第8話 夏休み

 数学、物理。理系科目というのは積み重ねだと思った。化学は除く。あれはやっぱり丸暗記だった。


 教える必要のない成績を取っている妹と、緊張感はないが通常なら切羽詰った成績の美沙ちゃんに、一年生の範囲を教え始めて約一ヶ月。意外な副産物として、自分自身も数学や物理が分かりやすくなった。一方、文系科目は基本的に暗記だった。順番とかあまり関係ない。一年生で悪い成績だったものは、そのまま二年になるし、頑張れば頑張っただけすぐに結果になる。


 そんなわけで、図らずも明日からの期末試験には余裕を持って臨める。


 朝、八時十五分。期末試験初日の朝。学校に向かう生徒たちの会話も試験に関してが多いような気がする。「やっべー。ぜんぜん勉強してねーよ」と言ってる連中はうそつき。知ってる。


 一緒に歩いている美沙ちゃんと妹は、早くも夏休みが終わってから遊びに行く話をしている。余裕たっぷりだ。美沙ちゃん。中間テストで赤点だらけだったのに…。妹はチートだけど。いや、チートじゃないけど、数学とかを教科書丸暗記で乗り切るのは、ちょっと違わないかな。たぶん、こいつ応用はまったく利かないぞ。


 反対側の隣に、ヤシガニ真奈美さん。


 すっかり制服になったジャージ姿。顔は相変わらず前髪で隠れている。というか髪を整える程度にも切っていないので、ばさばさで、どんどん顔が隠れてる。隙間から覗く魔眼が怖い。今日も、俺を凝視。両手でカバンを抱きしめて歩くのは、カバンの持ち手に対する挑戦かもしれない。


「それじゃあ、お兄さん。がんばってください」


「にーくん。またっすー」


 美沙ちゃんと妹は一年の教室へ。


 俺は上階の二年の教室へ。


 真奈美さんは、真奈美さんルームへ。保健室だよ。


◆◆◆◆




 試験期間中は特筆することもない。あるとすれば、美沙ちゃんが可愛い。特に、毎朝「お兄さんに教えてもらってますから、今回の期末はばっちりですよ!」って言うのが、すげーかわいい。妹いわく、中間試験のときも美沙ちゃんは「ばっちり」と言いながら主要五教科全部赤点のグランドスラムを達成したそうなので、信じていない。


 そして試験期間が終わり、夏休みが始まった。


「あ、そうだ!お兄さん」


 終業式の帰り道、美沙ちゃんが戻ってきた答案を見せてくれた。


「ほら。見てください!六十五点も取っちゃいました!お兄さんと真菜のおかげですよ!」


笑顔満点。きゃわいいなぁ。実際、赤点は全教科回避したしね。美沙ちゃんやればできるじゃん。まぁ、赤点回避という瀬戸際だけど。


「それじゃあ、また、明日六時に来てくださいね」


「……」


え?あ。そうなの?


「んと、明日からは学校、他の生徒もほとんどいないしさ。こわくないよ。真奈美さん」


「……ぇ」


じーっ。


「う…ん。こわくないか、とりあえず明日一緒に行ってみようね」


「…うん…」


えー。まさか、夏休み中も補習の真奈美さんにつきあって学校行かなきゃいけないの?


 なんという貧乏くじだ。


◆◆◆◆


「予想外っすー」


市瀬姉妹と別れて、妹がぶーたれる。


 なんで、お前がぶーたれるんだ?望みどおり美沙ちゃんの赤点は回避して、夏休みは予定通り遊べるじゃないか。ぶーたれるべきは俺だ。


「いや。まだ、ほら、他の生徒がいなければ怖がらない可能性が」


「いーや。あれは、そういうことじゃないっすー。にーくん、絡め取られ始めてるっすよー。罠に追い込まれているのがわかっていない哀れなイワシっすー。まわりでザトウクジラが泡を出しながら、ぐるぐるやってるっすー。そのうち下からザトウクジラががばーってくるっすー。早く逃げるっすー」


