第4話 そして

 次の日、俺は再びやって来たハザックと名乗った医師とじっくり会話をした。お互いの質問に対して答えるだけの味気ないもので途中聞き覚えの無い単語が混ざっていたけれど、おかげで色々と知る事が出来た。


 俺がある場所から助け出されたこと。そして和の国の首都、日月の病院で療養中だということ。


 知り得た情報の多くは地獄より好転したと思えるものばかりだったが、良いこと尽くめでは終わらなかった。


 会話の中でぼかしてはいたが俺の身体を、ハザックは危惧していた。


 良くないものだけど、それは時間が経てば問題無くなる。それにもしもの事があっても、僕が治してあげる。ハザックはそう言っていた。


 それはつまり、時間経過で俺の体調がどちらに転ぶか分からないということ。しかも恐らくハザックには完全に治せない、一時的措置しか施せないものなのだろう。


 もしもが訪れたら俺は......今考えても答えはその時になるまで分からないか。


 それならーー今を好きに生きよう。折角地獄から抜け出せたんだ、最期ぐらいは人形じゃなくて人でありたい。


 ◇


「おはよう、エミルちゃん」

「......おはよ」


 朝、俺の名前を呼ぶ声で目を覚ます。後悔を残さないように決めてから早数ヶ月、俺は未だに病院のベッドの上にいた。


「身体に違和感はあるかい?」

「......ない」

「それは上々、でも一応は検査をするね、『解析』」


 ハザックさんの質問に寝ぼけながらも返すが、心配性のハザックさんは手慣れた様子で俺の身体の隅々を調べ始める。その触れる手が俺にはちょっとむず痒い。


「......くすぐったい」

「朝の美味しいご飯をあげるから、我慢してね」

「それいらない」

「はい、あーん」

「あむ......まずい」


 ハザックさんから有無を言わさず食べさせられるのは苦い丸薬だった。おかげで一気に目が覚める。


「うん、問題なしだね。じゃあ、頑張ったエミルちゃんにはご褒美をあげよう」


 検査が終わったハザックさんは片手で俺の頭を撫でながら、ご褒美と言って本来の朝ご飯を出す。


「ごはん」

「今日はパンに野菜のスープ。そしてデザートのゼリーだよ」

「んー、最初はスープが良い」

「了解。熱くは無いから安心してね」


 要望を言うとハザックさんはスープの器に俺の手を優しく誘導してくれる。そしてこぼさないように一緒に器まで握って口元に運んでくれる。


 地味にハザックさんの凄い所はその動作が俺に全く不快を感じさせないところだ。逐一声に出して言わなくても俺が何をどうしたいのかをちゃんと理解してくれている。


 でも数ヶ月とはいえその半分以上は寝て過ごしていた俺に、ここまで合わせれるのに正直ちょっと引いた。


「それじゃあ、今日も機能回復訓練をはじめようか」


 ご飯を食べ終えると次に始まるのは、機能回復訓練だ。訓練と名が入っているが内容は自力で起き上がる練習や物を握る練習、手足の関節を曲げる練習などの簡単な動作ばかりで難しい事はやっていない。


 おかげで少しは自力で身体を動かせるぐらいにはなったけれど、まだまだ思った通りには動いてくれない。未だに他人の身体を動かしているような感覚から抜け出せないのが現状だ。


 訓練を提案したハザックさんも俺の状態を気にかけているみたいで、とても励ましてくれる。慰めてくれる。


 けれど、どうしても悪い方向に一瞬でも考えてしまう。このまま一生とか、その前に死ぬとか。考えないようにと思っても、何かを失敗する度に気持ちが揺れる。


「おっと、そろそろお昼の時間だね」

「おひる」

「今日はエミルちゃんの好きなお肉の日だよ」

「おー」


 でもそんな鬱屈した気持ちも、お昼になれば全てがリセットされる。


 お肉、それは偉大な食べ物様である。


 ◇


「特別メニューと日替わり定食一つで」

「はいよ、席に運んでやるから少し待ってな」

「何時も悪いね」

「気にすんなって。ハザックはその子の面倒を見てやれよ」

「ありがとう」


 ハザックに連れられて、もとい抱っこされてやって来たのは食堂である。部屋から歩いて数分の所にあるこの場所は料理が美味しいのもあるが、メニューが豊富とあってかとても賑やかだ。


 うーん、今日もまた一段と美味しそうな匂いと音がする。お肉ってハザックさんは言っていたけど、何かな。うし? ぶた? それとも、新しいお肉?


