恋する乙女と燻る恋3

応接室に踏み入ると私とユリウスを待ち構えていたのは若き天才騎士アルテミシア・ノーラ・シルフールでした。

ソファーに腰掛けながらエリオットさんがお出したと思われる紅茶を嗜みながら窓の外を眺めています。

普段着なのか体のラインをくっきりと出す翡翠色で染められたカクテルドレスと動き易さに趣を置いたコーディネートですが、普段から纏っている彼女の気品がそうさせるのか軽薄さは微塵も感じさせず、優雅ささえも漂わせています。

「いらしたみたいね」

テーブル上のソーサーにカップを戻したアルテミシアは立ち上がり私達へと向き直りました。

「思っていたより元気そうですね、まああれくらいで寝込んでしまう時点で鍛錬が不足しているのは明白ですから、これからも精進なさいとだけ忠告して差し上げます」

「一介の学生にわざわざ忠告をしに来てくださるなんて、騎士様の慈悲深さに感謝いたします……ですが昨日の立会いの際に剣の腕だけならば私の方が勝ると仰っていたのは聞き間違いだったのかしら?」

私とアルテミシアは微笑みを互いに送りあっています、少なくとも表面上は。

放ち合う視線がバチバチと見えない火花を散らして室内の温度を急上昇させているのも、汗をかきながら壁際に避難しているユリウスの動きから容易に分かりました。

「騎士の在り方は剣のみで完成する程単純ではありません、剣と包術、即ち技と心が合わさりあい放つ体を伴ってようやく完成を見るのが騎士であり、ベルクリッド流の極意だと私達の師に教えを受けているでしょ」

……その通りです。

技である剣、心である包術、そして二つを束ねる体の三位一体、その内包術が欠けている間はアルテミシアに敵わないのは悟ってしまいました。

反論する余地はありません、右の拳に力を込めて悔しさを押し留めるしか感情を律せない私は無様です。

「まぁもっとも、アイリスさんが騎士を目指そうとどうなさろうと団長の元を離れるのは決定事項となりましたが」

「どういう意味ですか?」

内心アルテミシアが言わんとする内容は察せました。

ですが事が運ぶにしても早過ぎるのでは……。

「実は私この度ベルクリッド団長と婚姻を結ぶのです、私のシルフール家と団長……いえベルクリッド様が名を連ねれば確固たる地位と権力が築かれこの国を正しく平和に導けるのです」

誇らしそうに胸を張って、舞台に立つ歌い手を彷彿させる声音で自らの幸せを綴ったアルテミシア。

彼女は頰を朱に染めて一層の恍惚を浮かべながら更に歌います。

「初めてベルクリッド様にお会いしたのは武闘大会優勝者のみが登れる騎士団長との親善試合でしたわ、誰一人として私に触れるのも叶わず倒れていった雑魚とは違って、あの方は私が見上げる程の高みから完膚無きまでに敗北を突き付けられました……あの方は私が這い上がろうと、追い縋ろうと、届かない高き場所に立つのだと思い知った時、ようやく私は目指すべき光を見つけたのだと悟ったのです」

「届かないと悟りながら、貴女は光を諦めようとは考えなかったのですか……」

「もちろん!」

自然と高さが落ちた私の声に対して、アルテミシアは青空の如く晴れ渡った笑顔で返してきました。

「産まれて初めて心の底から手に入れたいと願ったお方なんですよ、そう簡単に諦めてたまるものですか! ベルクリッド様は私を一人の剣士として扱ってくれた、鍛え導き戦果を称えて下さるのが嬉しくて、その度に胸が高鳴るのが不思議でしょうがなかった、そして高鳴りの正体が恋だと分かった時に絶対にベルクリッド様と添い遂げると決めたのです!」

「………………」

言い返せない。

小父様を愛しているのも鍛え導いて頂いたのは私も同じ。

だけど恋についてはアルテミシアと違って手をこまねいてしまった。

彼女みたいに求めるがままに恋心を表現してはいけないと、自分を戒めてしまった。

私の敗因は間違いなくそこに有ります。

「ええっと……アルテミシアさんが団長と婚姻を結ぶのは分かったし、アイリスには知る必要があるとは思うよ、それじゃあ僕がここに呼ばれた理由はどうしてなのかな?」

言い返せず立ち尽くす私の代わりにユリウスが場を繋いでくれました。

確かにユリウスが呼ばれる理由は今までの話には挙がっていない。アルテミシアの思惑が読めません。

「そうでしたね、ユリウス君をお呼びしたのは貴方がアイリスさんの親友だと小耳に挟んだからです、後日改めて機会を設けようと考えてましたけど、まさか先に屋敷に出向いてるとは、こちらの執事に伺った時は驚きました」