その例えは、いまいち分かりづらいけど、実は、俺もそう思い始めていた。


「やっぱり、そう思うか?」


「当然っすー。真奈美姉ちゃん、たぶん、もう一人で学校行けるっすよー。気合と根性で」


だろうな。最近、比較的歩くのも早くなったし、学校に近づいたからと言ってフラついたりしなくなった。


「ということで、帰ったらグラツー対戦するっすー」


「会話の前後がつながってないぞ」


「するっすー」


わかった。わかった。


 試験期間が終わって、晴れてゲーム機スイッチオン。


 妹と久しぶりに、レースゲームで対戦。


「あんたたち、仲いいわねぇ…。他のお宅だと、兄と妹って仲が悪いって聞くけどねー」


仲がいいことに、母さんが呆れている。確かに仲は悪くないけど、今、妹と肩が触れ合わんばかりに接近してゲームをしているのは、レースゲームは正面からじゃないとやり難いからだ。レースゲームの好きな女子高生というのも珍しいかもしれないけど、妹は普通じゃないからな。


「んじゃ、いくっすよー」


妹がコースを選んで対戦スタートする。ニュルブリクリンク旧コース。ふざけんな。このコース、一周するのに十分くらいかかるコースだろ。


 リセット。


「あー。なにするっすかー」


「このコースはだめだ。お前が有利すぎる」


「なんでっすかー。同じ車種っすよー」


一周に十分かかるコースなんて、俺は全部覚え切れないが、たぶん妹は覚えてる。こいつの狂った記憶力は、先日思い知った。


「じゃあ、トランプにするっすか?」


「なにするの?」


「神経衰弱」


「だめだ」


なんでこいつ、自分が勝てるゲームしかやらないんだ。


「こっちのコースにしよう」


これなら、俺も覚えてるし。


「あと、二十周のレースな」


妹は記憶力はすごいが集中力がない。二十周も走るうちに、集中力が尽きてヘロヘロで俺の勝ちだ。


 さらに、俺の戦略は続く。


 レース開始直後は妹は前に出すのだ。そして、その真後ろにぴったりついたまま、抜かないで走るのだ。そうするとただでさえ集中力のない妹は、デカいミスをやらかして派手にコースアウト。五秒もロスをするから、後はミスがないようにぶっちぎるだけだ。


 ふほっほっほ。


 勝負というのは、こういうものよ。


 五戦五勝。あーたのしい。


「にーくん。サドっす…」


「じゃあ、次はお前の好きな設定でやっていいぞ。なんなら、他のゲームでもいいぞ」


 ことのほか気分がいいので、寛大だ。


「そーっすか。じゃあ、にーくんの部屋に行くっす」


失意体前屈をしていた妹が、邪悪な笑みを浮かべて振り向く。にたぁー。


 まさか…。


 いかん。形勢逆転だ。


「私の好きなゲームを一緒にやると言ったっすねー」


「いや。でも、お前。これ」


「やるっすよー」


「その…これ、一人用だから」


「そーっすね。『ひとり』用っすよねー。ぐひひひひひ。」


タイトル画面が表示される。


 《ハーレム無人島~男<女五人夏物語》


 やめてくれ。これを妹とプレイするのか…。エロゲだぞ。


「わざわざ七千円も出して買ってきたのは、にーくんっすー。ぐひひひひ」


「五千円だ。割引されてた」


「そーすか。そーすか。そりゃ、よかったっすねー。ひっひっひ。『続きから』始めるっすよー」


画面には、前回セーブしたポイントからのグラフィックが表示される。胸の大きな可愛い垂れ目ボブカットの女の子が水着で前屈している。表示されているメッセージはこうだ。




1)ちょっとだけ舐めてもらう。


2)ちょっとだけ挟んでもらう。


3)「いけないよ」と言って立ち去る。




「…んー。にーくん?」


「な、なんだよ」


「この子、なにげに美沙っちに似てないっすかー?」


「…そ、そそそ、そうかな?」


「選択肢1だけ色が変わってるのは、さては選択済みっすねー。そういえば、にーくんは好物は最後に食べる派っすよねー」


なにが言いたい?


