#7「動かずの主砲」が動くとき

 実地検査の当日、鹿賀と大南の二人は、朝から出来るだけ普段通りの行動を取ることを心がけた。

 いつものようにSSTの前に陣取り、鹿賀は一三二○号機、大南は九九七号機のメンテナンスを黙々と行う。もちろん、機関は始動させてある。何かの際、SSTが役に立つ場面があるかも知れない。


 お昼近くになって、鹿賀は基地の正門前に、園部怜子を迎えに行った。

 今日の彼女は、いつか見たあのセーラー服姿だった。艶やかな黒髪を、やはり頭の後ろで束ねている。

 例のボディーガードも一緒だったが、基地の中に入っていただけるのは怜子さんだけになりますと、鹿賀はこの大男にはお引き取りを願った。彼女にも、わたしは大丈夫ですからと繰り返されて、ボディーガートは黙って見送ることしかできなかった。

 もちろんこの男は、怜子が基地に来た本当の理由は知らない。


 彼女を連れて堂々と基地に入ろうとする彼を、門柱の前に立った衛兵が慌てて止めた。鹿賀とは顔見知りの、まだ若い二等兵だ。

「少尉、お待ちください。その女性は」

「あれ、君知らないのか。彼女は例のほら、墜落しかけたアイオノクラフトの」

「ああ、少尉が救助された。この方があの時の」

「そうそう、あれに乗ってた子。今日は、迷惑をかけた基地のみなさんにお詫びがてら挨拶がしたいってことで、訪ねて来たわけなんだよ。ちゃんと総務広報部の許可も取ってる」

「その節は、ご迷惑をおかけいたしました」

 怜子が殊勝な顔を作って、頭を下げる。

「なるほど、そうでありましたか。では、お通りください」

 衛兵はそう言ったあと、鹿賀の耳元に口を寄せた。

「かわいい子ですが、手を出したりしないようにしてくださいよ、少尉。まだ高校生でしょう」

「馬鹿言うなよ」

 鹿賀は笑って、衛兵の背中を叩いた。

「さあ、行きましょうか園部さん」

「はい」

 うなずいた彼女は、衛兵に向かって小首を傾げてにっこりとほほえんで見せた。衛兵も、つられたように嬉しげに笑いながらお辞儀する。


 広い道に沿って、頑丈だが無愛想な建物が並ぶ基地の中に向かって歩き始めた二人に向かって、衛兵はいつまでも手を振っていた。振り向いて手を振り返した怜子は、

「あの人を騙してしまって、何だか悪いことをしたみたいです」

 とつぶやいた。

「気にしなくていい、後でちゃんと奴にフォローはしとくよ。俺たちは正しいことをしようとしてるんだから、心配はいらないさ」

 鹿賀は自信に満ちた足取りで歩き続けた。


 二人はすれ違う男性隊員たちに次々と声をかけられ、その度に怜子は殊勝な態度とラブリーな表情を使い分けながらのお詫びを繰り返し、その清楚さで男どもを次々と魅了して行った。そして二人は無事に大南が待つ、通称「旧司令部棟」の前までたどり着くことが出来た。

 今は資料展示室として使われている、この妙に幅広な古びた建物の裏から、砲台へとつながる坂道が伸びているのだった。


 棟内に入ると、がらんとした室内には、基地の歴史を物語る写真が、壁に貼られて展示されている。

 その中の一枚、なぜかパンダの子供を写した色あせた写真を眺めている大南少尉の前に、鹿賀は園部怜子を連れて行った。

「この人が、今回の作戦に協力してくれる、僕の先輩の大南少尉だよ。髭面が汚いのが気になると思うけど、多めに見てあげてくれ。そんなに悪い人じゃない」

「どうも、始めまして。汚いけどそんなに悪くはない大南です」

 大南少尉はいつものにやにや笑いよりは若干爽やかめな笑みを浮かべて、彼女に向かって右手を差し出した。

 思わず笑い出した怜子は、慌てて両手で口をふさいで、頭を下げた。

「ごめんなさい、笑っちゃったりして」

「いや、笑ってくれていいんだよ。冷静に、『そうですね汚いですね』とか言われちゃ、俺の立つ瀬がないからな」

 そう言った大南少尉は、豪快に笑ってみせた。


 それから三人はいよいよ、レールガンの砲台が設置されている小高い丘へと登り始めた。

 彼らが選んだこのルートは砲台への、いわば裏道に当たり、人通りも少ないはずだった。その狙い通り、彼らは誰にも出会うことなく丘を登りきることが出来た。

 丘の上にそびえていたのは背の低い円筒状の、つまりは輪切りにしたバームクーヘンのような形のコンクリートの塊だった。

 そしてその塊の上から、まるで空に伸びる橋の如く、トラス状の長大な構造物が伸びている。全長五十七メートル、重量五百五十トン。これが、基地の主砲たる超兵器、「銀河級レールガン」の砲身だった。


 強大な威力を誇りながら、しかし実際の活躍はあまり想定されておらず、「動かずの主砲」とも揶揄されるこの砲身が、今はちょうどゆっくりと東のほうへと向きを変えながら、仰角を調整するように上下に動いている最中だった。この挙動は、間もなく始まるはずの性能検査に向けての準備だと思われた。


 残り時間は、もう少ない。三人は歩調を早めて、砲台へと急いだ。

(続く)

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