魔族の使者と勇者候補・2

 言いたい放題やりたい放題の伸夫だが、実は思いっきり動揺しまくっている。

 なんだかんだ、数時間前には死にかけたというのもある。

 異世界トークを飲み込み切れていないのもある。

 転生チートを逃した悔やみもある。

 しかしなにより、薊の刺激が強すぎる。


 勇者フルコースを勝手に魔族バイキングに変えられて、元を取ろうにも全部激辛メニューみたいな感じだ。

 あるいは激甘か。

 なので、洗面所ですぽーんと全裸になっても、内心はドキドキである。

 妙なテンションのおかげで、股間のアレがまだナニしていないことだけは良かったが。

 ちなみに、薊はまたも顔真っ赤で、必死にアレから視線を逸らしている。

 乳袋もドキドキぽよんぽよんだ。


「そうだ、お前のその服、洗濯したほうがいいのか?」

「い、いや、多少の汚れは『清浄化』の魔術で落とせるから必要ない」

「そっか。なら適当にそのへん置いとけ。……入るときはそのタオル巻け。先入るぞ」


 そう言って浴室に入ると、脱衣視姦を免れた薊は、あからさまに安堵の息を吐いた。

 もっとも、伸夫の方がその変態行為に耐えられなかっただけだが。

 性欲は溢れるほどあるが、女性経験は皆無の伸夫である。

 暴れ回る心臓をなだめるように、熱いシャワーで汗と砂を洗い落とす。

 すぐ後ろにいる薊の姿を想像すると、一向に収まらなかったが。

 諦めてシャワーを止めた途端、見計らったように浴室のドアが開いた。

 バクン、と伸夫の心臓が脈打つ。


「し、失礼する……」


 水滴に濡れた鏡に、薊の姿が映る。


 160cmを超える、そこそこ長身の薊だが、脚が長い分、割を食った胴体は短い。

 おかげで、バスタオル一枚でも、どうにか胸と股間を隠すことはできていた。

 とはいえ、凹凸の激しい体型のせいで、どうにもこうにも危なかっかしい。

 胸のところは巻き長さがギリギリで、ぱつんぱつんに張り詰めている。

 時折、若干アウト気味の裾を引っ張るせいで、上の方がずり落ちそうだ。

 なにかを覚悟したような、伏し目がちの表情も色っぽい。


 ちなみに、伸夫はタオルなんて軟弱なものは身に着けていない。


「それで……どうすればいいのだ。教えて欲しい」

「あーっと、このタオルに、こうして、このボディソープを付けて、泡立ててだな」

「ふむ、ふむ」


 お背中流しである。

 ちょっと考えてから、伸夫はバスチェアを引き寄せて、鏡に対して直角に座った。

 薊はバスマットに膝を突き、わしゃわしゃと背中を洗い始める。


「成程、良く汚れが落ちそうだ。力加減は問題ないだろうか?」

「ああ、いいぞ」

「そうか、良かった。しかし、これ程の湯を使えるのは素晴らしい。こちらでは毎日入浴することも珍しくないそうだな」

「お前もめげないね。こっちの風呂なんか大したことねえだろ、清浄化の魔術に比べりゃよ」

「……ただの雑談ではないか。そんな言い方しなくても……」


 薊はしょんぼりしたが、手抜きをするつもりはないらしい。

 マッサージ程度に力を込めて、両手で丹念に背中を洗う。

 すると、両腕の間に挟まれたおっぱいが、むにゅんたぷんと盛大に動く。

 伸夫からは、真横の鏡越しにバッチリ見放題。

 やはりこの角度で正解だった、と伸夫は満足げに腕を組む。


「ふう。背中は綺麗になったように思う。……そ、その、他の部分も、あの」

「頭ね! 頭洗ってね。これ、シャワーね、シャワーの使い方はね」


 前も洗ってとは言えない伸夫である。

 頭からシャワーを浴びせられて後、シャンプーをしてもらう。


「この程度の力で良いか?」

「ああ、気持ちいいぞ。お前なかなかうまいな」

「ふふ、ありがとう。たまには洗う側も悪くないな」


 頭皮を揉み解しては、大して長くもない伸夫の髪を、丹念に揉み洗いする薊。

 すべらかな指先の感触もあって、そのへんの床屋よりよっぽど快適だ。

 しかし、鏡が見えない。

 シャンプーハットを用意しとくんだった、と歯噛みした瞬間だった。

 肩甲骨あたりに、ぽよん、と柔らかいものが当たった。


「おっ」

「あっ……」


