第8話

「よーし。これで最後だな。しかし、まあ、ある意味壮観だ」


 英国商船と西班牙艦隊を眺めた後、浜辺に並んだそれを見比べてフィティが肩をすくめる。


 眺めているのは遺体だった。赤ん坊から老人まで、毎日この湾に数十体流れ着く。


 隣国から、阿刺伯国に亡命しようと海を渡ってきた人達だ。


 突き出た半島にある阿刺伯国は、陸の国境線を硬く封鎖し、同じ浅黒い肌を持つ隣国の難民の受け入れを拒んでいた。


 阿刺伯国に自由に出入りできるのは欧羅巴人だけで、近隣の浅黒い肌の民族は、海を渡ってやってくるしかない。


 波の静かな湾ならいざ知らず、大海原を渡るには不向きな船しか用意できない亡命者は大抵、大波をかぶり海に投げ出されてしまう。


 そんな危険を冒しても阿刺伯国にやってきたがるのは、戰がないからだ。阿刺伯国以外の国は欧羅巴の国々が侵略を進めていた。もともと民族間の問題も抱えていた隣国各地は泥沼の戰に巻き込まれていた。


 阿刺伯国が、火の手を逃れることができたのは、世界の支配者である英国の庇護下にあるからだ。


 英国は、現在女王が治めていて、莫大な数の軍船を所有している。


 東の果てから西の果てまで所有する植民地を合わせれば、世界の半分が支配下にある。英国民からはグレーマザーと呼ばれ、欧羅巴の隣国からは冷徹な魔女と呼ばれ恐れられていた。自ら戦地に乗り込んで行って指揮を取り、どんな劣勢になっても顔色一つ変えず、最後に必ず勝利をもぎ取るからだ。


 そんな百戦錬磨の英国が、阿刺伯国を庇護しているのだから、手を出そうとする国はどこにもない。


 ウィマが双眼鏡を再び覗き込んで「いい気なもんだぜ。馬鹿みたいに着飾って」と呟く。


「英国?西班牙」


と、フィティが手に持っていた分厚い布を、ミオに押し付けながら聞く。


「英国」


 小舟の舳先に着けられた国旗で判断したのだろう。簡潔に答える。


「さあ、あの小舟がやってくる前にさっさと、布でくるんで死体置き場に持っていくぞ」


 ミオは、押し付けられた布を開き、一体一体くるんでいく。みんな苦しんだのか最後の表情は壮絶だ。


 ミオと同い年位の少年の首に、ペンダントがかかっていた。中には、家族の絵が描かれている。


「もう少しだったのにね」


 戦のない国に上陸できれば、きっと最下層奴隷で『白』の自分よりいい生活が出来たにちがいない。


 黙ってペンダントを見ていると、横から手が入ってきて、ぐいっと鎖が引きちぎられた。フィティがペンダントの中の絵を見て、馬鹿にしたように笑う。


「フィティ。どうかそのままに」


 懐にペンダントを入れようとするフィティに意見すると、当然のように無視された。

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