第9話 雨降って地は固まるがヤバイものが噴き出すこともある

 降りしきる黒雨。

 リズベット・ノーランの魔法機関。その力は黒い雨で全てを覆い隠すこと。

 例え魔導サイボーグのセンサー類ですら見通すことが出来ない秘雨のベールは夜会極まりない。

 リズベットからしたら俺は丸見えなのだろう。正確無比な斬撃が飛んでくる。

 俺はそれをうまく受けなければならなかった。魔導サイボーグの身体は硬く生半可な刃は通らない。

 だが、それに頼りすぎるのもマズイのだ。

 俺は世界で唯一の魔導サイボーグという存在なのだ。それが露呈した時、どうなるかわかったものではない。

 戦争の火種になるか、あるいは国から狙われるか。

 後者の方が一番可能性が高い。

 なにせ、辺境にまで来た理由が、ほとぼりが冷めるまでフォルモント王国の中央から俺という存在を隠すためだからだ。

 だから魔導サイボーグだと極力ばれないでいたい。

「――ッ!!」

 気が付いたら眼前に迫っていた刃をかろうじて避ける。

 飛ぶ毛先の一つ二つ。

 続く連撃をバク転で躱しつつ蹴りを放つが、躱される。素早い。

「あぶねえ」

「本当に反応も良いのです。優秀なハンターになれそうなのです」

「だったら殺すのやめてくれないかな」

「それとこれとは話が別なのです」

「別に俺はアリシアとは何もないぞ」

「それでも一緒に住んでいるのです」

「それは不可抗力というものと流れでな――うぉ」

 翻った剣閃を蹴りで受けとめて、身体のバネを利用して回し蹴る。

「ッ――」

 予想以上の力に驚いたリズベットだが、短剣を弾かれるような愚は犯さなかった。即座に俺の力に乗るように体を流した。

 そのまま彼女は回転の勢いを攻撃に転じさせてくる。流れるような連撃。刃で受けることは出来ない。

 魔法機関で作られた武装はただの木剣よりもはるかに強いのだ。

 受けるならば刃ではなく、鍔と柄。

 魔導サイボーグとしての正確さを使い、俺は木剣を振るう。まさしく機械のような正確さで鍔、あるいは柄へと打ち付けかち上げる。

 開いた道へと続けざまに後ろ回し蹴りを放った。

「ガフッ――」

 黒雨の中へ消えるリズベットの体。手ごたえが薄い。打撃の瞬間、かろうじて背後に自分から飛んだか。

 威力を殺された。しかし、それでも魔導サイボーグの力は通常の人間よりも強い。痛痒を与えてはいるはず。

 しかし、これで戦闘不能になるのは期待できない。

 そもそも――。

「どうやってこの決闘を終わらせたらいいんだ」

 あまり女の子は殴りたくないというか、あのロリへの執念を見るとかなりボコボコにしないと止まらないのでは疑惑がある。

 気絶させるのが早いだろうが、相手もかなりの実力者だ。まず戦闘経験が違い過ぎる。

 生きている人間との戦闘は三回目になるが、ゴーレムと違って考慮すべき要素が多すぎる。

 いくつもの予測があるが、最適なそれを選ぶことが俺には出来ない。宝の持ち腐れすぎるが、異世界にきてまだ一月と数日だ。

 まだまだこれからだろう。

「だから、ここでつまずいている暇はない」

 いつだって先を歩くものはいる。そいつに追いつこうとやってきただろ。

 幼馴染の遠い背を思い出しながら木剣を握る手に力を込める。

 そして、目を閉じた。

 視覚、聴覚などの情報を意図的にシャットアウトする。既存の感覚ではこの雨の中で彼女を見つけるのは不可能だ。

 ならばもっと別の感覚を使う。第六感。直感というやつだ。

 俺が持っている手札は多くない。特に魔導サイボーグというカードを抜いたら二枚だけだ。

 そして、一枚の札はこの場では使えない。

 ならば最後の一枚。

「ふぅ――」

 この異世界に来て手に入れたらしい力。常時発動しているらしい受容の特質。

 そうだと受け入れれば世界は事もなく、そういうものであるという風になるらしいのだ。

 決して万能ではないが、この世界では俺以外にもこういう直感の鋭さはあるのだ。だから問題なく、今回のケースでは使える。

 俺は直感で行けると受け入れた。第六感、直感。そんなものは眉唾で頼れるものではない。

 だが、今は、頼れるものであると受け入れる。直感は正確だと信じ受け入れる。

 良く漫画の主人公たちがやる手だ。俺にも出来ると受け入れてしまえば世界はそういう風に見てくれる。

「――――」

 真っ黒な世界。そこに光が見えた気がした。

 木剣を振るう。

「ガッ――」

 飛び掛かってきたリズベットの横腹に木剣が入る。

 クリーンヒット。

「まだ!」

 追撃だ。

 そのまま逃がさない。

 逆手に持ち直した木剣を吹き飛ぶ彼女へと踏み込み、たたきつける。

「がっ――」

 衝撃で地面をバウンドし転がるリズベット。

 雨は次第にあがっていき、晴れた空が戻ってくる。戻ってくるが俺たちの身体は濡れたままだった。

 風邪をひくことはないが不快感はある。

「勝者、テツヤ!」

 ギルドマスターの宣言に野次馬たちが沸き立つ。

「何があったのかわからねえけど、変態姉ちゃんに勝つのはすげえな!」

「ほんと何があったのかわからねえけど、大した奴だ。やるじゃねえのかよそ者ー!」

「ほんと何があったかわからないけど、いい男ね」

「ほんと何があったかわからねえが、俺はお前を認めないからな!」

 三者三様の言葉が投げかけられ呵々と大笑いが響き渡る。

「ガハハハ、いい試合だったぞ。なにがあったかはわからなんがな!」

「全員なにが起きたのかわかってねえじゃねえか」

「だが、最後に立っていたのはお前だった。それで十分だろうが。これから頼むぜ、ルーキー」

「はぁ……まあ、これからよろしくお願いしますギルドマスター」

「お、丁寧だなガッハッハッハ、良いぞ。うちにはいない真面目な奴だ。これから楽しくなりそうだぜ。戦ったお前もそうおもうだろ」

 ギルドマスターがそう言えばリズベットが丁度起きだしてきたときだった。

 手加減したとはいえ、結構がつんとやってしまったので大丈夫かと心配であったが杞憂だったようだ。

 スキャンしているとはいえども実際どうかを見ないことには安心できないのは良いことなのか悪いことなのか。

『良いことかと思います。テクノロジーに頼り過ぎないという点では美徳でしょう』

 ――それなら良いけど。で、どうだった、戦闘。

『ギリギリ及第点です』

 ――厳しいな。

『もちろんです。私はマスターを甘やかす気はございませんので。甘えたければアリシアにでも甘えていればいいと思います。あちらはマスターに厳しいことは言えないでしょうから』