 身を乗り出しすぎて、大きくせり出したおっぱいがつっかえてしまったのだ。

 わずかに声を上げた薊だが、すぐに押し黙って手を動かし始める。

 湿ったバスタオル越しに、夢がたっぷり詰まった膨らみが、むにゅんむにゅんと形を変える。

 柔らかいのに、張りがある。

 跳ね返すような弾力があるのに、吸い付いたように離れない。

 未体験の不思議な感触を受け止めきれず、伸夫は呆然とする。

 ちゃんと意識が追いついていれば、一瞬でアレがナニしていただろう。


「ひゃっ」

「んあ……?」


 なにやら、伸夫の背中に当たる感触が変わった。

 無粋なゴワつきがなくなり、吸い付いていたのが、ほとんど溶け合うようになった。

 その中に、二つほどプニプニ突っついてくるものがある。

 半ばハングアップしていた意識が、その刺激で急激に覚醒していく。

 しかし、真相に勘づく前に、魅惑の物体は離れてしまった。


「このくらいで良かろう。洗い流すぞ」

「おお? わぷっ」


 またシャワーを浴びせられて、ちょっとシャンプーが口に入る。

 犬のように頭を振って鏡を見ると、薊は立ち上がってシャワーヘッドを戻していた。

 湿ったタオルが貼り付いて、なまめかしい背中と尻のラインが浮かび上がる。

 いまはもう、ちゃんとタオルを巻いていた。


「次はなにをしたらいい?」

「……とりあえず、なんもない。外で待機」

「承知した」


 一礼して深い谷間を見せ付けてから、薊は後ずさりに風呂場を出た。

 タオルを解いて、体を拭き、エロ忍者装束を身に着けていくのを、すりガラス越しにじっくりと鑑賞する。

 そうして、微動だにせず突っ立ったところまで確認すると、伸夫は改めて体を洗い、風呂桶に入った。

 長い長い溜息が、そろそろと風呂場に立ち上る。


「……目ぇ覚ますのが遅いんじゃねえの? ええおい」


 そう自分の股間に語りかけると、ざぶんと湯に沈んだ。



◇◇◇



 薊に目を逸らされながらジャージを着て、リビングに戻る。


「とりあえずメシは出してやる」

「ありがとう……しかし、私が作らなくてよいのか?」

「いまは出来合いしかねえんだよ。とりあえず俺がやるから見て覚えろ。つか、お前なにが作れんの?」

「あちらの作法でなら色々と。魔族は料理も多様だぞ? こちらの作法も覚えてみせよう」

「ふーん。なら料理動画でも見せてやるか」


 とはいえ、とりあえずは冷凍スパゲッティである。

 パッケージの説明文を読み込み、電子レンジの操作を真剣に見詰める薊は可愛かった。

 ふむふむと頷くたび、乳袋もたぷんたぷんと揺れる。


 そろそろ鷲掴みにしたくなってきた。

 しても、抵抗はされまい。

 だができなかった。

 まだ、『魔族』へのスタンスを決め込んでいないのだ。

 断じてただのヘタレではない。

 ないったらない。


「んじゃ、俺は食ってるから自分の分作れ」

「承知した。ええと、500ワットだから、4分30秒だな」


 テーブルにスパゲッティの容器を置いて、椅子に座る。

 台所で、褐色エロ忍者が冷凍スパゲッティを温めている。

 改めて、異様な光景だった。

 異様といえば、薊にすればこの世界の全てが異様だろうに、大した適応力だ。

 そのくらいでなければ、異世界で異世界人の護衛など務まるまいが。


 そう、異世界人なのだ。

 いや、異世界魔族か。

 素手でトラックを止めて、ドロンと変身する、地球の基準をぶっちぎった美少女の異世界魔族だ。

 なのに、一緒にいつもの冷凍スパゲッティを食おうとしている状況に、伸夫は皮肉な笑みを浮かべる。


「さーて、反応はどうかなっと」


 ずぞぞと箸でスパゲッティを食いながら、行儀悪くタブレットをいじる。

 薊のメイド写真への反応は、笑えるほどの勢いで爆発していた。

 リアルタイムでスコスコと拡散数が増えていき、返信も吊し上げみたいに殺到してくる。


「誘拐ですか? 通報しますね」「でっかおっぱいでっか」「褐色爆乳メイドとかやばすぎ。何人?」「いくら払ったの?」「死ね」「自宅特定しました。メイドちゃん救出に向かいますね」「WPはキモすぎワロタ」「エチチチチチチチチチチ\勃/」


