気がつけば貴族!

キョウキョウ

第1話 目覚めて

 目を開けると、見覚えのない場所に横たわって居た。いつの間にベッドの上で寝ていたのかと、寝ぼけた頭で目は天井に向いたまま現状どうなっているか把握しようとする。だんだん意識がハッキリとしてきて、思考がクリアになっていく。


 思考が鮮明になった途端に危機感を覚える。急ぎ身体に力を入れて起き上がろうとした。だが身体が思うように動かない。今までに感じた事のない異常な状態だった。まるで病気を患った時のように肌の感覚が鈍り、身の丈ほどの荷物を背負わされた時のように身体が重くて動かない。関節の節々にも痛みを感じる。


 いつの間に俺は、こんな大怪我を負ったのか。


 ベッドの上で目だけをギョロギョロと動かして、周りを観察する。ふと斜め右下に視線を向けるとと、豚のように醜く太った腕が見えた。目線をあちこちに向けて観察を続ける。一体誰の腕だろうか。芋虫のように太った5本の指がある醜い腕。グッと握ったりパーと広げたりを繰り返す。否定したい事実がそこにあった。



 これは俺の手なのか、と。



 腕だけを上げたり下げたりして、その様子を他人事のように呆然と見つめていた。ハッと気づいて一気に警戒心を最大まで引き上げて、再度部屋を見渡す。意識を失う直前の出来事を必死に思い出そうとする。


 ……そうだ、俺は城下町の商店を回っている途中、露天商人の男と値引き交渉している時に突然後ろから何かの衝撃を受けて気を失ったようだ。


 本当に突然だったので誰からの攻撃なのか分からない。考えられる可能性としてはどこかの敵対している組織に捕まったのかと思った。だけど、部屋を見渡してみるとベッドが置かれた部屋に俺は丁寧に寝かされていた。


 部屋の内装や調度品を見ると、牢屋の中には見えないし服を着せられたまま身体も自由にされている。


 部屋の隅に全身を映せるような大きな鏡を見つけた俺は、今の自分の身体の状態をしっかりと目で見て確認をするために、ベッドから降りることにした。


「うぶうぅぅ」


 丸太のようにずんぐりと太った足を、なんとか苦労してベッドから下ろす。自分の身体なのに少しの動作をするだけで疲労するし、酷い声が漏れ出る。


 おもりを括りつけられたように重い腰を持ち上げて立ち上がったと同時に、部屋の扉が開かれた。俺は少しビックリしながら開かれた扉の先に目線をやると、そこにはやはり見覚えのないメイド服を着た女性が立っている。何故か彼女も俺を見るなり、驚愕の表情を浮かべながらこう言ってきた。


「ルーク様! 目を覚ましたのですね、今すぐ医者を呼んできますので絶対に安静にしていてください! すぐに戻ってきますから!」

「うぅ、ま、待ってくれ」


 俺が事情を聞こうと呼び止める前にもう、彼女は何処かへ走って行ってしまった。

重い腕を伸ばそうとしたが、片手が重すぎて少し上げるだけで肩が痛くなった。本当に酷い身体だ。


 ルークとは俺のことだろうか? それに俺に対して恭しく対応した彼女はメイド服を身に纏っていた。ということはココは貴族の屋敷なのだろうか?


 いろいろな疑問が頭に浮かんだが、それらの疑問は置いておく。まずは鏡で身体の状態を確認する事にした。


 ベッドから鏡の置かれた場所まで少しの距離を歩くだけで肺が悲鳴を上げていた。なんなんだこの酷い身体は。肩が自然と上下して、息が切れている。やっとの思いで鏡の前にたどり着くと、疲れで無意識に下がっていた目線を鏡を見るために無理やり上げる。そして俺は呆然としてしまった。



 鏡には、見たことのない肥太った醜い男が写っていた。



 頬に手を当てたり、つねったりしたが鈍い痛覚があり間違いなく俺の身体だった。いつの間に、こんな身体になってしまったのか。目も当てられないような状態だ。


 鏡を見た後、混乱しながら部屋の中を探索をして武器に出来そうな小さなナイフのようなモノを見つけたので懐に忍ばせる。そして、俺は目を覚ましたベッドの上へと戻り、先ほど部屋を尋ねたメイド服の女性の帰りを待つことにした。


 部屋の内装をじっくりと観察していると、部屋の外から何人かの足音が聞こえてきた。何やら話し合っているが、耳の感覚もオカシクなっていて上手く聞き取ることが出来ない。部屋の扉が開かれた。


 真っ白なドレスを身にまとった細身で長身の女性が、先ほど部屋に来たメイド服の女性と医師と思われる格好をした老人男の二人を連れ立って部屋に入ってきた。


「ルーク! 目を覚ましたのですね!」


 長身の女性は部屋に入るなり、大声で「ルーク」という男の名を呼んだ。ドレスの女性の目線は確実に俺へと向けられていたので、どうやら俺に向かって呼びかけたので間違いないようだ。