「つーことで、本命の『2』っすかねー」


あなたのクリックで殺せる命があります。


 画面が切り替わってしまう。


 すばらしい構図と画力のグラフィックスが表示される。切なげでかわいらしくもエロい表情と、やわらかそうなおっぱいの表現力。芸術的ですらある。そして、ボイス。


《んっ…どうですか…せんぱいっ》


 恥じらいと、かわいらしさと、懸命さ、そしてほんの少しの好奇心が伝わってくる素晴らしい演技力だ。やはり、このゲームは素晴らしい完成度だ。まったく手抜きがない。


 さらに素晴らしい完成度のグラフィックには、とあるシーンのラストを飾る差分がある。なんといういたたまれなさ。妹と、この差分を見るとかあんまりだ。


 ゲームは素晴らしい完成度のまま進行していく。


「くくくく。にーくん。どうっすかー。次、クリックしちゃっていいっすかー」


「い、いいから、次行けよ」


「ところで、このゲーム。主人公だけボイスが入っていないっすねー」


やめろ!やめてくれ!


「にーくん、ちょっと読んでみて欲しいっすー。にーくん、ソロプレイのときは小声で読んだりする派っすかー?」


妹の攻撃も素晴らしい完成度だ。まったく手抜きがない。


「おねがいです。俺をころしてください」


「ふひひひひ。いー気分っすー。最近、にーくんにじわじわ苛められてたっすからねー」


「真菜さん?俺、いじめてませんよね」


「いじめてたっすー。無視されてたっすー。美沙っちのことばっか見てたっすー。具体的には、美沙っちの顔三割、胸七割で見てたっすー。真奈美姉ちゃんのことばっかり構ってたっすー」


そうだっけ?


「真奈美さんのことを構うのは仕方ないだろ。一人で学校に行けないんだから」


「おっと、話題をそらすのはそこまでっすー。ここで、この美沙っち似の女の子を追っかけるっすかー。それとも、胸の小さな同級生のそばに留まるっすかー。私の予想では、どっちもエロイベント発生の予感っすー」


美沙ちゃん似のキャラって言うな!たしかこれ、同級生のほうに留まると着ている水着で手を拘束してのプレイになったはずだ。いたたまれなさレベルが天元突破する。


「おいかけるで…」


「そーっすかー。美沙っち似のキャラを追うんすねー。追うんすねー。へー。そーっすかー。明日、美沙っちと遊びに行くのが楽しみっすー」


 気が付くと、土下座していた。妹に土下座していた。


「おねがいです。真菜さま、どうぞ、この汚いエロブタをゆるしてください」


「ふひひひひ。にーくんをきっちり教育してやったっすー」


妹が頭を踏みつけてくる。


「これにこりたら、次は妹モノのゲームでもやっているんすねー。そうしたら、美沙っちには黙っててやるっすー」


なぜ、そうなる?あれか?妹モノなら、さすがのこの妹も一緒にプレイしようとは思わないからか。それはそうだが、現実に妹がいて妹モノのエロゲはやらんだろ。だが、ここで逆らってはいけない。


「はい。汚らわしいブタのわたくしめは、いもうともののエロゲをやらせていただきます」


「ひひひひ。あー。ゆかいっすー。今日は素敵な一日っすねー。ゆーかいゆかいー♪ゆかいつーかいー♪」


人生最悪の一日であった。


◆◆◆◆


 世間では夏休みが始まったが、俺は関係ない。もう、ここまで来たら真奈美さんが一人で学校に行けることを確認するまで付き合うしかない。六時に家を出て、市瀬家に向かう。六時三〇分、市瀬家到着。


