エピローグ

 戦いは完全に終わり、ようやく本国に帰還する。


 なぜか、帰って早々『アマリリス様とミスティちゃんがお付き合いすることになった』と噂になっていた。みんなして口を滑らせたな。

 しかも、私が女性だということももれなくばれた。恥ずかしさで我を忘れ、口止めしなかったのが悪いんだが、拠点内にいる時は前にも増して視線を感じるようになった。




 戦闘記録をまとめ、その書類を団長室へ運ぶ最中、ミスティと出くわす。

 挨拶をし、いつものように横に並ぶ。


「お父様、運ぶのお手伝いすることありますか?」

「いや、いいよ。そんなに量はないし」

「お手伝い、させてください!」

「はいはい。じゃあ半分頼むよ」


 山の半分をミスティに渡し、駄弁りながら廊下を行く。


「いやあ、すっかり有名人になっちゃいましたね、私たち」

「元からだったと思うがな。誰かさんのせいでね」

「誰のせいでしょー?」

「とぼけよって。確信犯め……いや、私のせいもあるか」


 すれ違う団員たちに、仲がいいですね、と言われながら歩く。


 騎士アマリリスが女性であったこと、それもミスティと付き合うことになったこと。最初はそのことに戸惑っていた団内だが、最近は慣れてきたのか、雰囲気が元に戻ってきた。

 戻った、というと違うか。受け入れられたように感じる。


 ただ兜は被ったまま。仕事に身が入らないというのが一番の理由だ。せっかくなので素顔でも仕事できるよう慣らしていきたい。……引退はもう少し先だな。


 団長室に到着。一旦ミスティから書類を受け取り、扉を開けてもらう。

 中に入ると、団長が机に突っ伏していた。


「何やってるんですか。部下に示しがつきませんよ――前の戦闘記録、置いておきます」

「はぁ……書類が増える……お疲れ、自分」

「仕事してください」


 団長を叩き起こして、背筋を正させる。姿勢はよくなったが、顔はひどいままだ。


「団長さん、いつもこんななんですか?」

「そうだ。ああもう、しゃんとしてください。ミスティがいるのに」

「徹夜で疲れてて」

「いい加減寝てくださいよ」


 なんて問答していると、隣のミスティがじーっと私を睨んでくる。


「……なんだ。顔に何か」

「ついてません。兜あるでしょう」


 言い得て妙。言葉そのままであるが。

 どこか怒っているようにも見える。もしかして嫉妬だろうか。団長とは腹を割って話せているからだろう。

 こちらの心情を察したのか、団長はあくびをしてから言った。


「あー悪いけど、アマリリスと話があるから、ミスティちゃんは出てくれるかな? すぐ終わるから、ね」

「……分かりました。外で待ってます」


 ミスティは渋々部屋を出た。明らかにすねている。

 出たのを見届けて、団長は私を見た。


「前にも増してべったりになったね。見たかい、僕と話しただけであれだ、かわいいね」

「わざとですか。私たちはおもちゃではないのですが」

「はは、ごめん。でもいい兆候だ。君が一層柔らかくなったし」


 団長は疲れたように笑いながら、そう言った。

 あの一件以来、私は隠すものがなくなった。団のみんなが女性だと分かっているし、ミスティとも、いい関係に。開放的になっているのだろう、気が楽なのは確かだ。


「にしても驚いたなぁ。ミスティちゃんと付き合うなんて」

「あの、それは少し違いまして」

「いいじゃん。同性カップル、応援するよ」

「話を聞いてください。……完全に否定するわけでは、ないんですけどね」


 気恥ずかしくなって、うつむきがちになる。団長はにこにこ笑顔だ。

 私の、多分初めての恋。その相手がミスティになるなんて思いもしなかった。

 いや、もしかしたらただの親愛かもしれない。子供っぽいから庇護欲があるだけなのかも。


「認めたら? それが恋だ。ミスティちゃんのこと考えると、きゅんと来ない?」

「心を読むな。それに気持ちの悪いことを言わないでください」

「図星でしょー」


 そう言われると反論できないのだが。

 今じゃミスティとは団公認のカップル。ということになっている。だからカップルなどではないのだ。ただ、ほんの少し仲が良すぎるだけであって。

 それがカップルじゃないかだって? やかましい。


「なんだっていいけどさ、大事にしてあげな、ミスティちゃんのこと。あんないい子、そうそういないんだから。君が守ってあげないとね」

「分かってます。そのつもりで、そばにいますから」

「そういうとこだよ。無自覚なんだか、わざとなんだか。やれやれ……」


 早く行きな、と団長は言い残して書類に目を通し始めた。開始数秒で青ざめていたが、放っておこう。

 部屋を出ると、あからさまに『構ってください』なミスティがそこにいた。


「遅いです。団長さんとなに話してたんですか?」

「特には。ミスティと仲良くしてね、ってくらい」

「元々仲は最高によかったと思いますけど? ふふん、これで団長公認の証が」

「いらん、そんなもの。……ん」