「前置きは要らないよ、要件を教えてくれないかな」

ユリウスには珍しく押し切る様な強さで問い詰めました。

アルテミシアもユリウスの態度の変わりようを見て、アイスブルーの瞳が切長にスッと細まる。

「……簡単ですよ、アイリスさんの身の振り先をユリウス君のシーヴェルト家にお願いしたいのです」

「なんですって!」

暫く枯れていた声が久しぶりに飛び出しました。

まさか私をユリウスの家に送り出そうなんて無茶な提案をしてくるとは誰が想像していたでしょうか。

ユリウスも驚きを隠せずに目を見開いて固まってしまいました。

「どういうつもりですかアルテミシア、私達の問題にユリウスを巻き込もうなど!」

「婚姻についてはベルクリッド様と私の問題です、ですがこの先ベルクリッド様と言う庇護を失うアイリスさんにとって良い提案だと思いますけど? シーヴェルト家は中流とはいえ歴史ある一族です、身を預ける先としては申し分ありませんし、我がシルフール家の権力を持ってすれば話を通すのは訳がない、アイリスさんが正式に家督を継がれるまでの間と考えればシーヴェルト家にとってもツヴァイトーク家に恩を売れる訳ですし、双方に利が生まれると思いますけど」

「良い訳がありません! そもそもそんな事をしなくても私にとってユリウスは……」

大切な友人です。

そう続けようとした矢先にまさかの反応が返ってきました。

「僕としては構わないよ」

ユリウスが提案を了承したのです。

「あらっ意外ですね、ユリウス君の方から受けてくださるなんて」

「当然父上に正式な返事を貰わないといけないだろうけど、どうせアルテミシアさんの思惑に乗るんだったら僕たちにも利がある形にしないと不公平だろ? 条件としてアルテミシアさんが学校を去ってもらえないかな、もう既に騎士の称号は手に入れているんだから構わないだろ?」

「……もう一度言いますよ、ツヴァイトーク家に恩を売れる時点でシーヴェルト家には十分な利があるのでは?」

「それはこちらが判断する事だ、そもそもそれじゃあアイリスに利は生じていない……消えてくれないか、彼女の前から」

冷たく刺す言葉を突きつけ威圧するアルテミシア。

普段なら相手の感情を受け流すにも関わらず主張を通そうとするユリウス。

既に火蓋は切られている。二人の間に剣呑な空気が漂い始め、次の一言をどちらが発するのかで主導権の有無は変わるでしょう。

予測するに先手を打つのがユリウスなら負けてしまう。彼は相手の動きに合わせて流れを操作するのは得意ですが自ら攻めるのは得てしていない。

もしその時は私が……。

「消えてくれないか……」

ユリウスが先に動いてしまった、その上声に震えが微かに混じるのが聞こえました。

それはきっとアルテミシアにも感づかれてしまった筈、彼女の口端が不敵に釣り上がるのを見逃しません。

「いいでしょう、婚姻の暁には学校を去ることを誓います、もとよりアイリスさんに接触するのを目的に籍を置いたのですからこれ以上残る必要もありませんし……それよりユリウス君は私の見込みよりも勇気をお持ちの殿方らしいですね……」

「そうかい、それは光栄だね」

頰に汗を垂らしながらもユリウスは受けてたつらしいです。

「シルフール家はシーヴェルト家より遥かに位は高いのはご存知かしら……その私に意見したのです、ペナルティの一つなんて安いものですよね?」

「どうすればいいんだい?」

「簡単です、私に忠誠を誓いなさい」

アルテミシアは右手を差し出しました。それは甲が表に向けられており、貴族ならば誰しもが理解できる重大さを秘めています。

格上の貴族に対して格下の貴族が跪き、相手の手にキスを落とす。それは交わしてしまえば二人の間に生涯消えることの無い主従の忠誠を捧げる誓いの儀なのです。

それだけはいけない、ユリウスの人生を私の為に犠牲にするなんて許されない!