 呼び鈴を押す。


「おはようございます!」


 お。美沙ちゃんの私服。Tシャツにキュロットスカートという姿。かわいい。Tシャツ似合うなぁ。


「早起きだな。夏休みなのに」


「姉のことでお兄さんを呼びつけておいて、私が寝てるとかありえないですから」


妹はうちでガン寝してたよ。


「おはようございます」


 いつもどおり、ダイニングに通される。


「直人くん、おはよう。夏休みなのに悪いわね」


「すまないな。直人くん」


「…おは…よう」


真奈美さん、今日も魔眼じー。魔眼G。


「いえいえ。お安いごようで…」


これは本心だ。美沙ちゃんの私服姿を朝から見れるだけで、早起き分くらいの価値はある。


「お兄さんっ。コーヒーと、紅茶、今日はどっちにします?」


うちの妹もせめて性格くらい、このくらい素敵だといいのに。せめて、兄の尊厳をズタボロのボロ雑巾にしないくらいの思いやりがあるくらいでもいいのに…。


 あ、そうか。


 妹エロゲを買うなら、妹が「お兄さん」って呼ぶゲームにしよう。それならギリギリありかもしれない。


「じゃあ、今日はコーヒーで」


「…わたし、いれる」


「あらー。真奈美、えらいじゃない」


お母さん、感嘆。お父さんも、視線だけでちょっと驚いている。


 真奈美さんが立ち上がって、カウンターの向こうの台所へと移動する。


 おお。真奈美さんが…。真奈美さんが、自発的に行動したよ。


「あれ?お姉ちゃん。コーヒーの粉こっち…」


「……」


真奈美さん、美沙ちゃんガン無視で、戸棚を開ける。取り出すのは、コーヒーミルと袋。


 ヤカンも取り出し、ポットのお湯をわざわざ移しなおして、火にかける。


「…おと…ん……が、いい?」


「え?なに?」


「なおと…くん…。コクが強いのがいい?」


「えーと、ふ、ふつう?」


「ん」


 真奈美さんが袋からコーヒー豆をミルに移して、挽きはじめる。すげー。コーヒー豆を粉にするのって初めて見た。


 ごりっごりっごりっごりっごりっごりっ。


「ずいぶん、ゆっくりまわすものなんだな」


「……」


じろ。


 ごめん。だまってるよ。


 ごりっごりっごりっごりっごりっごりっ。がぱっ。


 今まで、美沙ちゃんが市販の粉を入れようとしていたフィルタにミルで挽いた粉を移し、ヤカンから、そろそろとお湯を注ぐ。ここまでくれば、だいたい見慣れた光景。


 あ、いい香りだな。いい喫茶店に行ったみたいな香りだ。


「………」


スローフードなコーヒーを真奈美さんが持ってきてくれる。いろいろ感慨深いな。


「……ちょっと…豆…古かった…かも」


「いやいや。あ、ありがとな」


「お砂糖…いれない…よね」


真奈美さん、背後に立ったままなんだけど…。なんで?


「いただきます」


あ、コーヒーおいしい。うん。本当においしい。うちじゃインスタント以外飲んだことないしな。美沙ちゃんが淹れてくれてた、粉からドリップする普通のレギュラーコーヒーも美味しかったけど、これは、本当に大したものだ。


「ん。おいしいな」


「……そう…」


「……」


あれ?魔眼以外の視線オーラ。視線を感じて、そっちを見ると美沙ちゃんがカウンターの向こうから、こっちを凝視していた。真奈美さんの久しぶりの自発的行動に美沙ちゃんも感動しているのか。そうだよなぁ。美沙ちゃんが一番心配していたかもしれないものな。


 夏休み初日、というか、補習初日の朝はなかなか良いスタートだ。


◆◆◆◆


「やっぱり私も、学校までついていきます」


そう言って、わざわざ制服に着替えた美沙ちゃんがついてきた。美沙ちゃんはせっかく補習回避したんだから、来なくてもいいのに…。責任感のあるいい子である。妹につめの垢を煎じて飲ませてやりたい。指先は俺が舐めてあげたい。


 八時十五分。駅から、学校への道は閑散としている。部活組はもっと早い時間に出てるか、もっと遅い時間だ。たいがい体育会系が早起きだ。あいつらはたぶん早起きさせることに喜びを感じてるマゾだ。


 さて。


 これから、本日、第二の壁が待っている。


 ほとんどの生徒が登校していない今日、真奈美さんには教室での補習に挑戦してもらいましょうと、佐々木先生が言っていた。とはいえ、まずは保健室へ…。そこで佐々木先生が説得を試みて、大丈夫なら教室へ移動の手はず。