 おもむろに、ミスティの頭を撫でる。ミスティの頭がちょうどいい位置にあるものだから、つい撫でたくなってしまうのだ。

 最初は驚いたようだったが、途端に目を細めて、大人しくなる。手を離すと、残り惜しげに見つめてくる。まるで猫だな。


「今はここまで。またあとでな」

「分かりました。えへへ、約束ですよ」

「お安い御用だ。さ、行こうか」


 そろそろ休憩の時間だ。二人で離れの休憩室へ向かう。

 途中、騎士の集団とすれ違った。その時。


「アマリリス様、少しお時間よろしいでしょうか?」


 集団の内の一人に呼び止められる。年若い、新人らしい騎士の青年が私を見ていた。

 青年騎士はなぜかおどおどした様子で、まもなく仲間に背中を押され、私の前に躍り出る。仲間から、頑張れ! と声を掛けられていた。

 ミスティはとっさに私の背中に隠れる。その必要はないだろう。


「どうした。用があるのだろう、なんでも言ってくれ」

「は、はい! その……」

「……むむ、もしかして」


 言いよどむ青年騎士に対し、何か勘付いた様子のミスティ。

 と、いうことはつまり?

 青年騎士は姿勢を正して、私に面と向かって言った。


「アマリリス様! ずっと前からお慕いしておりました! どうか、私とお付き合いいただければと!」「よくぞ言った!」

「はぁ――は?」


 突然の告白に放心する私、対して。


「なんですとー!」


 背中から飛び出して青年騎士の前に立ちはだかったミスティ。威嚇行動に入っている。


 ううむ、これは、どう受け取るべきなんだろうか。ずっと前からと言うなら、私を男性として認識したうえで告白したことになるのか? となると同性……いや私は女性なのだが。彼が彼女という可能性も……それはないか。


 しかし、もう私が女性だと知っているはずだし、異性としてということ? だったらずっと前からというのが引っかかる。考えうるものとしては、尊敬や憧れの念が好意に変わった、といったところか。


「んんー?」


 ……頭が混乱してきた。早い話、私には既にミスティがいる。断ってしまえばそれでいい。

 さすがに失礼だろうから兜を外し、軽く咳払いをしてから、はっきり伝える。


「好意には感謝する。でも、気持ちに答えることはできない」

「なぜですか? アマリリス様」「そりゃお前、警告したじゃんか」

「何の話だ? ……こほん、つまりな、私では――」

「てぇーい!」


 私では君を幸せにできない。そんなことを言おうとした瞬間、ミスティが向きを反転、私に突然抱き付いてきた。なんとか抱きとめて、体勢を整える。


「急になんだ、人前で。まだ話の途中だぞ」

「聞いているだけで我慢なりません! このさいなので、お父様にもあなたたちにも伝えておきます!」


 ミスティは、今度は腕に絡みついて、大声で言った。


「お父様は――ユフィ様は私のものなんですからぁー!」


 戦場での告白に続き、二度目の爆弾発言。


 拠点内にその声が響き渡る。あまりにも突然だったので、その場にいた面子は全員あっけに取られてしまった。

 その後、拠点内で湧き上がった歓声で我に返った。言葉を思い出し、理解した途端顔が熱くなる。


「このっ……お前はなんてことを叫ぶんだ! 聞こえるかこの歓声、全員に聞かれてるじゃないか!」

「いいんです! お父様が誰のものか、これで知らしめることができましたからね! 拍手喝采万々歳、ですよね!」

「んなわけあるかたわけ! 余計に誤解が生まれるだろう!」

「そうですねぇ。でも私は構いませんけど」

「私が構う、おおいに構う。ああもう、取り返しが……」


 私がうなだれていると、蚊帳の外になっていた青年騎士が、がくり、と床に伏した。


「くっ、すでにアマリリス様にはお相手がいらしたのですね……」

「え、いや、違うぞ? 別にそういう関係じゃ」


 否定しようとすると即座に。


「はい、そーゆー関係です! つけいる隙はないですから! ね、お父様?」

「そういう関係じゃ、な、ないだろう!」

「照れちゃって、まったくもう」


 ミスティがいらん茶々を入れてきた。それを聞いて青年騎士は更に気を落とした。

 更に、今のが聞こえていたのか、拠点内の歓声が一層大きくなる。

 本当に取り返しのつかないところまで来たな、とつくづく思い知らされた瞬間であった。


 ……ミスティといられて、幸福な気分には、なれるんだけどな。


 私は変わったな、ずいぶんと。これからはもっといい方に向かっていくだろう。ミスティといられれば、もっと。


 しかし、それでも譲れないことが、私にはある。

 ミスティと仲良くなってから、ずっと言っていること。私の尊厳に関わること。


 私は改めてミスティに向かい、


「なあ、ミスティ。お願いがあるんだが」

「はい、何ですか、『お父様』?」


 それは、単純な一言に集約される。それは……。


「頼むから――私をお父様と呼ばないでくれ!」

「重々承知でございますよ――お父様!」

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