ですが私の願いとは裏腹に彼は迷いを見せずにアルテミシアへ近寄っていきます。

「やめてユリウス!」

叫んで呼び止めるも優し過ぎる友人は意に介さず、そして躊躇なくアルテミシアに傅いたのです。

「あら、素直なのですね、これから可愛がって差し上げますよユリウス君」

新しいオモチャを見つけた子供と同じです、この女はなんて幼く浅ましいのか!

「早く済ませよう、一応確認しておくけどこれはあくまで君と僕の間の取り決めであって、シルフールとシーヴェルトの家督には影響を及ぼさないのは間違いないね?」

「ええそうです、古来より主従の儀はあくまで個人を指して結ばれます、安心して私に傅きなさい」

「……分かった、約束は守ってもらうからね」

跪いたユリウスがアルテミシアの右手を取りました。

徐々に近ずいていく右手と唇、迷っている暇は最早無い。

「やめなさい!」

私は二人の間に割って入り、力一杯ユリウスを引き離してやりました。

アルテミシアから庇う為に尻餅をついた友人を正面から抱きとめ自らを盾とする。

「アイリス離して! これは僕の意地なんだ、これ以上アイリスをアルテミシアの思惑に乗せるなんて我慢ならない!」

「それは私も同じです、ユリウスがアルテミシアに生涯の忠誠を誓うなんて耐えられない!」

真剣に見つめ合い、私も彼も譲るつもりは微塵もないのは理解し合いました。

それくらい互いを大事に思っているのだと痛いくらい伝わってしまう。

「茶番は終わったかしら」

冷たい言葉が放たれました。

「ユリウス君の言う通りだと思いますよ、彼が意地を通したいと願うのならアイリスさんに阻む権利はないのではないかしら、これは一貴族としての矜持を掛けた取引です、下がりなさいツヴァイトーク」

敢えて私を家督で呼びつけましたね、貴族としての矜持を見せよと。

であるなら……。

「……実は婚姻については小父様からお聞きしていました」

アルテミシアに背を向ける形で私は立ち上がり、続けました。

「驚きはしましたけど、私の面倒を見てくださった小父様がご自分の幸せを掴むのだと分かればそれは私にとっても幸福なんですよ、あの人は貴女を愛してはいない、シルフール家と結ばれる事で自らの正義に準じる事こそがあの方の幸福なのですから!」

間違いようのない事実を言い放ちます、散々好き勝手ユリウスを弄んだのですから遠慮するつもりはない。

「それくらいで私が怯むとでもお思いなの? 契りさえ交わしてしまえば時間をかけて心を射止める術など幾らでもあります、そうね例えば……」

とっておきのカードを切るとばかりに余裕ある口調のアルテミシア。

「子供を授かればベルクリッド様も妻と子に愛情を注がずにはいられないのではないかしら、誠実に正義の道を生きるあの方ならね」

夫婦となるのならいずれ迎えるであろう通過点であり、貴族にとって世継ぎを残すのは御家存続に必要な義務でもある。

アルテミシアにとって確かに最強のカードでしょう、きっと小父様は心を尽くして妻子を守る筈。

ベルクリッドと言う親代わりに育てられた私が言うのですから間違いない。

「だからなんだと言うんですか」

自分でもゾッとする声音が吐き出されていた。

「いかなる結果を迎えようと、小父様が貴女を愛そうとどうであろうと何だと言うのです? 全ては小父様がご自分で決断されたのですよ、私がとやかく言う筋合いは何処にあるのでしょうね、それともまさか私が小父様に思うところがあるとでも言いたいのですか? もしそうなら頭が悪いにも程がある!」

自分を心底嫌悪してしまう、ここまで口汚く人を罵倒出来るなんて醜くてしょがない。

「恥を知りなさいシルフール! ツヴァイトークの名に掛けて恩人に恋慕を抱くなどと言う恥を晒すなど絶対にありえない!」

振り向きざまに毅然とした態度で言い放つもシルフール娘は微動だにせず立ち尽くしている。

「正直もしやとは考えていましたが、寧ろアイリスさんの方から恋慕について踏み入るのあればかえって怪しく映るものですよ……どうせなら証拠を見せて頂けないかしら、ベルクリッド様に恋していないという確固たる証を?」