 結果はと言うと思いのほかすんなりと教室へ移動することに同意してくれた。




 佐々木先生が教室のドアを開けて、中に入る。俺も中を覗く。その後ろに真奈美さん。完全に俺を壁にして隠れている。ヤシガニ真奈美が、今日はウツボ状態だ。


 教室の中には、数人がたむろして雑談している。


「補習を始めるから、補習に出ない人は出て行って」


 じゃーな。またな。がんばれよ。ばか。赤点やろう。うるせー。そんな補習前のお定まりのやり取りをして、教室の中の生徒は半分以下の五人くらいに減る。教室から出てきた生徒たちが、真奈美さんと俺に視線を投げていく。


「おー。二宮、お前も補習」


「まぁ、そんなとこ」


顔なじみもいる。


「ほら、真奈美さんも補習受けないと…」


「……」


真奈美さんは、完全に目が泳いでた。そうだよなぁ。同じ学年の生徒と、ここまで接近したのって復帰後初めてだもんなぁ。


「ほらほら、大丈夫だから」


根拠のない「大丈夫だから」で真奈美さんを教室に送り込んで、一番出口に近い席に座らせる。まぁ、補習を見ているのは佐々木先生だし、本当に大丈夫だろう。


 廊下で少なくとも、補習が始まるまで真奈美さんが吐いたり、逃げ出したり、もらしたりしないのを確認して、ようやく一息つく。


「お兄さん。おつかれさまでした」


美沙ちゃんとつれだって、食堂に向かう。営業はしてないが、ティーサーバーと自販機は動いている。


「美沙ちゃんも、おつかれ。別についてこなくても大丈夫だったのに」


「いえ。お兄さんだけに押し付けておけませんし…」


「うちの妹も、そのくらい責任感あるといいんだけど、あいつ下請けに丸投げしてるからな」


「お兄さんが、頼りになるからですよ。私も、正直びっくりです」


「そう?」


「はい。もっと、ささっと投げ出しちゃうかと思ってました。」


「実際、投げ出したんだけど、妹に出口をふさがれたんだ」


「?そうなんですか?」


「そうだよ」


「ま、そういうことにしておきますね」


「そういうことだから。本当に」


「それは、それとして…。あの…。以前、言ってた姉をもらっちゃってくださいという話」


「うわっ。出たよ。それは勘弁してくれ!」


「あの…あれは、忘れてください。なしです。」


「ぜひ、それでお願いします」


 その後、話題は美沙ちゃんの手作り弁当とか、料理の話になったり、好きな本の話になったりした。美沙ちゃんは話好きらしく、放っておくところころと話題を変えながら、どんどん話してくれる。可愛くて、一緒にいて楽しい。


 学食とはいえ、こうやって美沙ちゃんと二人だけでおしゃべりをしているとデートしてるみたいだ。ラッキー。それとも、こんなんで喜んじゃっている俺がちょろいのか?ちょろいな。うん。


 楽しい時間はあっという間に過ぎる。そろそろ、真奈美さんの補習の終わる時間だ。ちょっと様子を見に行かないと。


「そろそろ、様子を見に行かなくちゃ…」


「え?…あ…うん。そうですね」


教室へと移動する道すがら、美沙ちゃんが不意に上目遣いでこんなことを言ってきた。


「ちょっとだけですけど、なんだか、デートしてるみたいでしたね。楽しかったです」


不意打ち卑怯。かわいすぎるぞ。


「あ、うん。そ、そうだね」


そうだねどころじゃない。内心は有頂天である。やはり、俺ってちょろい。有頂天なのをバレないようにするので精一杯だ。


 なんだか変な空気になって、しばし沈黙してしまう。


「あ…あのっ!」


「ひゃ…ひゃい!」


声が裏返った。しかたないだろ。あの美沙ちゃんに、デートしてるみたいでしたねとか言われて、なんだか意識しちゃっているんだから…。


「えっと…。ま、また、デート…してるみたいにしましょうね。お兄さん…」


「あ、ああ。うん」


美沙ちゃんが可愛すぎて、生きているのが辛い。




(つづく)

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