第2話 幼馴染 (改稿済み)

 

 城に仕えるメイドの後に従って、城の中を歩いていく。

 城の中は多くの人間が出歩いている。貴族やその従者、メイド、執事、騎士、その他いろいろ。

 多くの人が俺を蔑んだ冷たい瞳で睨みつけてくる。

 陰口も日常茶飯事。

 流石にメイドや執事、騎士は何も言わないが、貴族たちはわざと聞こえるようにコソコソ話をするのだ。


 俺は後ろにメイドのソラと執事のハイドを従わせ、王族のプライベートエリアを歩いていった。

 ここは許可された者しか立ち入ることができない場所。

 王族とその従者たち、そして近衛騎士団のみが出入りできるエリアだ。


 あと少しで自分の部屋に入れるという所で、一番会いたくない人物と出会ってしまった。

 近衛騎士団の鎧をつけた金髪紫眼の美少女……というよりは美女。

 誰もがハッと見惚れるほどの美貌で、あらゆる男を魅了するグロリア公爵家長女ジャスミン・グロリアだ。

 俺の一つ年上で、所謂幼馴染でもある。


 ジャスミンが目をカッと見開いて、短い金髪を煌めかせながら勢いよく迫ってくる。

 鬼気迫った彼女の顔を見て、顔が引きつったのは仕方がないことだ。うん、仕方がない。

 決してジャスミンから怒られそうだ、なんて思っていない。


「ジャ、ジャスミン久しぶり」

「シラン! 久しぶりじゃないわよ! よくも私から逃げてくれたわね! 護衛できないじゃない! 私は近衛騎士団として貴方の護衛を任せられているの! 仕事をさせなさい!」

「えーっと、お説教は後にしてくれる? 俺、疲れてるんだ」

「あ゛? ………………なにこの甘い匂い。シランどうしたの?」


 底冷えするような怒気の混じった低い声が聞こえた気がするけど、すぐにクンクンと体中を犬のように嗅ぎだすジャスミン。

 犬かっ!?

 皮膚にジュースの名残がくっついていたかな? 面倒くさい奴に気づかれた。

 美しいジャスミンが俺の身体を掴んであちこち触れてくるため、周りの近衛騎士団の男たちから鋭い視線で睨まれる。


「ジャスミン様。私もご主人様に問い詰めたいと思っていたところだったのです。部屋の中でご一緒に、ゆっくりみっちりねちっこく拷も……尋問しませんか?」

「ソラさん!? 今、拷問って言いかけたよね? 絶対拷問って言いかけたよね!?」

「ソラ、良いこと言うじゃない。じゃあさっさと行くわよ」


 両腕をソラとジャスミンにがっしりと掴まれ、部屋の中に引きずられていく。

 嫌ぁー! 誰か助けてぇー!

