第4話

 「エイジじゃねぇか。てめぇも野次馬か? 歩きで」

 「ええ、いや、違います」

 「……寺西……センパイ……」

 「聞いてンじゃん。答えろよ。見に行ってきたのかよ? 」

 「何を? です?」

 「ざけんてのかよ! てめぇ。インセキだ! インセキ!」

 寺西はエイジの頭を叩いた。

 「隕石? 落ちたんですか? どこにです?」

 「っとに知らねぇのかよ。メンドクセーな。ソスイだ。ソスイ公園」

 「それで、あのパトカー……」パトカーが急いでいた理由が分かった。

 「ああ。 パトカーと消防車だらけだ。立入禁止だし、くれーし、何も分かんねーし。ガス代損したわ」

 「はぁ……」

 「そうだ。お前金出せよ」

 「何で……です?」

 「インセキの事教えてやっただろ。だからガス代出せよ」

 目茶苦茶な理屈にエイジは思わず笑いだしてしまった。

 寺西の方は笑っていなかった。

 「持ってません。ホントです」

 「じゃ、その服の下のモン出せ。サイフならコロスぞ」

 寺西は腕を振り上げる。

 エイジは思わず顔を庇った。

 中学の時に嫌という程味わったパターンたった。顔を庇ったから腹か肩にパンチを入れられる。

 はずだった……。

 だが、何も起きない。

 「サバトラか」寺西が言った。

 何だ? サバ? エイジは目を開けた。

 目の前に寺西の顔があった。

 寺西の目はエイジの顔を見ていない。顔より下を見ていた。襟元から仔猫が顔を出していることに気づいた。

 寺西は瞬きもせず仔猫を見ている。不気味と言えば不気味である。寺西がネコ好きだったとは聞いたことが無かった。寺西はエイジが中学の頃学校で一、二を争う不良だった。生徒はおろか先生にまで暴力を振るい警察沙汰になったもあった。付いたあだ名は『狂犬』。当時から身長は高く、頭は悪かったが顔は良かった。押しが強く教育実習で来る女子大生には必ずつきまとっており、ついにはAET(Assistant English Teacher)で来たカナダ人と初体験を済ませたとエイジによく自慢していた。

 その狂犬がネコ好きとは笑える。

 「おまえ、今、何やってんの?」寺西の言葉にエイジはイヤな予感がした。

 「……大検取るため勉強してます」

 「タイケン? 何ソレ? 」

 「まぁ……高校卒業の資格です」

 「ハァ? 何でそんな資格がいンんだよ」

 「高校……行ってないんで」

 「ハァ?、バッカじゃねぇ。高校ぐらい行けよ。バーカ」

 やっぱりこのパターンだ。エイジはうんざりして「はぁ……」と吐き捨てた。

 「はぁ?? はぁって何?! 」寺西はエイジのほんのちょっぴりの反抗心も見逃さない。そっちの流れか……。エイジはさらにうんざりした。

 「やっぱ、てめぇはシメとくわ」寺西のパンチがエイジの頬に命中した。

 「痛い? ハハハ! 」全然痛くなかった。だが後で腫れて死ぬほど痛くなるのも知っている。

 寺西は「じゃあな」と言うとバイクを発進させた。テールランプが遠ざかっていく。寺西は中学の頃、自分の自転車を『スタオリン号』と呼んでいた。あのバイクも『スタリオン号』というのだろうかとエイジは思った。そしてスタリオンとは種馬の事だと寺西は知っているのだろうか?

 エイジは遠ざかるテールランプに「事故れ」と呪いの言葉を掛けた。


 水田の真ん中に四階建てのアパート風の建物があった。街灯の光が水田に張られた水に落ちてはね返り、アパート全体がまるで水に浮かんでいるようにも見えた。

 エイジは駐車場の赤いミラターボを一瞥してから階段を登り、三階の自分の家のドアを開けた。

 お尻があった。

 狭い玄関には赤色のワンピースを身に付けた若い女がエイジに背中を向けて屈んでいた。エイジの姉のカオリだ。年はエイジより三つ上なだけだか、昔からやけに大人びており実年齢より上に見られることが多い。


★ネコを隠す動作


 「ただいま」エイジはカオリのお尻に向かって言った。

 カオリは立ち上がるとこちらを振り返った。「わっ! びっりくした。また徘徊? そうだ。警察いなかった? 帰りにパトカーいっぱいいたのよ」

 「いた。職質受けた」

 「あんたそのパジャマみたいな格好でしょ? どう見ても不審者なんだから自覚しないと。えっ? その顔……どうしたの? まさかポリに?」数秒で『警察』が『ポリ』に変わっていた。カオリはいわゆるヤンキーで高校の頃はよく『ポリ』のお世話になっていた。

 「まさか、ドブで転んだんだよ」

 「ええー! 汚なー。 早くお風呂入っちゃってよ」カオリは靴箱の上にあったハンドバックと車のキーを手に取った。キーにはフサフサの毛玉がついている。

 「またお店?」

 「うん、ヒマだからさっき一旦帰ってきたんだけどね。急に団体さん来たらしくて。もどんなきゃなの」

 「行く必要あんの? それ」

 「いかなきゃだわ。今のお店には私みたいなの少ないから」

 「そりゃ、姉さんみたいなドMは稀少っしょ」

 「ドMちゃうわ。 セクハラみたいなのはコミコミなのよ」カオリは胸を張って笑った。八重歯と若干つり目気味ではあるが、十分世間一般では美人の類に入るのだろうとエイジは思った。エイジが中学生の頃は同級生がカオリ目当てでエイジの家に来たがった。寺西も一時期カオリにご執心で、紹介しろと強要され、断ったために歯を折れられたのは今思い出しても腹が立つ。

 「ふーん。団体の客って……中国人?」エイジは靴を脱ぎながら言った。

 「多分ね。あっそうだ、冷蔵庫に松阪牛となめらかプリンあるけど、どっちも食べちゃだめ。ぜーーーーったい!」

 「オッケ」エイジは親指を立てた。

 「食べたらコロスよ」カオリはそう言うと出て行った。

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