第8話 離陸待ち

空港までは夫が車で送ってくれた。

もちろん、車しか来る手段ないのだ。


『みなさんによろしく言って』

『うん』

『楽しんできてな』

『ありがとう』

『カード持った?』

『・・・え』

『現金足りなくなったらカード使えよ』

『・・・ありがとう』


夫は何か言いたそうだったが、

何も言わなかったし、

私も、何かを言うと、何かが漏れ出そうで怖かった。


四月から今日までの半年間、

今日のこの日を待っていた。

何かがあって行けなくなることを恐れた。


なんとかここまで来られた。


あとは飛行機に乗り込んで飛ぶだけだと言うのに。

飛行機の離陸を、あれほど待ったことはない。


その日、飛行機はどういうわけか、いつまでも飛ばなかった。

飛行場を、ぐるぐるといつまでも走り回っている。


飛んでこそ、なのに。

地上で止まっていたり、走る飛行機に乗っているほど、

不快なことはない。

嫌だった。

縛られているみたいで息苦しかった。


ひっついているみたいでいい加減にしてほしかった。

この街に、ひっついているのが嫌だから、

こうして飛行機に乗っているのに、

どうして飛ばないの。

ねぇ、

ねぇ、何をやっているの。

私を行かせないつもりなの、ねぇ。


息苦しくて、暑くなってきた。

私は首に巻いていたスカーフを外した。

苦しい・・・。


水を飲みたい。

だけどもう動けない。

スマホをみたい。

もう動けない。


私、はっきりと分かった。

宇宙飛行士にはなれないってこと。


なってくれって誰も言わないか・・・。


私は手帳を開いた。

羽田に着陸した後のことをシュミレーションした。


まず、美容院だ。





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