第20話 相手の決まっていないメスは獲物

境界の街にいる大工の棟梁は兎の半獣人らしい。人間と獣人のハーフに多く二足歩行は獣人と同じだが、体毛も薄く顔も人間に近い。一部しっぽや耳などが獣になっているくらいだ。サイクル王国があった大陸では嫌われる半端者だったが、こちらでは見かけることが多い。

ちなみに、ディーツやアムリなど生粋の人間はこちらの大陸では何かとトラブルになりやすいと聞いたので、ヴィヴィルマにめくらましの魔法をかけてもらっている。初見では人間だと気づかれないとのことだった。


「頼むときはくれぐれも下手に、だ。まあ、嬢ちゃんなら大丈夫だとは思うが。あ、アンタは口を開かない方がいいと思うぞ。とにかく、愛想よくしろ!」


大工を紹介してくれたヨォルの言葉だ。

案内してくれたのは街の東のはずれにある一軒家だった。広い庭には材木が積み上げられている。その横では、職人らしき恰好の女たちが仕事をしていた。

ヨォルが声をかけると、猫耳の女が振り返った。


「よぉ、ジャル。仕事を頼みたいんだが、棟梁はいるか?」

「いると思うわよ。家の中に受付があるから、そっちに声をかけて」


重たそうな材木をひょいと肩に担いだ女性が猫のようなしっぽをふりふりさせながら、にこやかに答えてくれた。

示された家に入ると、受付用のカウンターがすぐに見えた。

座っている女性に声をかけると、彼女はカウンター近くの椅子を示す。


「そちらでお待ちください、棟梁は今応接中ですので―――」

「さっさと帰れ! 誰がテメェの依頼なんぞ受けるか!」


ドガっと音がして扉が壊れるとともに、一人の男が転がり出てきた。身なりの整った中肉中背の男だが、腹の横あたりに蹴られた跡がついている。


「何をするんだ! 俺は客だぞ?!」

「たった今から店とは無関係なクズに成り下がったんだよ、さっさと出た出た!」


兎耳の白い女が、更に蹴りあげて外へと男を転がした。


「二度と来るかぁーっ」


男の遠吠えがこだましたが、女はふんと鼻を鳴らしただけだ。


「あのクズ、嫁に黙って隠し部屋作りたいだなんて何するつもりなんだか…嫁の意見を無視する男なんざクズ以下だ!」

「棟梁、お客様です」

「ああん?  ヨォル? 何がお客さまだ。ヤロウの面なんか拝みたくもねぇ…と、なんて素敵なお嬢さま! ご依頼はなんでしょうか。中でじっくり話しを聞かせていただきましょう」

「相変わらずの男嫌いだな…」


急ににこやかになってディーツの手をとる。口調もがらりと変わって物腰も丁寧になった。白く長い耳がぴんと立っており、赤い瞳を細めて笑いかけてくる。先ほどの場面を見ていなければ、上品な白兎にしか見えない。

顔立ちは人間に近い。ヨォルに聞いていた通り、半獣人なのだろう。先ほど外で作業していた女性も半獣人だ。受付は人間のようだが。

出るとこ出た引き締まった体つきはタンクトップと幅広の長ズボンというラフな格好に包まれている。アムリよりも筋肉質ながっしりとした肉付きは、職人を思わせた。


「いや、あの…」

「ハスキーなお声も素敵ですね、お嬢さま。さ、さ、どうぞお掛けください」

「俺はお嬢さまじゃなくて…」

「お客さまは皆、お嬢さまでございますよ!」



いい笑顔で押し切られてそれ以上、訂正できなくなってしまう。

結局、そのままソファーへと案内され、思わす座ってしまった。

ヨォルとヴィヴィルマは所在なさげに入り口付近に立っている。


「ご依頼は?」

「壊れた家の修繕だろ?」

「テメェには聞いてないんだよ、黙ってろ!」

「へーへー」


慣れているのか小さく肩を竦めてヨォルが黙る。

ディーツは気を取り直して、兎に向き直った。


「半壊した城を直すことってできるか?」

「城ですか…もしや、かつての王城ですか?」


こくりと頷くと、兎は目をまん丸に見開いた。


「では聖女を倒してくれたのは貴女ですか? だから、ヨォルが一緒に来たのか…」

「一応、そうなるか」

「あの魔族にはうちの者も何人か犠牲になりました。ありがとうございます。恩人の依頼ならばぜひ引き受けたいところですが、何しろここは大陸の端で。建材を手に入れるだけでも高額になるんです」

「すぐそこに森があるだろ」

「暗闇の森の木はロックウッドと呼ばれているほど硬いんです。一度根から切り離せば加工できないこともないんですが、生えているのを切り倒すのは不可能と言われています。国があった頃は魔法で切り倒していたようですが、今ではその技術も失われてしまいました。ですから、あそこはいつまでも整備されない獣道ばかりなんですよ」

「その木があれば城は直せるんだな」

「ええ、あれは私の先祖が造った城ですから。設計図からきちんと残っていますしね。材料さえあればなんとかできますが…」

「よし。じゃあ、一度見に来て、どれくらいの費用がかかるのか出してくれないか?」

「もしや、木を切る技術をお持ちですか! 失われた魔法が使えると?」


身を乗り出した兎に、あっさりと首を振る。


「そんな魔法は知らない。ヴィヴィは知ってるか?」

「我も知らぬ。そもそもそんな木の話すら聞いたことがない」

「そうですか。ところで、先ほどから気になっていたのですが、お嬢さまについていらっしゃる方は、どういう関係の方です?」

「ねぇちゃんのダンナだ」

「はあ、なるほど。安心いたしました。しかし、魔法以外に木を切る心当たりがあるご様子。大変興味深いですね。では、見積もりをださせていただきますので、明日伺わせて―――」

「今すぐ頼む」


ディーツの言葉にヴィヴィルマが転移魔法を展開した。

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