当然そう来ると思いました。

ここで引き下がればまたユリウスが自分を犠牲にしてしまう、だから……。

「ユリウス、立ってください」

これも私に残された選択の一つなんです。

「アイリス……どうするつもりなんだい?」

案じてくれてありがとう、ユリウスが私の側にいてくれて本当に良かった。

「ユリウス……」

両手を胸に当てて自分の鼓動と対話する。

緊張に呼応して早鐘を打つ心臓は私の決意に呼応するように静まっていき、覚悟が決まりました。

心を開くのを表すかの如く両手を広げた私はそのままユリウスの両頰に添えて顔を近づけていきます。

「ア、アイリスどうし……」

ユリウスが言い切る前に二人のシルエットは重なって一つになりました。

口付け、愛しい人に純潔を捧げる愛の形の一つ。

ユリウスに恋しようと思い至ったのは私の部屋で二人で過ごした時からでした。

小父様への恋慕を忘れる為に優しい友人を利用するなど卑怯で身勝手なのは重々承知です、だけどもう自分の心に素直になると決めました。

小父様への恋が終えたのなら新しい恋に生きよう、優しいユリウスを守る為に、私自身が幸せになる為に。

結局アルテミシアは私が小父様へ募らせている恋慕を嗅ぎつけ、叩き潰すべく訪れたのでしょう。

ユリウスを焚きつけたのも彼を手中に収めるのが目的ではなく、私への挑発が本命。

揺さぶって隙を見つけたところで私を小父様から遠ざける決定打にする算段だった。

ですがこの結果なら貴女も満足なのではないですか?

貶めずとも私はユリウスとの恋を選んだ、アルテミシアの欲望を満たすのに邪魔な障害が取り払われるのに変わりはないのですから。

「……破廉恥な、思い人と口付けを交わすなら二人きりの世界でなさい」

吐き捨てたアルテミシアは私達に背を向けるとそのまま部屋を出て行こうとします。

ユリウスも私も既に意に掛ける必要はないと言いたいのでしょう。

良かった、これでユリウスがアルテミシアに人生を捧げる必要はない。

それからごめんなさい、こんな形で私の本音を曝け出してしまって。

「一週間後です」

ドアノブに手を掛けたアルテミシアは背を向けたまま告げました。

「陛下の御前にて婚姻の儀は執り行われます、貴族とはいえベルクリッド様とシルフール家だからこそ陛下直々に私達の契りを認めて下さる名誉をある場にアイリスさんも呼んで差し上げます、それまでの間貴女達の仲を深めておくことね」

捨て台詞を吐いて今度こそ本当に去って行きました。

一週間後とは事の運びが滑らか過ぎる、きっと小父様が承認すれば直ぐ様事が動くように予め用意されていたのでしょうね。

私とユリウスの二人きりとなった応接室で私達は未だに顔を近づけたままでした。

「……」

「……」

ようやく顔を離すと互いに沈黙で答え合う。

気まずさが喉の奥に仕えてしまって声が出てくれない。

「どうして、あんな事をしたの?」

ユリウスが先に沈黙を破ってくれました。

私を問いただしたくて仕方がないのでしょう。

「私がユリウスに恋しているから、それでは答えになりませんか?」

「ならないよ、納得がいかない」

「そんな……あんなこと誰かれ構わずしてしまう淫らな女だとでも言いたいの?」

「そうじゃない、もしアイリスが僕に好意を抱いてくれているなら嬉しいさ、だから理由を聞きたい、だって……」

そっと私の両肩に乗せられるユリウスの手が小さく戦慄いて、彼の心境を伝えてくれる……。

「唇は触れなかったじゃないか!」

戸惑いと悲しみを抱いているであろう彼の心境を。

「それは……」

「どうして自分の心に嘘を吐いたんだよ! 本当に僕の事を想ってくれているなら受け入れても良かった、だけど触れ合う直前に止まってしまった君の唇は僕を求めてはいない、アイリスの心は別の誰かだけを見つめていて僕なんて影すらも映っていない、そうだろ!」

「そんな事ありません、私はユリウスを想っています!」

想っていると言葉で宣う癖にユリウスの顔を見られない。

どうしよう、これじゃ本当に嘘つきだ、彼が大切な人であるのは本当なのに。

「なら……」

ユリウスの右手が私の顎を持ち上げました。

真剣に瞳を揺らがせず私を見つめる彼が眼前にいます。

「嘘じゃないのなら、僕を受け入れて……」

再び距離が縮まる二人の唇。

ユリウスの吐息が、熱が伝わってくる。

私は覚悟を決めるべく瞳を閉じました。

ユリウスへの想いが本物であるのだと証明されるその時を待とう。

受け入れなくちゃ、だって私が愛しく想う人は。

(いつだって優しくて……)

