閑話 羊の悪夢(ワルツ視点)

ゴゴゴという地響きとともに土砂が流れ込んできた。最前列を走っていた幾人かは巻き込まれただろう。神兵は神より賜った力、法術が使えるため死ぬことはないだろうが抜け出すには時間がかかりそうだ。


後方にいたワルツは横にいる隊長を見やった。彼はポカンと突如現れた壁を見つめている。

サラン平原が半分に割れて崩れてくるなど想像もつかない事態だ。神の怒りだと説明されても納得してしまう。一体何が起きているというのか。信じられないと言いたげな隊長の顔が如実に物語っている。


「お、おい、あそこに誰かいるぞ!」


崩れた崖の上、土煙の向こうに確かに人影が見えた。目を凝らすと頭のあたりにぼんやりと角の影が揺らめく。


「ひ、羊?!」

「確かに羊だな」

「なんで羊?」


遠くまで見渡せるように視界がクリアになると甲冑を着た二足歩行の羊がいた。

放牧地でのんびりと草を歯む姿からはかけ離れた異様な雰囲気を纏っている。

さぞ名のある魔族なのだろう。威圧感が凄まじい。離れているというのに今すぐに逃げ出したい。

この心の底から這いあがるような恐怖はなんだ?

茫然としていると、低い笑い声が響き渡った。


「わはハはハハっ! 我ハ偉大な王ヨり城塞都市を任さレタ、トリザリウミュだ。愚カな、人間どもヨ、刮目せヨ」


羊がぬっと後ろ手を前に出す。黒髪の人間の頭だ。まさか、と数人が息を飲んだ。だがサイクル王国で黒髪は珍しい。

今まで疾風迅雷を得意としていた勇者が一週間以上もかかっても王都に戻らない時点でおかしいと思うべきだったのだ。


「お前タちの希望ノ勇者はこノトおり我が討チ取ッた! さラに我ニ挑むノナラばいツデも受ケルぞぉォぉ」


歴史上最強の名を欲しいままにしていた勇者が、打倒魔王に一番近いと言われていた彼が、まさか殺されていただなんて。


背中につうっと流れる汗がひどく冷たい。恐怖がジワジワと全身を包む。


「た、退却だ! 王と神官長に報告するぞ!」


隊長は叫ぶと同時に馬の向きを変えて走り出した。慌てて数人が後に続く。ワルツも隊長の背中を追いかけながら、焦燥に駆られていた。

勇者へ捕縛の知らせに走ったクロームは大丈夫だろうか。ただひたすらに親友の無事を祈るのだった。

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