緊張の(初)代理謝罪

 村崎は代理謝罪のイメージトレーニングをしながら謝罪相手の家に向かっていた。佐鳥にはもっと情報を集めてほしいとは言われたものの、まずは家の周辺に行くことと本番のイメージトレーニングを優先した。村崎としては上司である佐鳥の言葉に背くことは気が進まなかったが、今の村崎の状況などからしてそうせざるを得なかった。

 村崎の中でのイメージトレーニングというよりは代理謝罪の方法を考えているだけで本来村崎がしたいこととはかけ離れたものになってしまってそんなこんなしているうちに到着点の謝罪相手の家の目の前まで来てしまった。

 少しあたふたして今すぐに電話がかかってきてゴーサインが出たらしっかりとした謝罪を出来る自信など毛頭なく、ただ来ないことを祈ることと出来る限り代理謝罪の方針を立てて謝罪を早く出来るようにすることくらいしかできなかった。

 大体こういう風に電話来ないでくれみたいに何か起こらないでと思うときに限って実際に起こってほしくないことが起こるみたいな傾向がある。こういうのを世間ではフラグ回収という。

 村崎もこのフラグ回収をしてしまう人なのであった。そう、佐鳥から電話がかかってきてしまったのである。ただ村崎は日々の行動が良かったのか何なのかそのまますぐにゴーサインという話ではなかった。

 それは村崎の出した案が酷かったから、とかそういう話ではなく小西自身が新たな打開策のようなものを思い付いていたということや依頼人から小西に連絡が入っていたということなどから一度事務所に村崎が戻り、会議をしたいとのことだった。

 村崎にとってみればまだ代理謝罪の大筋すらも完璧に決まっていたわけではなかったので救われたという気持ちでしかなかった。勿論、これによって謝罪について過去に代理謝罪経験のある小西や佐鳥に決めてもらうということはするわけではなく、色々な話を聞いて村崎なりに経験論を上手く生かすのである。

「分かりました。正直なところ今ここでゴーサイン出されても謝罪の大筋すら見えていなかったので少し救いの手が差し伸べられたなと思いました。本当はこんなんでは次回以降に代理謝罪を誰かに頼んでもらえることなんてないんですけど僕なりに精一杯やらせてもらいたいというのが僕の思いです。」

 村崎は秘密主義ではなく、秘密を作ってまで偽ってまで何かを言うということは得意ではなかったので例え何かを言われても、という思いで佐鳥に本音を伝えたのである。

 佐鳥はその言葉を聞いても言葉を乱すことはなく、いつもと変わらぬ口調で

「やっぱり最初の代理謝罪は緊張するしどうすれば良いのか分からなくなるよね。それは誰しも同じだよ、私も社長も。それが分かっているからこそ一旦事務所に戻ってきて話をしようということもあったから。」

と話してそうなることは分かっていたことだと言わんばかりの言葉だった。

 代理謝罪を初めて経験する者は皆そういうことを経験して新たなところへ進んでいくのであろう。成長に向けた一歩である。

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