第2話

 ルガーは目が合ったと確信した。

 リモがノンブレを連れて屋根の上に消えたせいで、ルガーは手持ち無沙汰になっていた。それもあってドラゴンの顔を眺めたのだった。

 いつものようにドラゴンの目が開いていた。ドラゴンはルガーを刺すように見つめている。ルガーの腹がざわついた。やがて、ドラゴンはゆっくりと口が開いたり、閉じたりを繰り返した。ルガーはただ呆然とそれを眺めていた。口が開くたびに喉から炎が噴き出して口内を紅く照らすのが見えた。

 何度目かの口の開閉の後、ドラゴンの口が光った。その光はやがて、ルガーの視界全てを包んだ。

 ドーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 轟音が随分後から聞こえたようにルガーには思えた。

 ルガーは吹き飛んで壁に叩きつけられた。その衝撃に壁の方が耐え切れず、壁に大きな穴が開く。ルガーは入口を入ってすぐの通路まで吹き飛ばされた。ルガーは生身の方の掌を見る。直火でこんがり焼かれたように茶色く変色していた。我ながら肉が焼けると香ばしい匂いがするもんだなと思って、ルガーは少し笑った。やがて正気に戻って、「リモ!」と小さく叫ぶと壁の穴に向かって走り出した。



 リモはノンブレと屋根の上にいた。閃光弾の炸裂の後、急に屋根全体が高速で移動し始めたようにリモには思えた。すごい勢いで眼前の岩肌が流れていく。足元の屋根がびりびり震えて立って居られなくなってきた。膝を折って屋根に手を着いた。

 「何が起きてるんです?私達はどこかへ吹き飛ばされてるんでしょうか!?」ノンブレがリモと同じ疑問を大声で叫んだ。

 (エルフガルドは新型爆弾でも持ち込んでいませんか?)

 「いや!そんなものは持ってきてません!!」

 (しかし、この大爆発、説明がつかない。こんな衝撃を与えてはドラゴンが目覚めてしまう。誰の仕業だ)言いながらリモはハッとした。

 眼前の岩肌の流れが止まっていた。それにこれは岩肌では無い事にリモは気付いた。

 (誰の仕業でもない……ドラゴン……)

 リモが呟くと同時に岩肌がこちらを向いた。足元の屋根は動いてはいなかった。ドラゴンが屋根に開いた大穴から、その岩肌のような巨体を現したせいで、屋根の方が移動しているものと錯覚したのだった。

 リモはドラゴンと目が合ったように思えた。

 (まずい!間に合うか?)

 リモは背中に背負った樽を取り出す。

 (ノンブレさん!僕に抱き付いて!)

 ノンブレは動かない。ドラゴンに怯えて体が動かないようだった。

 リモは樽の栓を抜くと中の水を頭から被った。そしてノンブレを全身で庇うと呪文を詠唱した。

 (アグア・ソルベッテ!)

 リモの体を覆う水が一瞬で硬化して氷に変わる。そして周りを光が包み込んだ。



 ルガーが中に入ると動く者は一人もいなかった。エルフガルドの兵士達は炭化して真っ黒になっており、先端を触るとポロリと崩れた。

 天井から強烈な光が、屋根の大穴から差し込むと薄暗い広場の中を昼間のように照らした。四万人分の座席のあちこちで兵士達の炭化した人影が真っ黒に浮かび上がった。

 キーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 耳をつんざくような轟音が響いた。音が聞こえなくなる前には強烈な光は消えていた。ルガーはドランゴンが飛び去った事を理解した。

 屋根の大穴を見上げると、キラリと光るものが落下して来るところだった。

 「リモ!!」

 屋根から広場に落ちているのはノンブレを抱えたリモだった。全身が氷で包まれており石像のように固まっている。

 ルガーは座席を蹴りながらリモの落下地点に急ぐ。途中、炭化した兵士を何体か蹴り上げて粉々にした。何とか落下地点に間に合うと、立ち止まって上を見上げる。

 グシャリ。

 嫌な音がした。ルガーの意識が途切れる寸前にゴロリとリモの氷の像が床に転がるのが見えた。

 「良かった。無事みてぇ……だ」



 「師団長、マレク人は二人とも死んでます」

 「ノンブレはどうだ?」

 「中尉は大丈夫です!酷い火傷ですが息があります! 奇跡です!」

 「ふん、しぶとい野郎だ。まぁいい、衛生兵を呼べ。この火傷では回復魔法が必要だろう」

 「はっ!……でこのマレク人の方はどうします?」

 「どうしますって、こいつらを助けてやる必要は無いだろう。それにこの男の方は全身火傷の上、頭も手足もひしゃげてる。助かるはずなかろう。放っておけ」

 「女の方はどうします?」

 「だからマレク人等放っておけ!しかも何でこいつだけ氷漬けなんだ?全員消し炭みたいになってるのに、全く訳が分からん!」

 「はっ!了解しました。衛生兵!!こっちだノンブレ中尉に回復魔法だ!」

 「おいおい。ノンブレは死なない程度に回復させれば良い。命を取り留めたらすぐに首都プエデに送り返せ。それよりドラゴンが目覚めて飛び去ったんだ。そこらじゅうを砲撃できる。大砲が必要だ!ルートを発見するんだ!急げ!!ぐずぐずしてるんじゃない!十字勲章モノの功績を逃すわ!」



 ルガーは目を開いた。辺りは真っ暗で、しんと静まり返っていた。夜だった。

 ルガーは起き上がると、腰の革袋からちびた蝋燭を取り出す。鋼鉄の義手の指を何度かスナップして火花で蝋燭に火を点ける。凍ったリモが離れた位置に転がっているのが見えた。近寄るとあちこち氷の角が欠けていた。エルフガルドの兵士達に悪戯でもされたのだろうか。だがリモの体はしっかりと氷の中に守られており傷一つ無い。

 ルガーは最上段の座席まで歩いて登ると、エルフガルドとの戦闘前に降ろした荷物を取って再びリモの所に戻った。

 ルガーは荷物から固形燃料とフライパンを取り出す。固形燃料に火を点けると、フライパンでヒヨコ豆とサラミのスライスを煮始めた。固形燃料の小さな炎がルガーの体を照らす。体に火傷の跡は無く、潰れた手足も驚異的な速さで回復している。ルガーは固形燃料の青い炎を見つめた。

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