#9 向けられた銃口、真の敵

「駄目だ、完全にロックされてる」

 扉を開こうと試した根来軍曹が、扉の前にへたり込んだ。

「こうなったら、もうどうすることも出来ません。あの連中、もしかしたら本気で発射するつもりなのかも知れません」

「どうにかして、この扉を破れないのか」

 鹿賀が訊ねた。

「無理です。この鉄板は、二十センチの厚さがあるんです。SSTで攻撃すれば破れるかも知れないですが、こんな狭いところには入って来れないし……」

「そうか、SSTだ」

 鹿賀は、大南に向かって振り返った。

「大南さん、こうなったらもう、SSTでレールガンを物理破壊するしかありません」

「いや、待て。あの砲身はそんなに簡単に破壊できるような代物じゃないぞ」

「『ダムバスター』を使えば、何とかなるかも知れません」

「そうか。『ダムバスター』か」

 大南少尉は、考え込むような顔になった。


「ダムバスター」とは、SSTに装着するオプション兵器の一つで、ダムをも破壊できるという威力から、その名が付けられていた。

 原理としては要するに小型のレールガンで、電磁誘導により弾体をマッハ9の高速で射出することにより目標を破壊する兵器だ。

 ただし、使い切りの飽和一次電池からの一瞬の大電流によって発射されるため、キャパシタに充電された電力を利用する大型レールガンとは異なり、最初の一発しか発射が出来ない。まさに、一撃必殺の兵器なのだった。


「とにかく、駐機場へ向かいましょう。行きますよ、大南少尉。怜子君もここにいては危ない、ついて来て」

 鹿賀はそう叫ぶと、再び全力で外へ向かって走り出した。大南が、その後を追う。怜子も、コントロールルームの分厚い扉に心配げな目を向けた後、彼に続いて走り始めた。


 残り時間が刻々と減っていく中、マラソンランナー並みの走りを見せた鹿賀と大南は約五分で駐機場にたどり着き、それぞれ機関の始動させてあるSSTに乗り込んだ。

 園部怜子には、兵舎の入口にあるロビーで待っているようにと伝えてあった。そこからレールガンからも遠いから、万一の時でも安全なはずだ。


 動き始めた二体のSSTは二足歩行での最大速力で武器庫へと向かい、庫内の巨大な棚にずらりと並んだBK828簡易予備電磁砲、通称「ダムバスター」を各々右肩のオプションシューに装着した。本来なら、使用許可がいるのだが、もちろんそんなことを言っている場合ではない。

「大南さん、それじゃ行きますよ。一三二○、鹿賀機発進」

 鹿賀は大南に無電でそう伝えて、シフトレバーを推進に切り替えた。彼の三○系は、勢いよく上昇を開始する。

 続いて、大南の九九七が離陸した。二機のSSTは、真っ直ぐにレールガンのある方向へと向かった。

 それにしても、とコクピットの鹿賀は思った。皮肉なものだ。レールガンを守ることを最大の任務として設計されたSST。その初めての実戦が、レールガンの破壊だというのだ。


「一三二○、鹿賀少尉」

 ヘッドセットのスピーカーから、石上亜矢軍曹の切迫したような声が聞こえてきた。

「発進許可は出ていません。大南さんまでどうしたの? 無断出撃は冗談じゃ済まされないわよ」

「小言は、後で懲罰房でいくらでも聞くよ。これ以上ないって位の緊急事態が起こってるんだ」

 鹿賀はそう返してコンソールの時計に目を遣った。緑に光るデジタル文字は、発射予定時刻まであと八分しかないことを示していた。


 石上軍曹は、なおも彼と大南少尉への呼びかけを必死に続けたが、二人ともそれを無視して飛行を続ける。

 たちまちに砲台の上空に達した一三二○号機は降下姿勢を取り、レールガンの砲身へと機体を近づけて行った。砲身の崩壊に巻き込まれないように、充分な距離を保ってホバリングの態勢に入り、空中で静止した鹿賀機は、「ダムバスター」の銃口をレールガン砲身に向けた。

 コンソールのタッチパネルを操作して「ダムバスター」のセーフティーロックを解除し、鹿賀は照準目標を入力する。ヘッドアップ・ディスプレイに、ロックオンマークが浮かび上がった。

 後は射撃統制コンピュータが、自動的にレールガン砲身の真ん中を狙い続けるように、機体と「ダムバスター」を制御してくれるはずだ。


「照準完了です。大南さん、撃ちますよ」

 彼はヘッドセットのマイクに向かってそう告げると、操縦桿のトリガーボタンに指をかけた。レールガン発射七分前。石上軍曹が無電の向こうから、「何を言ってるの、撃つってどういうこと」と叫んでいる。

 その時だった。不意に機体に衝撃が走り、一三二○号機は姿勢を大きく崩した。背後から、装甲板に銃撃を受けたのだった。もう追っ手が来たのか? 鹿賀は慌ててSSTを反転させた。


 しかし、そこにいたのは大南少尉の九九七号機だけだった。

 その三○系SSTは、標準兵装であるBK666・50ミリチェーンガンの銃口を一三二○号機に向けて、空中に静止していた。


「大南さん、何やってるんです!」

 鹿賀は叫んだ。

「今、俺に当たりましたよ。それに、チェーンガンなんかじゃレールガンの砲身は……」

「悪いな、鹿賀少尉」

 大南の重く沈んだ声が、鹿賀のヘッドセットから聞こえてきた。

「あいにくだが、誤射じゃないんだ。俺は間違いなく、お前を狙って撃ったんだ」

「何を言ってるんです! どういうことですか!」

 激しく混乱しながら、鹿賀はマイクに向かってわめいた。しかし、大南からの返事は、彼には信じがたいものだった。


「俺には、もう一つの肩書きがあるんだよ。『大大阪独立戦線工作部長・大南上席書記』、それが俺の裏の名前だ。本当は、今回のことにお前を巻き込みたくはなかったんだ。嘘じゃない。最初から巻き込むつもりなんかなかった。まさか、園部の妹がこんなところに現れるとは思わなかった。根来の奴も、余計なところにしゃしゃり出てきやがって。せめてあれが無ければ、もっと順調に進行したはずなんだ。しかし、こうなっては最早、どうにもならん。この計画を邪魔させるわけには行かない。あと数分で俺の計画の全てが完了するんだ」


 鹿賀は、呆然とした。混乱した頭を抱えたまま、コンソールの上に突っ伏してしまいそうだった。

 しかし、そのままではいけないということを、彼の理性は理解していた。俺は、軍人だ。東京も大阪もない。国民の生命を守ることを唯一の使命とする、軍人なのだ。

 彼は何かを引きちぎるように、自分の感情のスイッチを、オフにした。目の前にいるのは、仲の良い先輩などではない。こいつは、テロリストなのだ。この機体を排除し、レールガンを破壊しなければ、多くの罪のない人間が死ぬ。


 彼は、タッチパネルを見もせずに指先で操作して、攻撃オプションをマニピュレータに装着されたチェーンガンに切り替えた。そして即座に銃口を九九七号機のコクピットに向けると、迷わずトリガーボタンを押した。

(続く)

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