いまである。

 しかし、芸能人じゃなければ答えはかなり限られてくる。たとえば――


「――ようつべなんとかってやつ?」

「チューバ―でもないわよ! ちなみに生主とかでもないからね!?」


 はてさて、だったらなんだというのだろう。もしかしてストーカーか? そういえば、今日来た依頼の内容がストーカーだとか、心がとられるだとか書いてあった気がする。

 一気にきな臭くなってきたな。

 だけど、それを直接言葉にして彼女に聞けるほど、僕は好奇心旺盛でも、お調子者でもない。むしろ、小心者ですべてをどうでもいいと思っているニートまっしぐらな思想の持ち主だ。


「じゃあなんなの?」


 できるなら彼女の口から証拠を押さえられればいいし、関係ないのならそれでもいいと思う。

 まあ、心について考えるなんて思春期にありがち? だろうし、別にあったこともない相手を好きになることぐらい誰しも一度ぐらいあるのか? ……あるとしておこう。

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