「エミルちゃん、お礼は?」

「ん? なに」


 他の事に意識を向けているとハザックさんに頬を突かれ、強制的に戻させられる。


「お礼だよ」

「ありがとう?」

「ははは、いいってことよ」


 わしゃわしゃと頭を撫でる店主? の話をよく聞いていなかったから分からないが、皆んな俺の頭を撫でるの好きね。


 ハザックさんもそうだけど、俺が出会った人全員に共通している気がする。悪い気はしないけど、不思議でもある。


 そうしてお礼を言った後、ハザックさんとテーブルに座って待っていると御目当ての昼食が運ばれてきた。


「エミルちゃんのは牛肉だよ」

「やった」

「ちなみに僕のは魚の焼き物だね。食べるかい?」

「食べる」


 いただきますと両手を合わせて、ハザックさんと一緒にお昼ご飯に舌鼓を打つ。お肉は肉厚で柔らかく食べ応えあって、とても幸せな気持ちにしてくれた。


 ただ一つ残念なのは食事中の俺にチラチラと視線をよこす人が気になってお肉に集中出来ないところだ。まぁ、食事中はハザックさんの膝の上に座って、食べさせてもらっているので目立つのは自覚しているが、少し鬱陶しいと思う。


 声だけでの判断だがこの食堂の大半を男性が占めており、偶に女性の声が混じる程度で子供の声は全くと言ってなかった。だからなのか余計に俺の存在が周りからしたら物珍しいのだろう。


「あ、エミルちゃんだ」


 まぁ、声をかけられないだけましかと思った瞬間に誰かに声をかけられる。それによってハザックさんの手が一時的に止まった。つまりはお預け。


 ......おにく。


「ハザックさん。隣、良いですか?」


 食事を中断した声の主を恨めしく思いつつも確認すると、すぐにその犯人が分かった。その人は個人的に今一番会いたくない人物だった。


 なにせその人は食事中に一方的に話しかけてくるだけでなく、ハザックさんの代わりに自分が食べさせようと躍起になる面倒な奴なのだ。


「奇遇ですね。私達もご一緒しても?」

「ハザック様、相席よろしいですか?」

「あぁ、別に僕は構わないよ。エミルちゃんはどうかな?」

「ことわる」


 新たに増えた二人の女性の声を聞いて、俺は即答した。一人でも面倒くさいのに、後二人も増えるのなんてごめんだ。ハザックさんの完璧な給仕をこれ以上狂わせてなるものか。


「あら? 今日はご機嫌斜めみたいね」

「ハザックさんをとらないから安心して」

「あの時の事は謝るから、お姉ちゃんにもう一度チャンスを下さい」


 俺の拒絶に三者三様の反応と言葉が返ってくる。不思議そうにしているのがカナンさん。そしてあながち間違っていないことを言っているのがスズさん。最後に懇願しているのがユキさんだろう。この三人は唯一、食堂で俺達に話しかけてくる人達だ。


「今日はエミルちゃん、お肉の日ですか?」

「エミルちゃんは好き嫌いがなくて偉いですね」

「私のお魚も食べるかしら?」


 ......俺の言葉を無視して同席するのやめてくれませんかね。まぁ、そっちが無視するなら俺もそうするか。


「お肉......」

「あぁ、食事の途中だったね。君達には悪いけどエミルちゃんを優先するね」

「あ、邪魔してごめんなさい」

「私達は食事が終わるまでは、眺めるだけにするわ」

「ですね」

「ははは、エミルちゃんに嫌われても知らないよ?」


 ハザックさんが一応三人に忠告はしているけど、もう遅いよ。

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