定家物語

ポストーク

定家さだいえは屋敷から抜け出し、独り、

あぜ道を歩いていた。


「屋敷の人間はみな学がなく、

 つまらぬ者ばかりじゃ。」


袖から取り出した本を開く。


「あぁ、それに比べて、

 [柏木かしわぎ]は素晴らしい書物じゃのぉ。

 マロもむらさき殿と同じ時代に産まれたかったものじゃ。」


定家の元に服がボロボロの少年が駆け寄ってくる。


「あぁ、お偉い方、

 これ以上の徴税は勘弁していただけませんか。

 日照りで田は枯れ、魔物が暴れ、

 もはや米一粒も残っていないのです。」


「む、マロは税を取りに来たのではないぞ。

 ”言魂ことだまの術師”、藤原定家ふじわらのさだいえじゃ。」


定家は[柏木かしわぎ]のページをめくると、

右手を念仏の構えにした。


「何をなさるのですか?」


「まぁ、見とれ。

 <しるしあれ>!!」


定家が叫ぶと、辺りの田がみるみるうちに

潤って、豊かな土に変わった。


「あ、ありがとうございます…!

 何をなされたのですか!?」


「”言魂ことだま”の力を使ったのじゃ。

 良き書物には強い力が宿っておる。

 それをチョイと使っただけじゃよ。」


「おぉ…?ともかく、

 何をもってお返しすればよいのでしょう…!?」


「…その”お返し”じゃが…」


定家が距離をつめる。


「な、なんでしょう?」


「さっき言ってた、”魔物”とはなんじゃ?」


「実は私の家では、

 先祖より大切にしろと言われている

 本があるのですが…」


「なぬ!?本だと…」


食いつく定家。


「それがある日、恐ろしい魔物の姿となり、

 家に穴を開け、田を荒らし、

 山へと駆けていったのです。」


「おぉ!それはマコトか!?

 山というのはどの山だ!?」


定家が顔ぎりぎりまで踏み込んできた!


「あ、あちらになります!」


「案内しろ!名を何という!?」


定家が山へ向かって駆け出した!


吉兵衛きちべえです!お待ちください!

 定家どの!危険ですよぉ!」


吉兵衛が定家を追う。

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