 クソリプの嵐である。


「よし、できたぞ! おお、この国は箸を使うのだな」

「ん? 使えんのか?」


 薊は、ちょっと迷ってから、伸夫の対面に腰を下ろした。

 シュッと背筋が伸びていて、どこか上品な座り方だ。


「あちらにも箸を使う種族がいたのだ。なにか、食前の祈りの作法はあるかな?」

「別にやりたいようにやっていいけど。この国じゃ、こう……手を合わせて『いただきます』が普通だ」

「ではそれに習うとしよう。いただきます」


 所作が厳粛すぎて、チベットの修行僧かなにかみたいだった。

 が、割り箸を持ち上げて困惑。


「……見てろ」

「おお、済まぬ。成程、袋を破って、割るのか……つまりこれは使い捨てか?」

「そうだよ」

「興味深い……ふむ、この香りは乾酪チーズかな」


 そう言って食べ始めるが、その所作がまたいちいち美しい。

 箸使いも違和感なく、というか明らかに伸夫より上手い。

 ただの冷凍カルボナーラが、高級レストランのメインディッシュみたいに口へ運ばれていく。

 思い返せば、薊は見てくれだけでなく、身のこなしも綺麗だった。

 だが、静かにもぐもぐ味わって、ぺかーっと笑顔になるのは可愛い。

 旺盛な食欲といい、どこか幼気いたいけな雰囲気もある薊だった。

 ぼんやり見とれていた伸夫は、慌ててナポリタンをすすり込み、タブレットに視線を戻す。


「うん、なかなか美味しいな! しかも、あれだけの手間で食べられるとは素晴らしい」

「そうかい」

「ふむ、ふむふむ。大凡調理法の見当も付いた。似たような物はすぐ作れると思う。今度食料を仕入れる時は、私も連れて行ってくれるか?」

「ああ、目立たなきゃな」

「ありがとう! ところで、君が食べているのは――」


 しかし、薊は本当にめげない。

 ついさっき大概な辱めを受けたばかりのはずだが、すでに忘れ去ったかのようだ。

 ちょっと、おバカな犬っぽい。

 乳袋を揺らしてかまってかまって攻撃を繰り出す褐色美犬に、伸夫はつれない言葉を返す。


「ちょっと黙れ」

「あ、済まぬ……」


 だが、別に薊が鬱陶しかったわけではない。

 山のようなダイレクトメッセージの中に、無視できないものを見付けたからだ。






――"ウチの魔族も見てくれ"






「当たり、か……?」


 しょんぼりとカルボナーラを食べていた薊が、上目遣いに伸夫を見上げる。


 メッセージには、写真が添付されていた。

 白い女だ。

 雪のように透き通る肌、青みがかった銀髪のショートカット。

 瞳の薄紅だけが、浮かび上がっているように感じる。

 なぜか執事服を着ているが、スレンダーな肢体とクールな雰囲気にはよく似合う。

 つんと澄ました表情を、スーパーモデル系の度外れた美貌に浮かべている。

 そこへ、伸夫がメッセージを読むのを待ち構えていたように、続きが送られてきた。


――"ウチの霞が、そっちは薊で間違いないかって言ってるけど、どう?"


「おい、『霞』って知ってるか」

「……カスミ? 霞か!? 知っているとも。使者に志願した仲間であり、親しい友だ」

「見ろ。こいつが霞で間違いないか?」


 箸を放り出してタブレットを受け取った薊は、画面を食い入るように見詰めた。

 そして、万感のこもった溜息をつく。


「我が友、霞だ。見紛いはしない」

「確認するぞ。霞とやらが従ってるヤツは、俺と同じ立場ってことだな?」

「そうなる。君と同じ、勇者候補だ」


 答えを聞くと、伸夫は寝っ転がってつぶやいた。


「……マジで釣れた」


 ひょっとして、もしかしたら。

 SNSで注目を集めれば、他の勇者候補が見つかるかも――

 そういう考えが、あるにはあった。

 あったのだが、いざ見つかってみると、ショックを受けてる自分がいる。


 信じてなかったわけじゃない。

 薊は嘘つきにもキチガイにも見えない。

 それでも現実感はなかった。

 しかし、もう一人いるとなると――


 マジでマジのやつだこれ。


「返せ」

「あ、ああ」


 名残惜しげな薊からタブレットを奪い取って、返信を打ち込む。


――"ウチの薊にも確認が取れた。明日会いたい"


 もうひとりの勇者候補は、凄まじい速さで答えた。


――"もち。悪いけど先に住所教えて。一応こっちは女なんでね"

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