第17話「不法投棄」

 尿意のみならばもう少し無視することもできたが、さすがに両方となればそうもいかず、不承不承に身体を起こした。


 寝ぼけた頭で出すものを出しきり、丁寧に手を洗ってからリヴィングの壁かけ時計で時刻を確かめる。

 七時五分。集合は九時半なので、まだ少し眠る余裕があった。とはいえ、今日は起こしてくれる家族が誰もいないので――父は出張で大阪に行っており、母は昨日から高松の実家に帰省している――、二度寝は危険極まりない。子どものころから朝が弱く、今ではましになってはいるものの、日勤の時は両親のどちらかに起こしてもらうことが度々ある。仕方がないのでそのまま起床し、整容を始めた。


 洗面所のドライパレットには、今日も父のグッズが不法投棄されていた。

 ステンレスのコップと、その中の歯ブラシと歯みがき粉、プラスティックのケースに入った固形石鹸。もちろん彼に棄てたつもりなどなかろうが、これだけ頻繁にルールから外れた場所に放置していては棄てたも同然だ。

 本当にゴミ箱へ放るような豪胆ごうたんさを持ち合わせているはずもなく、おとなしく所定の場所に戻す。プロペラの『不法投棄』のイントロが脳裏をよぎった。


 プロアクティブの洗顔料で顔を洗い、歯を磨いて髪を整え、イソジンでうがいをし、着替えを済ませてリヴィングのソファーに腰かける。特にうがいは念入りに、普段の三倍ほどの回数を行った。

 睡眠不足のわりには、さほど眠気は感じなかった。何時間眠れたか定かではないが、アルバム二曲目の『sandalwood』までしかはっきりとした記憶がないということは、音楽をかけてからは意外にもすんなり入眠できたということだろうか。もっと早くそうすれば良かったのかと、思わず半笑いになる。


 体温計で熱を測ると、予測で三十七度五分と表示された。眠気が少ない代わりなのか、昨晩よりもいくらか怠さが増したような気がしていたが、この数値ならばそうだろうなと納得する。そのまま五分ほど脇に挟んで実測をすると、三十七度二分にまで下がっていた。この程度ならまだロキソニンの出番ではない。あまり上がり過ぎてからでは効き目が薄いため、予測値で七度七分か七度八分ぐらい出たら頃合いだろう。


 検温を終え、出かける前に荷物の確認をする。

 財布、スマートフォン、定期券、WALKMAN、扇子、体温計、ロキソニン、それに大量のポケットティッシュ。昨日よりもいくらかましになったとはいえ、未だに鼻汁が執拗しゅうねく生成されるので、持っていなければハンケチで拭うしかなくなってしまう。

 七時三十五分。ひとつ軽いため息をつき、マスクを付け、戸締まりを確認してから出発した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る