#2 侵入機救出、コクピットの女子高生

 白浜基地は、ジゴワットクラスの出力を誇る巨大兵器「銀河級レールガン」を主装備とする基地で、「白浜砲台」の別名を持っていた。

 日本海方面と違って、脅威が少ないと考えられている太平洋側を守備範囲とする、予備戦力的な色彩の濃い基地と言える。

 その割に主砲レールガンが立派なのは、基地の建設中にたまたまアジスアベバ軍縮条約に引っ掛かって建造が中止されたレールガン装備艦「DDR521・とさ」の余った装備を、転用することができたからだった。


 日本が十一の道・州に分割されて、それぞれの区域に配置された方面防衛軍が国防を分担するようになり、正式に軍事力を有することとなった今でも、国は核戦力不保持という方針は崩していない。

 しかし、東京特別州だけでも十門、その他全国で四十門もの大型レールガンが装備された今では、防衛力に不足は無くなったと言って良かった。敵対国が攻撃に出てくれば、半プラズマ化した弾体が即座に反撃投射されることになる。


 その国防の生命線とも言えるレールガンを守備するために、東京と大阪でそれぞれ開発された機動兵器が、SSTだった。

 鹿賀が乗る三○系は大阪系の傑作と呼ばれるSSTで、旧型化した今でもその扱い易さからパイロットに人気が有る機体だった。


 急激な上昇を続けた一三二○号機は、たちまちのうちに侵入機と同じ高度に達した。アイスグリーンに塗装された個人用アイオノクラフトは、相変わらずのダッチロールを続けていて、うかつに接近するのは危険そうだった。

 鹿賀は操縦桿を引いてさらに高度を上げ、侵入機を飛び越して、その前に出た。そして両腕の代わりに取り付けられたマニピュレータを大きく振って、付いてこいというジェスチャーをして見せた。

 しかし、侵入機に反応は無い。鹿賀がなおも諦めずにジェスチャーを続けるうちに、侵入機はようやく左右にふらふらするのを止めた。


 と思った次の瞬間、アイオノクラフトはまるで支えを失ったように、真下へ向かってものすごい勢いで降下しはじめた。

 いや、これは降下ではなく落下だ。まずい、と鹿賀はスロットルペダルを思い切り踏み込むと、操縦桿を倒して急降下の姿勢を取り、緊急加速用の補助ラムジェットに点火した。


 翼が無く、グライダー効果が働かないアイオノクラフトは、ほとんど完全な自由落下の速度で落ちて行く。追いつけるか? 鹿賀は素早く計算を働かせる。着地の余裕を考えると、地上ギリギリで追いついても意味はないのだ。


――行けるはずだ。

 そう判断した鹿賀は、そのままスロットルを緩めることなく、急降下を続けた。墜落していく侵入機が近づいてくる。追いつく。そして一三二○号機は、アイオノクラフトの機体と並んだ。

 操縦桿の細かい操作で慎重に位置を調整しながら、鹿賀は視線入力でマニピュレータをコントロールし、そのアームを侵入機の機体へと伸ばした。

 先端の鋼爪がアイオノクラフトをがっしりと捕まえたことを確認した瞬間、鹿賀は操縦桿を引き上げ、SSTの進行方向を降下から水平方向に、そして上昇方向へと転じさせた。

 すさまじいGがかかり、マニピュレータのアームがきしむ。アクチュエータの出力が限界に達したことを示す警告灯が、コンソール上で点滅を始めた。


 落下エネルギーに出力が勝てないのだろう、一三二○号機は直立姿勢で個人用アイオノクラフトを抱きしめたまま、なおも降下を続けた。

 高度計の数字が、目まぐるしい勢いで減っていく。真っ青な海が、SSTの足元へと急速に近づいてきていた。

 最悪、この海にダイブってことになるな、と鹿賀は思った。基地に堕ちたり、まして市街地に落下したりするよりは、ましな展開だろう。しかし思ったよりも減速しない落下速度を考えれば、俺は助からないかも知れない。


 高度計の数字が残りわずかになった頃、ついに落下の勢いに歯止めがかかり始めた。三○系の出力が、ようやく落下のエネルギーに打ち勝ちつつあったのだった。

 しかし海面はもう、すぐそこにある。間に合うのか? 鹿賀は歯を食いしばりながら、ストッロルペダルを踏みつけ続けた。


 突然、視界が真っ白になった。一三二○号機は、激しく上がる水煙に包まれたまま、水面のすぐ真上にホバリング状態で静止していた。本当にぎりぎりのところで、鹿賀は海への墜落を回避することに成功したのだった。

 背中にどっと汗が噴き出すのを感じながら、彼は操縦桿を少し倒して、機体の向きを調整した。SSTは再び緩やかに上昇し、基地の方向へ向かって飛行を開始した。


 やれやれ、と一息ついた鹿賀は超音波ワイパーを動作させて防御ウインドウの水滴を落とすと、改めて個人用アイオノクラフトの機体に目を遣った。一体どんな奴が、これに乗ってきやがったんだ?

 フロントガラスの向こうには、安全ベルトで支えられた体を、ぐったりとシートにもたせかけた人影が見えた。何せ荒っぽい助け方だったから、気を失っているのだろう。

 次の瞬間、彼は思わず目をみはった。これは……子供じゃないか。セーラー服を着た、女の子だ。ここからでは良くは分からないが、上背から判断するに、恐らくは高校生くらいではないか。


「一三二○、鹿賀少尉、聞こえますか」

 その時、聞きなれた石神亜矢の声が、ヘッドホンから聞こえてきた。

「はいはい、一三二○鹿賀。聞こえてるよ」

「さすがね。もう駄目かと思っちゃったけど」

「俺もそう思ったよ。助かったのは、まあ偶然だな。日頃の行い、って奴だろう」

「日頃の行いなら、そんなにいいとも思えないけど、少尉の場合」

 彼女は悪戯っぽく笑った。

「ところで、侵入機のパイロットの様子は分かるかしら?」

「気を失ってるが、ベルトとシートでガードされてるから、怪我は無さそうだ。もちろん、救急は呼んでおいてくれ」

 鹿賀は再び、防御ウインドウの向こうに目を遣った。

「しかし、今時の高校生はどうなってるんだかね」

「なんで高校生の話が出てくるの?」

「後で、分かるよ」

 鹿賀は肩をすくめた。

(続く)

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