 しかし、俺の名前はルークなどではないし、返事をするべきか迷っていると彼女は素早く俺に歩み寄り、とうとう肩を掴んできた。


「ルーク、どうしたの? 何故返事をしてくれないのですか?」


 女性はおそらく高貴な生まれの人間なのだろう。気品が漂う美しい顔、見た目から威圧さえ感じさせる風格があって、短いながらも彼女の発した言葉使いも貴族らしさがあった。観察で得た情報から俺は、彼女が貴族の人間なのだろうと判断した。


 ならば、彼女の機嫌をできるだけ損ねないように謙った言い方で彼女に対応する事にしたほうがいいと考え、行動する。


「恐れながらお聞きしたいのですが、ルークとは私のことでしょうか?」


 俺がそういった瞬間、ドレスの女性の表情が凍った。


 表情を固まらせたドレスの女性に目を向けながら、今の状況を抜け出すための対処方法を必死で考えていた。しばらく無言の時間が過ぎ、ドレスの彼女は絞りだすように、かすれた声で聞いてきた。


「私の事は、覚えていないのですか……?」


 改めてドレスの女性の顔をくまなく見るが、記憶に無い女性だった。完全に見覚えがない。


「すみません、大変失礼なのですが見覚えが無いのです。良ければ、貴女のお名前をお聞かせ願えるでしょうか?」


 彼女に掴まれていた肩にキリキリと力が加わり俺の肩が悲鳴を上げる。痛みに耐えて答えを待っていると、ドレス姿の彼女はサッと肩から手を離してくれた。


「ごめんなさい、少し混乱していて。……私の名前はアメリア、あなたの母親よ。……覚えはない?」


 縋るような目をして聞かれたが、やはり覚えがない。……と言うか母?


 俺は天涯孤独で家族なんて存在は居なかったし、物心ついた頃からずっと父と母の記憶なんてなかった。


「申し訳ありません」


 俺が頭を下げて謝る言葉に、アメリアと名乗った女性は呻きを漏らす。


「あぁ、そんな! 神様……!」


 涙を流し始めた母親を名乗る女性の後ろで、メイド服の女性も嘆きなから神に祈りを捧げていた。


「お医者様、息子を、なんとか、回復させてください……」

「わかりました、診てみましょう」


 アメリアが後ろに振り向くと、医師の格好をした老人に指示を出して俺はその老人の診察を受けることになった。


 診察は質問から始まり、次に魔法を全身に掛けられ状態を調べられた。老人が手を止める。老人は側で不安そうに見ていたアメリアに診断結果を伝えた。


「奥様、申し訳ありません。今のところ記憶喪失という状態以外の異常を見出すことができません。魔法による何らかの影響だと考えますが、原因を特定することは出来ません。更に詳しく診察を行うか、治療を施すにしてもとにかく一度は旦那様に相談する必要があります」


 半刻程の時間、俺を診察していた医師はそう締めくくった。


 老人の診察を受けながら、俺は少しずつ状況を理解していった。どうやら、俺は“ルーク”と言う貴族の息子の身体に入っている状態らしい。奪った覚えは無いし、そんな方法も知らなかった。気がついたら、こうなっていた。


 元の身体の持ち主の精神はどうなったのか、なぜ俺が“ルーク”に乗り移る事になったのかは謎だが、今のブヨブヨに肥太った身体の状態では戦闘もままならず屋敷から逃げ出すための体力も持ちそうにない。だから大人しく診察で出された結果を否定せずに“記憶喪失状態である”という考えに乗ることにした。


「くっ、私のルークをなんて酷い目に……。アルバート家の者か、それともリオンヌ家の者か……しかし、何故今の時期なのよ……」


 診断結果を聞いたアメリアは、小声でぶつぶつと何やら言いながら考えを巡らせている。


 俺の状態解明にこれ以上は回復を望めないから、アメリアと老人医師は俺に安静にしているように言って部屋を出て行った。どうやら、父親の帰宅を待つようだった。


 部屋に残ったメイド服の女性はマレットと言うらしく甲斐甲斐しく俺の世話をしてくれた。頻繁に喉は乾いていないだろうか、お腹は空いてないか何度も尋ねてきて、更には下の世話を行おうとしてきた。下の世話を任せるなんて嫌すぎるから、それは遠慮して一人でどうにか処理した。


 彼女の行動を抑えながら、俺はこの先どうするべきなのかについて考えを巡らせていた。


 一番の問題は今の太った身体の状態だろう。少し動くのも贅肉が邪魔で体力もなく息が切れる。筋力もないこの身体では今いる場所から逃げ出すことも出来ない。


 考えに考え抜いて、先ずはこの身体の贅肉を落として動けるようにしなければならないと判断した。これからどうしようか、今後の予定と行動を考える。。

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