私を見守ってくれて。

(私には無い物を持っていて……)

気高さと強さを兼ね備えて。

(いつか私も……)

強くなってお側で背中を預けて欲しい人。

ここまで思考が辿り着いた先、心の中に浮かんできたのは、岩の様な力強い手で私を撫でてくれるあの人でした。

(小父様……)

私の心を熱い炎で焦がして止まない愛しくて堪らない人。

焦がれて焦がれて諦められない大好きな小父様。

これから私の唇はユリウスに奪われてしまう。

やがて訪れる瞬間を待つ間、自然と思い描かれた想いは……。

(やっぱり本当は小父様に捧げたかった)

小父様への断ち切れない恋でした。

(………………)

いつまで待っても唇は奪われない、どうして……。

「ほらねやっぱりだ、アイリスの心は僕の方を向いていない」

ユリウスが私の目尻から何かを掬い上げてくれる。

「そんな……」

そこで始めて自分が涙を流しているのに気がつくなんて思いもよらなかった。

だって小父様への想いの涙は昨夜で全部流し尽くした筈なのに。

「アイリスが僕を大切に想ってくれてるのは嘘じゃないのは分かってるさ、だけどその想いは恋じゃなくて友情だ、君が抱いて苦しんでいる愛しい人は他にいるんだろう?」

「………………はい」

「ベルクリッド団長かい?」

「…………はい」

「アイリス……やっと、自分に素直になれたね」

「……はい」

溢れてくる。

止め処なく押し寄せる熱の本流が溢れかえって、瞳から溢れた途端に雫に変わって滴り始める。

やがて雫は堰を切ったように止め処なくなって、私は本心の赴くまま泣きじゃくりました。

「うあぁああああぁあぁあああぁああああぁああ!」

小父様が離れていってしまうのが悲しくて。

小父様がアルテミシアに奪われてしまうのが悔しくて。

小父様が簡単に忘れられないくらい愛しくて。

もう誰にも嘘はつけない、自分にもユリウスにも愛しい人への恋心を誤魔化すなんてしたくない!

「ごめんなさい! ごめんなさいユリウス! 私は小父様が……」

愛しくて堪らない!

そう叫ぼうとした私をユリウスは自分の胸に抱きとめてくれました。

「エリオットさんに聞かれるかもしれない、僕の胸に押し付けていいからこのまま吐き出してしまおう」

耳元で囁かれたユリウスの気遣いに甘えてしまおう、今は溢れ出す恋心を押し留めるなんて出来っこないから。

それから私は声にならない叫びをユリウスの胸に吐き出し続けました。

「私は! 私は小父様が好き! 世界中で誰よりも愛しくて堪らないの! 私の身も心もあの人に捧げたい!」

それは嗚咽であり、懺悔であり、また誓いでもあった。

例え小父様とアルテミシアの婚姻が止められなくても、恋を諦めなくてはならないのだとしても偽らない。

体は寄り添えなくとも心だけは小父様に捧げよう。

「誰にも渡したくない! どうしてアルテミシアなんか……」

知っている、それは私を守る為に小父様が選んだ道なんだ。

私が弱いばかりに選ばせてしまった道なんだ。

「うわああぁああぁああああああぁあああぁあぁ!」

私を抱きしめたままユリウスは無言を貫いている。

本当は彼も泣き出したいのかもしれない。

先程聞いてしまった彼の本心、私を受け入れると言ってくれたユリウスはきっと私に恋慕を抱いている。

そしてきっと私が小父様へ恋してるのも気が付きながらそっと見守ってくれていた。

長い付き合いなのに互いの心情を察していたのはユリウスの方だけ。

この大切な友人はどこまで器用で優しくて、そのせいで自分の本心を押し殺してしまっていたのでしょう。

(ごめんね……ごめんねユリウス……)

心の中だけで謝る私にもう一度、彼は囁きました。

「僕みたいにならないで、好きな人の為に自分の想いを押し殺しちゃいけない」

貴方こそどこまで自分を押し殺すの? そんな言葉を口にするだけで胸が引き裂かれると決まってるのに……。

「ありがとう、ユリウス」

嗚咽の中からようやく捻り出した一言。

今の私にはこれが精一杯の感謝の形でした。

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