第16話 お姉ちゃんは褒め上手

 郷子さんのお店に行ってから、はや2週間。

今日は母さんが帰ってくる日だ。今回の取材は長かった。3か月くらいかかったんじゃないかな。



 今日からしばらくは母さんが家にいる。といっても執筆とは取材から帰ってきて来てからが勝負なので、これから本格的に小説の推敲をするのだ。




 母さんは取材先である程度プロットを作ってくるので、締切日の1週間前にはだいたい原稿が出来上がっている。




 今回の締切日は8月末なので、母さんは少なくとも8月中は家にいてくれるだろう。9月からはまた取材に行ってしまうのかもしれないが。



 学校から帰ってきた僕は、母さんからのラインを見る。今日の9時ごろには家につくらしい。じゃあ今日は家族で食卓を囲むことはできないか。




 少し残念だが、仕方がない。




 いやむしろラッキーか?今日は栗が友達と遊びに行くと言っていた。夕飯を食べてくるかはまだ連絡がないが、栗が遊びに行くときは大体隣町までいって、ご飯も食べて帰ってくる。




 隣町はそこそこ大きい駅のため、駅前にボーリングやカラオケなど遊ぶところがたくさんある。

 なので栗やお姉ちゃんは遊びに行くならいつも隣町まで出ている。そして僕はいつも二人のお迎え役だ。何か買い物をしているときは、お迎え役兼荷物持ちにもなる。




 残念なことに僕は一緒に遊びに行く友達がいないので、栗やお姉ちゃんほど隣町に行く頻度は多くない。

 けれど、栗やお姉ちゃんの買い物にはよくついていかされるので、月に1回程度は行くのだが。



 

 お姉ちゃんは学校が隣町にあるので、そんなに遊びには行かないが。




 今日の夕飯は母さんの好物を作ることに決めている。母さんは海育ちなので海産物が好きだ。今は都会に住んでいるのであんまり海産物を食べる機会はない。




 取材先ではよく食べているらしいけど、今回は長野に取材に行っているのであんまり口にしていないだろう。




 昨日隣町で買い物をしてきた。お姉ちゃんと栗もついてきてくれた。隣町の大きなスーパーにはそこそこ海の幸が並んでいるからだ。




 僕たちは大きなエビを4尾買った。エビフライにするんだ。本当は昨日母さんが帰ってくる予定だったんだけど、電車の運休なんかがあったりして今日帰ってくる。



 新幹線の駅から家まではタクシーで帰ってくるので今日はお迎えはいらないだろう。

 



 エビの下処理をしているとお姉ちゃんが帰ってきた。



 午後6時、いつもの時間だ。お姉ちゃんは僕に近付いてきた。お姉ちゃんは構ってほしくなると自分からやってくる。栗の場合、僕から構ってやらないといけないので少しめんどくさい。




「近江、エビフライ作るの手伝おうか?」



「ありがとう、でも後は揚げるだけだし大丈夫だよ。母さんが9時ごろ帰ってくるのは知ってる?」



「うん、それと栗からラインがあったよ。栗も9時くらいには帰ってくるって。

ご飯食べて帰るってさ」




「OK分かったよ。それじゃあもう揚げちゃおうか。母さんと栗の分は冷蔵庫に入れておくよ」




「うん私もうおなかペコペコだよ」




「了解。じゃあお姉ちゃんはご飯炊いてくれるかな。ぼくはエビフライ揚げるからさ」




「はいよー。今日お母さん帰ってくるの楽しみだね」




「うんそうだね」




 母さんのいない日々はそれで悪くないんだけど、やっぱり家族がちゃんと家にいるのはうれしいな。




 今度はちゃんと4人で郷子さんのお店に行こう。ぼくはのんびりそんなことを考えていた。




 エビフライが揚がる。いい匂いだ。ちょうどご飯も炊きあがった。




「やっぱり近江の料理はおいしいね。世界一だよ」




「そんなことないよ。郷子さんのほうが何倍もおいしかったでしょ?」




「郷子さんの料理はもちろんおいしかったよ。オムライスもほんとにホテルで食べるみたいな味だったけど。けど何だか郷子さんの味って感じじゃなくなってた。プロの味ってみんなああなのかな」




 僕は少し驚いた。郷子さんのオムライスは手放しで称賛に値するものだった。でもお姉ちゃんの言うことも少し感じていたのだ。




 料理それ自体には、確かに郷子さんの味の面影は残っていた。でもやっぱりホテルの味になっていたんだ。比率でいえば1:9くらい。僕はそのことは純粋に郷子さんの料理の腕が洗練された結果で、あのかつて食べた郷子さんの味が薄れていたのは郷子さんの腕が上がったからなんだと思っていた。




 でもやっぱり郷子さんの味は失われていたんだ。僕は少し悲しくなったが、郷子さんが夢をかなえて新たなステップに上ったことはほんとにうれしいことなんだと無理に納得した。




「どうしたの近江?具合悪いの?」




 僕が難しい顔で悩んでいたのでお姉ちゃんが心配そうにこっちを見ていた。




「いや何でもないんだ。やっぱり郷子さんの料理が一番だよ。プロの味ってきっとなかなか出せるもんじゃないんだと思うよ」




「そうなんだ。近江がいうならそうなんだろうね。でも私の中では近江の料理がいちばんだよ」




「ありがとうお姉ちゃん」



 

 お姉ちゃんの称賛を受け止める。お姉ちゃんが会社の上司とかになったらその部下はやる気上がるだろうな。




 お姉ちゃんの称賛の言葉に僕はいつも励まされている。



 ありがとうお姉ちゃん。

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