詰め襟調教

 詰め襟調教


口笛の音がするので振り向くと、光が自分専用だと思われる椅子を呼んでいた。光専用の椅子は東洋系の肌をしていて、二人とも丸刈りだった。黒の詰め襟服を着ていたので、中学生のようにも見えた。光の趣味なのかしら、と私は思った。光は、二人の尻(鞭の柄は黒のズボンの肛門の辺りに深く刺さっていた。鞭が肛門の粘膜に直接触れている様にも見えなかったので、きっと特種加工された服なのだろう)から鞭を二本共引き抜くと、男達の尻に鞭を当てた。二人の歩き方は、私の椅子に比べるととてもぎこちなかったので、私は夢見女館の従業員が、人間椅子の調教をしていることを知った。私の椅子も光が調教したのだろうか。もし光がこの椅子に何度も乗って、訓練をしていたとしたら …… 光も何度もこの取っ手を握ったのだろうか。私は取っ手を握る手の平が汗ばむのを感じた。

光が鞭を振るう姿は、とても凛々しく美しかった。光に調教されている椅子は、だんだん歩き方が上手になっていった。光の調教に見惚れているうちに、私は大広間で談笑している女性達の間に運ばれていた。

女性達は各々、好きなグループに分かれて議論しあっているようだった。私の隣にいるグループはトップレス愛好家達の集まりのようで、女性の乳の形について熱く語り合っていた。私はスミレのいるグループに参加する事にした。輪の中に入る前に、椅子は動きを止めた。そして光が横に並び、私の方へ左手を差し伸べてきたので、私は光の掌に右手を乗せた。光は左手で鞭を振るい、床を鳴らすと、それを合図に椅子が前進し、私達は輪の中心へと進んだ。

「あら、光さんがエスコート? 生意気な娘ねぇ」

私の正面に座っている女性が、私に向かって憎々しげに言ったので、私は誇らしい笑顔を彼女に向けた。

「淑女の皆様、本日はお集まり戴き、誠にありがとうございます」

光の声はワイヤレスマイクによって、部屋中に響き渡り、他のグループの女性達も会話を止めて、私達の方を向いた。ゲストの数は三百人程いるだろうか。個性的で、瞳の輝きが強い女性ばかりだった。そして身体に障害を持つ女性も割合多かった。障害を持つ私達には「普通」に行なえてしまう事が、健常者には出来なかったりする事が多いし、私達は普段健常者との差が目に付き、「考える」機会が多いわけだから、ただ優秀な者を集めた時、身障者が多くなるのは当たり前の事なのだろう。社会の中で性差別を受ける女性の方が、男性よりモノを考える機会に恵まれ、男性に比べ圧倒的に優秀な者が多いのと同じ原理が働くのだ。

「こちらは本日が初参加となります芙蓉様です」

光に紹介されたので、私は軽く頭を下げた。

「それでは皆様、楽しい休息時間をお楽しみ下さい」

簡単な紹介が終わると、また人々は談話を始めた。私と光はスミレのいるグループに椅子を並べた。光の指示に従って私の椅子も移動した。椅子を演じる者達は、互いの尻を見ながら円形に並んだ。意志の通りに動く椅子は、私のような闘病生活が長い者にも、スミレのように足が悪い者にも、とても便利だった。

「芙蓉ちゃん、いらっしゃい」

スミレは人間椅子を四つ並べ、その上に横たわった。大きなクッションに寄り掛かりながら白人椅子の上に横になるスミレは、とても気迫があり、今まで見た事がないくらい綺麗だった。皆の位置が定まると、能面を付けた者達が、各々の前に小さな丸テーブルを置いていった。その後、夢見女館の女達が次々と、クラッカーに色々な食材を乗せたオードブルやキャビア、そしてカクテル『夢見女館』を各々のテーブルの上に置いていった。

「夢見女館の宿泊パーティに乾杯!」

スミレが音頭を取ると、皆が一斉に乾杯と言った。私もグラスを掲げながら乾杯と言った。私は食事の前には祈る習慣があるので、飲む事を少しためらっていると、光が声を掛けてきた。

「芙蓉様は確かクリスチャンでしたよね。私もそうなんですよ。宗派は少々違いますが ……。共に食事の前の祈りを捧げましょう。芙蓉様が祈って下さい」

私は目を閉じ、神へ食前の祈りを捧げた。光が私のエスコート役になったのは、宗教が一緒だからだろうか、なんて事を私は祈りながら考えていた。

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