 ――そこでもバランスとるのかよ。

『互いにマスターを甘やかせては良い子に育ちませんから』

 ――母親かよ。

 ともあれ決闘は俺の勝利だ。これでリズベットが納得してくれるといいのだが、これで納得されなくて粘着とかされても困る。

「負けたのです。それほどまでにロリを愛しているとは流石なのです」

「あ、これ変な方向にいったな?」

「私は気が付いたのです。あなたもロリコンなのですね。それならば納得の強さなのです。それなら早く言ってくださいなのです。同志、ロリは最高ですよね?」

 いや違う。

 なぜ彼女がそう思うに至ったのかよくわからない。頭でも打ったのだろうか。あまり頭には攻撃がいかないようにしたのだが。

「今度穴場を教えてやるのです。良いロリが見れる公園があるのです。しかも我々が隠れられる場所もあるのです」

「何で捕まらないの?」

「辺境人はほしいものを貪欲に求めるのさ! よそ者だが、その熱意は俺ら辺境人にも劣らないからな!」

 だから捕まらないと。

「いや、警察は仕事しろよ!?」

「警察に捕まるならそこまでの思いしかなかったってことだ! 捕まえられないなら警察もそこまでってことだ!」

「なにそれ怖い。なんで秩序たもててんの?」

「辺境人は無意味に戦わんからな! 戦う時は魔獣、伴侶を侮辱された時、酒飲んだ時くらいだからな!」

「結構な割合で戦ってる気がするぞ……」

「戦いは日常だからな!」

 辺境怖い。ここに来たのは間違いなのではないだろうか。

『しかし、ほとぼりが冷めるまではここにいるのが安全です。見ての通り、一度受け入れれば彼らは仲間には寛容です』

「寛容すぎて変態が野放しなのは良いのか……?」

「そういうわけなので、一緒にアリシアちゃんをシェアするのです」

「何がそういうわけなのかまったくわからん。おい、アリシア、こいつなんとかしてくれ」

「付きまとわないで変態」

「あふぅ……ロリの罵倒……最高なのです」

「ねえ、もしかして、こいつヤバくない……?」

 もしかしなくてもとてつもなくヤバイ相手だ。

「いやぁ、リズベットの嬢ちゃんの押し付け先が出来て良かったぜぇ。これで街の子供たちも平和に過ごせるだろ」

「なら、その分の報酬はもらえるんでしょうね」

「良いだろう。こんなものでどうだ」

「もう一声。街の平和に貢献しているでしょ? もしかしたら私が襲われるかもしれないし、そのための保険分ものせてもらえるかしら」

「チッ、しっかりしてやがる。テツヤ、テメェいい嫁さんもらってんな。辺境にぴったりのつええ良い女だ!!」

「いや嫁じゃないから」

「ガハハ、照れるな照れるな!」

「…………」

「いや、アリシアはなんで照れてるんだよ」

「なんでもない!」

 しかし、辺境の人間は話を聞かないのがデフォなのだろうか。

 俺はこれからのことに頭が痛くなって溜息を吐いた。ただ、この街に馴染む切っ掛けになったのなら良いのかもしれない。

「さあ、アリシアちゃーん! 私と一緒に遊ぶのです!」

「いや、離せ。くんなぁ! 哲也、助けて!」

「ガンバッテクレ」

 そう思っていなければやってけそうにない。


 ●


 さて、登録は終わったのでこれから大まかな説明を受けるところだ。

 俺はリズベットがいない受付に向かった。変態を目の前にしたくはないというか、アリシアが拒否したからだ。

 俺としても話が進まなそうな気がするので願ったりかなったりだ。

「――では、ハンターギルドについて説明をするのです」

「俺は別の受付を選んだはずなのになんでお前がいるんだ」

「アリシアちゃんがいる先に、私はいるのです」

『どうやらここの受付にいた男の股間を潰そうと脅してやってきたようですね』

 顔が引きつるのを停められない。魔導サイボーグでも表情筋が引きつるようだ。

「はぁ、もういいや面倒くせぇ、きちんと説明してくれよ」

「もちろんなのです、同志」

「同志じゃない」

「では、説明をするのです」

