第14話 蒼井家の子供たち(郷子さんの視点)

 蒼井先生のお宅での仕事が始まりました。

朝は7時に出勤してと言われたので、6時45分頃先生のお宅に伺いました。



 勝手に入っていいと言われていましたがそういうわけにもいきません。まだ蒼井家の人たちは寝てるかな、少し迷惑かな?とドキドキしつつインターフォンを押しました。



 家の中から人が出てくる気配がしました。出てきてくれたのは、あどけない可愛らしい男の子でした。娘と同じくらいの年齢に見えましたので、きっとこの子が近江くんなんでしょう。



「おはようございます。今日からここで働きます守山郷子です。お母さんから何か聞いていますか?」



「おはようございます、母さんから事情は聞いています。僕は蒼井近江です。郷子さんどうぞ上がってください」




 私は、「この子、ずいぶん大人びているわね。本当にうちの子と同い年かしら?」と思いました。



 近江くんの案内で蒼井家に入りました。事前に先生から伺っていましたが、近江くんから私の仕事内容について説明を受けました。



 私は蒼井先生が取材で留守の間、蒼井家に来て朝食と夕食を作ること、近江くんや先生のほかのお子さんが学校に行ってる間、部屋の掃除をし洗濯を済ませておくこと、食事に必要な食材の買い出しをすること、これらが私の仕事です。



「今言ったことが郷子さんにやっていただきたい仕事です。休憩とかは空いている時間に好きに取ってください。買い物で必要なお金は僕に言ってもらえたら、母さんに渡してもらいます。夕食は作り置きで構いません。5時になったら帰ってください。僕からは以上です、何か質問はありますか」



「あ、えっと近江くんでいいですか?」



「はい、あと敬語じゃなくていいです」



「えっとじゃあ近江くん、近江くんにはお姉ちゃんと妹さんがいたと聞いたんだけどまだ寝てるのかな?」



「お姉ちゃんは起きてます。でも恥ずかしがり屋だから出てきてないんです。妹は郷子さんが来る前に起こそうと思ってたんですが」



「あ、そうなの!ごめんね私早く来すぎちゃったかな?」



「いえそんなことないです。栗はいつも7時くらいに起きるので」



「栗ちゃんは妹さんの名前ね。お姉ちゃんはなんて名前なの?」



「愛日です。上から愛日、近江、栗です」



「愛日ちゃん、近江くん、栗ちゃんね。分かりました、今日からよろしくね」



「こちらこそよろしくお願いします」



 近江くんは大人びている反面、少し排他的な印象を受けました。平子先生が随分とフランクな方だったので少し面食らってしまいました。



 とはいえしっかりしなければいけません。相場よりもずっと高いお給料をもらって働くのです。普通の2倍、いえそれ以上の働きをしなければいけないのです。

蒼井家の子たちと仲良くなるのも仕事一つなのです。なかなか大変そうですが、娘のためにも頑張らなければ。



「いまお姉ちゃんを呼んできます。ついでに栗も起こしてきます。郷子さんは朝ご飯を作ってもらえますか?台所はこっちです」



 私は促されるまま台所に向かいました。台所は調味料が減っていたり、お鍋が出ていたりとところどころ使われている形跡がありました。きっと平子先生が帰ってきたときは先生がお料理なさっているのでしょう。



 私は冷蔵庫の中身を見てみました。ほとんど食材など入っていないだろうと思っていましたが、予想に反して食材は一通りありました。

 これならまともな朝食が作れそうです。けど夕食は買い物に行かなければなりませんが。



 私はとりあえずお米を研ぎ炊飯器に入れました。蒼井家が朝はパン派なのか聞きそびれましたが、私は朝は絶対お米派なのです。

 お米が炊けるまでの間におかずを作ります。卵があったので、卵を溶いて卵焼きを作ります。焦げないように慎重に火加減を調節し、卵焼きを2本作ります。3本焼こうかとも考えましたが、子供に朝から3本は多いでしょう。

 ソーセージがあったのでそれも焼いていきます。



 そうやって朝食を作っていると、近江くんが台所に入ってきました。近江くんより幾分背の高い女の子が一緒です。



「郷子さん、こちらがお姉ちゃんです。お姉ちゃん挨拶しようか」



「あの、は、初めまして。蒼井愛日です。9歳です」



「初めまして愛日ちゃん。守山郷子です。今日からここで働きます。よろしくね」



「う、うん。郷子さん」



 愛日ちゃんは近江くんとは正反対の印象を受けました。近江君が外見は幼いのにずいぶん大人びていたのに対し、愛日ちゃんは容姿はとても大人っぽくて中学生といわれてもおかしくない見た目ですが、年相応の幼さがありました。



 姉弟でも水分と違うだなんて思っていると、愛日ちゃんの後ろから小さな女の子が出てきました。きっとこの子が栗ちゃんでしょう。



「おはよう。栗ちゃんよね?私は守山郷子です。初めまして」



 近江くんと栗ちゃんは2歳年が離れているので、栗ちゃんは5歳のはずです。

私は近江くんや愛日ちゃんよりも、幾分砕けて挨拶しました。その方が警戒しないと思ったからです。



「おはようございます。蒼井栗です。今日からよろしくお願いします。ホームシッターさん」



 私はびくっとしました。栗ちゃんのその口調がとても冷たかったからです。近江くんの口調も少し冷たさを感じましたが、それとは比べ物にならない、圧倒的部外者に対する口調でした。



 栗ちゃんは背が低いけれど、切れ長のきれいな目で、愛日ちゃんと同じく5歳には見えないほど大人びた容姿です。



 なので愛日ちゃんと同じく、見た目は幼く見えないけれど年齢相応の話し方をするものだと思っていました。

 しかし、栗ちゃんは容姿にたがわず理知的な話し方でした。賢さと冷たさの共存した口調です。



 これが私と蒼井家の子供たちとの出会いでした。

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