 咄嗟に執事のハイドに助けを求める。


「ハイド!」

「ご主人様、お諦めを。誰もお嬢様方を止めることは出来ません」

「そんなぁ~」


 というわけで、俺は部屋の中に連れ込まれた。

 俺の部屋は豪華だが、派手派手しい家具は置いていない。

 代々王族が使ってきた大人しいデザインの家具を使用させてもらっている。

 兄弟の中には、全て新しくしたものもいるそうだが、俺は面倒くさくてそのまま使っている。

 一つ一つ手作業で織られた高級な絨毯に降ろされた俺は、無意識に体が動いて自然と正座する。

 目の前に仁王立ちするのは、瞳に怒りの炎を燃え滾らせた美女二人。

 こめかみに青筋を浮かべていらっしゃる。


「シラン? 何があったのか教えなさい」

「ご主人様? 正直に述べてくださいね」

「えーっと、まだ言えないこともあるんだけど、今日はお茶会に誘われました」


 今回のお茶会は婚約者……婚約者だったリデル嬢が開催したものだ。

 いろいろと嫌われている俺を誘う貴族はほぼいないが。


「お茶会があったのなら近衛騎士団わたしたちに護衛をさせなさいよ。で、何をされたの?」

「………………黙秘権を行使します」

日蝕狼スコル! 月蝕狼ハティ!」


 ソラの呼びかけに、俺の中に潜む獣が二匹勢いよく飛び出してくる。

 皆既日蝕のように漆黒の瞳を持ち、太陽のような黄金の体毛に覆われた狼のスコルと、月蝕のように赤黒い瞳を持ち、月のように白銀の体毛に覆われた狼のハティ。

 赤ちゃん狼のサイズで床に着地する。

 スコルは生真面目に姿勢正しく短い四本足で立っているが、ハティのほうは眠そうにコテンと床に寝そべってしまった。


『ハティ! しっかりしなさい!』

『………………ねむい』

『起きなさい!』


 スコルがハティに飛び掛かる。

 そして始まる二匹のモフモフ赤ちゃん狼の可愛い喧嘩。

 金と銀のモフモフがモコモコと争う二匹を見てちょっとだけ心が癒された。


「スコル! ハティ! ご主人様に何があったのか説明してください!」


 ソラの一喝でビクッと大人しくなった二匹が、俺を裏切って詳しく説明し始める。


『ご主人様は足を引っかけられて転び、ジュースをドバドバと浴びせられました。罵倒もいろいろと』

『相手は10人以上いたかな~。皆ご主人様を取り囲んで楽しそうだったよ~。おーほっほ、ぎゃはは、って笑ってた』


 ソラとジャスミンからゆらりと怒気と殺気が放出される。

 慣れていないメイドたちが顔を青くして気絶し始めた。


「スコルさん!? ハティさん!?」

「ご主人様は黙っててください! 何故誰もご主人様を守らなかったんですか!?」

『出て行きたくてもご主人様が防いでいました』

『噛み殺したかったなぁ』


 赤ちゃんサイズのスコルとハティから、あり得ないほど濃密な殺気が放出される。

 カプカプと赤ちゃん狼が噛みつく仕草をするのは可愛いのだが、まき散らす殺気は全然可愛くない。恐ろしすぎる。

 俺の体の中でも他の獣が同意するかのように殺気が膨れ上がった。


「というかシラン! 怪我はしなかった!? 本当にそれだけだったの!?」


 怒気や殺気を一時的に霧散させたジャスミンが俺の身体をペチペチと触り、服を脱がせて確認しようとする。


「うわっ! ちょっとやめろ! 尻もちをついただけだから! あっ……ソラまで何するの!? ちょっと待って! いやぁ~~~~~~~~~~~~!」


 ソラやスコルとハティまで服を脱がし始めて、俺はあっという間にすっぽんぽんになってしまった。

 全裸になって美少女二人に身体の隅から隅まで触られる俺。

 もう死にたい。誰か俺を殺してくれ。

 体を触って満足した二人は顔を艶々させて一仕事終えた雰囲気を出す。


「体には異常はないですね」

「ええ。そうね。シラン、また正座しなさい」

「えっ? せめて服を………………あっ、ダメなんですね」


 ギロリと睨まれた俺は即座に白旗をあげて降伏する。

 美少女二人の前で全裸で正座する王子はどこの国を探しても、今までの歴史とこれからの未来を探しても俺しかいないはず。

 このことが誰かにバレたら夜遊び王子じゃなくて全裸王子って呼ばれるだろうなぁ。

 幸い、この部屋にいたメイドたちは全て気絶している。


「さて、なぜそんなことをされたのか説明してくれる?」


 疑問形で聞きながらも、言わないとただじゃおかない、と紫眼の瞳で脅してくるジャスミン。

 綺麗な白い頬が真っ赤に染まっているのは怒りのせいだよね? 君はどこを見ているのかい?


「でも、どうせ毎日娼館に通っている、国の恥だ、とか言われたんじゃないの? 夜遊び王子さん?」


 真っ赤な顔をしながら蔑んだ瞳のジャスミンさん。

 瞬きもしない視線は俺の股間を凝視して一切離れない。

 そんなに興味があるのだろうか?


「まあ、そんなもんだ」

「はあ。いい加減娼館通いは止めなさいよ! あんたまだ成人してないでしょうが! それに全然お忍びになってないし! 堂々と通うな!」

「嫌だ! 娼館通いを止めるつもりはない!」

「最っ低!」


 誰に何と言われようと俺は娼館通いを止めるつもりはない。

 幼馴染に冷たい瞳で罵られようと止めることはないのだ!

 何やら真っ赤な顔をしたジャスミンがプイっと顔を逸らした。


「べ、別にそんなところに行かなくても、お願いされれば私が……」

「えっ? 何か言った?」

「い、言ってないわよ! 死ねっ!」

「へぶっ!」


 横薙ぎに蹴っ飛ばされて床に倒れ込んだ俺の背中を、ジャスミンがガシガシと踏みつけてくる。

 ちょ、ちょっと! 俺はドМの変態じゃないから! 踏まれても喜ばないからぁー!

 アッ、アァーーーー!


「さっきのジャスミン様の言葉は絶対聞こえていましたね」

『ええ。絶対にご主人様は聞こえていて、わざと聞こえていないふりをしましたね』

『………………ぐぅ~』


 いつの間にかソファに座って優雅にお茶をしているソラと、傍らで行儀よく座るスコルと、丸くなって寝ているハティ。

 誰も俺を助けるつもりはないらしい。

 ハイドは……どこにいるのかわからない。助けを求めるが聞こえないふりをしているようだ。


 コンコンッ!


「失礼いたします」


 俺とジャスミンが一進一退の攻防を行っていると、部屋がノックされ、止める間もなくドアが開いた。

 俺たち思わずそのままの体勢で固まってしまう。


「シラン殿下。国王陛下がお待ちです。ご案内を……」


 メイドと視線が合った。彼女の時が止まる。

 そりゃそうだろう。

 今の俺は全裸で床に転がり、その俺をジャスミンが踏みつけているのだから。

 修羅場というか、濡れ場というか、メイドの表情に見てはいけないものを見てしまったと書かれている。

 傍から見たら特殊でハードなプレイだろうな。


「あーうん。すぐに着替えるからちょっと待ってて」

「かしこまりました」


 流石城に仕えるメイド。瞬時に気持ちを切り替え、即座に扉を閉める。

 仕事のできる完璧な行動だ。


「というわけで、着替えるから足をどけてくれない?」

「え、ええ。わかったわ。後で続きをするから」


 今の続きだろうか、と一瞬期待してしまった俺は変態である。美女に踏まれるのも満更でもないこの気持ちは一体どうすればいいだろう。

 ササッと洋服を着た俺は、スコルとハティを体内に戻し、ソラとジャスミンといつの間にか現れていたハイドを連れて、部屋を出る。

 そして、仕事が完璧のメイドの案内で父である国王陛下のいる部屋へ案内してもらった。




 完璧なメイドは、やはり仕事が早かった。

 ドМ王子という呼び名が城中に広まるのに三日もかからなかったという。

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