 通された応接室で俺たちはリズベットからハンターギルドの説明を受ける。

 ハンターギルド。

 文字通り魔獣を狩るハンターたちの寄り合い所で国家と白聖教が後ろ盾になっている組織だ。

 魔獣被害は国を揺るがす問題だ。ハンターの存在は国としては大きい。

 しかし、その特性上荒くれ者が多いのが難点だ。放置しておけば様々な問題が噴出するのは目に見えている。

 ならば最初から管理してしまえばいい。己が管理できる中ならば問題解決も容易。何より問題が起きた存在を国家の権限で追放も出来る。

 そういうわけで国と白聖教が後ろ盾になり、ハンターに信用を与えることにした。こうしてただの無頼漢であったハンターたちは国に認められるようになった。

 審査で最初からヤベーやつを弾けば問題も起きにくいということだ。

「何か質問はあるです?」

「今のところは特にはない」

「ではこれが認識票ハンターライセンスなのです」

 俺たちの名前や登録時に書いた情報が記載された無色透明のドッグタグのようなものを渡される。

「何かあった時の身元照会用にも使われるので無くさないようにするのです」

「これ水晶?」

「そうです、よくわかりましたなのですアリシアちゃん」

「これランクが上がれば別のになるのか?」

「もちろんなのです」

 やはりハンターギルドにもランクはあるらしい。まさしくファンタジーで俺は興奮している。

 リズベット曰く、ランクは六位まであり。

 第一位金剛ダイヤモンド

 第二位蒼玉サファイア

 第三位紅玉ルビー

 第四位黄玉トパーズ

 第五位翠玉エメラルド

 第六位水晶クリスタル

 となっている。

 宝石そのものを魔法固定しているらしいので、非常に丈夫とのことだ。

「これ本物の宝石なのか?」

「はい、そうなのです。そういうものを渡されるくらいには信用があり、重要な職業ということなのですよ」

「魔獣被害って多いものね」

「まさしく天災と同じなのです。そんなものと戦うハンターたちを我々は誇りに思うのです」

 そういうことを言うと本当にリズベットが優秀なギルド職員のように見える。

 中身がまともならば俺だって率先して付き合っていきたいくらいには彼女の手際は良いのだ。

「ランクをあげるには貢献が必要になるのです。どれほど強く魔獣を倒せると言っても、みな最初は第六位から。そこで依頼を達成していくことで貢献度がたまりランクを上げる審査を受けられるのです」

「審査を受けられるかは誰が判断するのかしら」

「我々ギルド職員とギルドマスターが判断するのです。人格や貢献を鑑みて、問題がなければ昇格、問題があれば追放か降格なのです」

 でもリズベットみたいなのがいるし、などとは言わないでおいた。藪をつついて蛇を出すこともない。

「以上なのです。何か質問はあるです?」

 俺はアリシアを見る。アリシアも俺を見て首を横に振った。

「ない」

「では、これで登録は終了なのです。末長い活躍を祈っているのです」

 あっさりと俺たちはハンターになった。

 もっと試験などあるかと思っていたが、決闘を除けば書類に必要事項を記載して説明を受けただけだ。

 実感というのはなんだか薄いと思ったが、胸にぶら下がっている水晶の輝きは確かだ。

「さて、どうするか」

「まずは色々依頼を受けてみましょう」

「そうだな」

 これから何をするにもまずは先立つものが必要になる。

 俺たちは依頼板ボードへと向かう。

 俺たちを注目する視線はない。決闘での騒ぎでの注目はあるが、最初のようなものはもうない。

 今はただの水晶ランクのハンターだ。どこにでもいる最低ランクでしかない。

 これから注目されるか、話題になるか、消えていくかはすべて俺次第。

 熊谷やクラスメートを探すのが優先だが、どうせなら一番上に立ってみたいと思うものだった。

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