いびつゆり~歪な百合はお好きですか?~

巡 和樹

悪いひと



私は歩いていた。あの人に会いたくて。


ようやく職員室が見えてきた。テストが終わったばかりなので、いつもより人が少ない。


あの人がいた。


...また松永と話してる。やっぱり好きなのかな?松永のこと。

付き合ってるって本当なのかな?

イライラするな。嫌だな。怖いな。


駄目だってわかってる。よくないってわかってるんだけど。やめられない。


だってあなたのせいじゃない?違うの?



「はっ...はぁ....深谷せんせえ....」


私の好きな人は、私の先生です。


「...ごめんなさい、松永先生。また後で。」


こっちに先生が来る。今日も素敵だな。


「田部さん、少し話そうか?」

「ごめんなさい...お願いします....。」


私は悪い子だ。神様がいるのなら、天国があるのなら、


私は怒られてしまうかもしれない、私はそこに行けないかもしれない。



深谷先生は3年間、私の担任の先生だ。


2年生の秋、私が精神的に不安定だった時に声をかけてくれた。


誰一人、私の味方がいなかった時、本当に支えになってくれた。


安心は憧れになって、憧れは愛情になった。


先生のことが大好きになってしまったのだ。


でも先生は先生だから、私が女の子だから、私が生徒だから、...松永が好きだから...?


私のことを好きになってくれないと思う。

でもどうしても一緒にいたい。


だから、私は、わざと"不安定"なフリをするようになってしまった。


一緒にいてくれるのが、他愛ない話をしてくれるのが、こんなに楽しいなんて思わなかった。

あの人がこんなに魅力的なのがいけないんだ。癖になってしまった。あの人の心配してくれるのが。


方法がわからないんだ。構ってよ。ねえ。



「....どう?少し落ち着いたかな?。最近はちゃんと眠れてるのかな?」

「ちょっと眠れない日もあります...。」


あなたのことを考えると切なくて眠れない、なんて、言えないよね。


「病院は行ってる?...よね。本当に、いつでも話聞くからさ。またお話ししよ。」


先生の笑顔が眩しい。この顔を見るたびに、胸がキュっと締め付けられる。きっと罪悪感と幸福感の二つだろう。


「本当にありがとうございます....。あ、あの、せんせえは...」


思い切って聞いてみることにした。こういう時の私は本当に卑しいと思う。


「今好きな人とかいますかぁ...?」


「ええ〜!、田部さんにも気になる人ができたの?」

「...は、はい。そんなところです...。だから、その、せんせえはどうなのかなあって...。」


先生の表情が少し赤くなる。

私は見逃さなかった。先生はすこし廊下の方を見た。



松永がいた。



「そうねえ。ほら、私もそろそろ考えるところはあるのよ。ただ、今はこの67期生のことに頑張りたいからさ。だから、田部さんが卒業するくらいには良い知らせが出せるかも...ここだけの話ね!」



私は67期生の、今は三年生。



先生...誰かの女の人になるのかな。



嫌だなあ.....嫌だな。嫌だな、嫌だなぁ。嫌だ。嫌々嫌。嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌いやいやいやいやいやいや......。



気がついたら一目散に駆け出していた。もう駄目だ。


行動しなきゃ。ごめんなさい、先生。


でもね、もう限界。



「ちょっと!田部さん?!」




先生からきた沢山の電話も全部無視した。






私は





ラブレターを書いた。




「先生のことが大好きです。私と付き合ってくれなかったら、私は死にます。」



ねえ、せんせえ、私、悪いひとだね。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~~~~~~~~~~~~~~~~~



こんなに上手くいくなんて思わなかった。



私はなんて罪深い女なんだろう。



受け持った初めてのクラス。頑張ろうと思った私は生徒一人一人の表情を眺めていた。


そこに彼女はいた。


田部冷夏。心臓が止まるかと思った。


良い大人にもなって、私は、一回り以上年下の、しかも女の子に、一目惚れしたのだ。



どうにかして、手に入れたい。


もちろん、今すぐどうこうなんて思っていない。


じっくりと確実に手に入れたい。



....すぐにチャンスはやってきた。



神さまが私に味方をしてくれたのかな。



彼女は精神的に不安定だった。そんな彼女の心に付け入るのはいとも容易いことだった。


「田部さん、調子どう?よかったら少しお話しない?」



彼女には友達がいなかった。家族の中でも、優秀な弟と比べられ孤立してしまっていたようだ。

心安らぐ場所もなかった。


こんなに、人の心を手に入れるのに簡単なことがあるのだろうか。



"一応"病院も薦めた。そこの治療もあって、彼女のメンタル面での回復もよくわかるようになった。友達もできたみたいだし、家族の中でも一応居場所があるみたいだ。



しかし、私の仕込んだ"蜜"、いや、"毒"は確実に彼女を蝕んでくれていたようだ。


同僚の松永先生は、彼女に嫉妬してもらうためのダミー。嫉妬は恋を燃え上がらせるっていうでしょう?


ほら、彼女は松永先生に嫉妬の炎を燃やしてる。あの子のことなら表情でなんでもわかるの。


だって私、あの子のことが狂おしいほど好きだから。



彼女がこっちに来る。お楽しみの時間だ。






最近は私に夢中みたい。用もないのにあたかも"不安定を装って"私とコンタクトを取ろうとする。



ああ、なんて、頭の足りない子なんだろう。優しい大人にほいほい騙されて。

ああ、なんて、私は悪い人なんだろう。

自分より年下の子を騙すなんて。


私は罪悪感と幸福感で、不器用な笑顔を見せてしまう。彼女はこの顔を気に入ってくれてるみたいだけど。



「本当にありがとうございます....。あ、あの、せんせえは今好きな人とかいますかぁ...?」

「ええ〜!、田部さんにも気になる人ができたの?」

「...は、はい。そんなところです...。だから、その、せんせえはどうなのかなあって...。」


言うまでもないが、彼女は私が好きなのだ。




そろそろかな。彼女と関係を持つための口実を、彼女から、出してもらおう。


ああ、ついに、私は彼女を手に入れることができるのかもしれない。そう思うと、体が火照っていくのがわかる。私は単純な女なんだな。


廊下の方をちらりと見る。松永先生がいる。


松永先生、ごめんね、あなたのことはこれっぽっちも好きじゃないの。優しくするのも今日で終わりね。



「そうねえ。ほら、私もそろそろ考えるところはあるのよ。ただ、今はこの67期生のことに頑張りたいからさ。だから、田部さんが卒業するくらいには良い知らせが出せるかも...ここだけの話ね!」


私の言葉を聞いた途端、彼女はどこかへ走って行ってしまった。


彼女は臆病だが頑固な子だ。死ぬことはない。



さあ、いつ私に会いにきてくれるかな。


いつ、私に告白してくれるかな。



翌日、私の机の上に手紙が置いてあった。






「私と付き合ってくれなかったら、私は死にます。」






ああ、もう、笑いを抑えられない。



こんなに、こんなにも簡単に、私は彼女を手に入れてしまえた。



ごめんね、田部さん。



でも、貴方があまりにも可愛くてお馬鹿で素直なのがいけないとも思う。



ねえ、田部さん、私、悪いひとね。




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