第十四章

 轟音と共に隔壁が粉砕され、大穴が穿たれる。部屋の内部に向かって粉塵と瓦礫が飛び散り、先ほどまで不可侵領域たる聖域の雰囲気を保っていた、方舟のコントロールルームは騒然とした。

 破口から次々とル・アのクローンが部屋になだれ込み、周囲を確保していく。


「来たか」


 巨大な方舟の立体映像が浮かぶ部屋の中心部で、ソミカはひび割れた体を軋ませながら破口を見やった。


「ソミカ!」


 前方に展開したクローンをかき分け、ティウが前に出てくる。


「遅かったな、白のティウ。……随分と賑やかだが」


 ソミカは微笑んだ。対して、ティウは狼狽えた。ソミカの両手が血に染まっており、彼の背後には地球人の死体が積み上げられていたのだ。


「何をしている!」

「見て分からないのか? まぁ良い。ちょっと見ていろ」


 ソミカは立体映像装置へと駆け寄った。方舟の映像の周りに、大小様々な大きさの赤色の立体が飛び交っている。協会の小型艇と、軌道上から降りて来た駆逐艦だ。


「ホラぁ!」


 ソミカはかけ声を上げ、赤い駆逐艦の映像に向かって拳を振り上げた。同時に駆逐艦が二重の円によってマーキングされると、船体が真っ二つに折れて墜落していった。


「見たか! 白のティウ!」


 ティウは唖然としていた。ソミカが何をやったのかは分からなかった。だが、何か大きな物を、身振りだけで破壊したのだけは直感できた。


「それ!」


 ソミカは画面を払うように手をかざした。それに合わせ、飛び交う赤い小型艇がひとまとめにされ、爆発四散した。


「やめろ!」


 ティウが叫んだ。ソミカは意外に思ったようで、手を止めた。


「何を言っているんだ白のティウ。地球人だぞ? 殺さずに……どうするんだ」

「命である事にはかわりはない!」


 部屋中に鈍い震動が響いた。映像装置の端から、先の駆逐艦の六倍ほどの大きさを持つ戦闘艦が現れた。


「……奴らは闘争による決着を望んでいる」


 ソミカは再び、撃沈の身振りをした。戦艦の尾部がもぎ取られ、火を噴いて退場していく。しぶとさは流石の戦艦らしかったが、それまでだった。


「降りかかる暴力に立ち向かうには暴力しかないだろう」

「気が合うね」


 リョーがクローンをかき分け、ティウの後ろにまで出てきた。するとソミカは、リョーの姿を見て目を剥いた。


「貴様……! 同胞の体の一部を宿しているなッ!」


 リョーは肩をすくめた。


「俺だって好きでこうなってんじゃねぇ」

「白のティウ! 地球人につく気か!」

「この地球人は私の操り人形だ」


 聞いていたリョーは舌打ちした。


「ソミカ。地球人が同胞の一部を体に宿すことで、木偶に出来るのは分かっていただろう。深層心理に働きかけ、無意識をコントロールして徐々に排斥していけば良いと、合意しただろう!」

「ぬるい!」


 ソミカが怒鳴った。口角の周りの樹皮がバキバキと割れ、破片が床に散らばった。


「この戦士達を見ろ」


 ソミカがそう言うと、コントロールの暗がりから何十という異形体が現れた。


「皆、私の意のままに動く。この舟の力だ。私が吼えろと望めば吼え、殺せと望めば殺す。恐れもためらいもない。今までの我々には無かった力だ!」

「まさか……」


 ティウは呟くように言った。そして確かめた。


「みんなを……。みんなをこんな姿にしたのは……」

「戦士にしてやったのだ」


 誇らしげに言うソミカを見て、ティウは言葉を失った。


「……き……っ」

「うん?」

「……貴様ァァッ!」


 ティウは叫び、ソミカに向かって駆け出した。堅く握ることになれない右手で拳を作り、殴りかかる。それに対してソミカは右手の裏で、彼女の右頬をなぎ払った。

 短い悲鳴を上げ、ティウは床に吹っ飛ばされて転げた。


「慣れんことをするな。小娘」


 ソミカは大上段から言い放った。ティウは痛みに呻きながらも起き上がり、涙をはらんだ目でにらみ返し、負けじと言い返す。


「それでも長老か! 長老は皆の和を取り持つために在る! 私が長老になったとき、最初に教わったことだ! そんなことも忘れたのか!」

「戦士は皆、私の下に団結している。立派な和だ」

「怨嗟と怒りと殺戮の衝動だけの、有象無象だ! 地球人のほうが、よほどマシだ!」

「……貴様、地球人にほだされたか」

「なめるなソミカ! 貴様こそ、こんな人知を越えた石の舟を手に入れて、思い上がっているじゃないか!」


 ティウとソミカが舌戦を交わす。


「……これを見ても、思い上がりと言えるか」


 ソミカは立体映像装置に向き直り、両膝をついて瞑目し、祈りだした。


「かぁーっ!」


 薄暗いコントロールルームにソミカの喝が響く。

 突然のことに、ティウもリョーも呆気にとられた。


『ハイブよりオリジンへ』


 ル・アの無線が鳴った。


「こちらオリジン。どうした」

『惑星近傍の宇宙空間で空間変動を探知』

「何?」

『情報更新。異空間より小天体が出現。推定直径は二千四百キロメートル』


 無線が聞こえていたリョーが、自分の耳の確かさを疑って尋ねた。


「星が出てきたって? どこから?」

「空間の亀裂からだ。オリジンよりハイブへ。ハイブの隠蔽は破られていないな?」

『依然として潜伏中』

「スードゥの影へ移動しろ。その天体が何なのか判然としない以上、近づくな」

『了解』


 立体映像が切り替わる。先ほどまでは方舟周辺を映していたが、新たな映像はスードゥと、その近傍にぷかりと浮かぶ小惑星を映した。その映像のほうにも、赤い大小の艦艇が見えた。協会の宇宙艦隊らしかった。


「見ていろ。白のティウ」


 ソミカはもうティウのことを見なかった。目の前の映像でこれから始まる何かに釘付けになっていた。


 その蛮行を止めようとティウは再度駆け出そうとしたが、二歩と歩み出さぬ間に、目前に現れた異形体の集団に遮られた。


『――ハイブよりオリジンへ。正体不明の天体より、エネルギー収束反応を探知』


 ル・アの無線の入電と同時に、協会の艦隊が赤い光を放って霧散していく。


『天体はクラス八の収束エネルギービームを発射。艦隊は全滅の模様』

「…………」


 余りのことに、皆、押し黙った。ソミカは絶頂に、ティウは恐怖に、ル・アは危害要因の出現に、それぞれ言葉を失った。その中で、誰かがわざとらしく鼻で笑った。


「ガキと変わんねぇ」


 呆れたように言い放ったリョーを、ソミカは振り返り、睨み付けた。


「……この大義が、下等な地球人には理解できんらしい」

「下等な地球人にもわかるわ。要するに欲求不満のガキが、欲求不満を解消できるオモチャを手に入れたってことじゃねぇか」

「口をつぐめ地球人。そうすれば楽に殺してやる」

「俺は別にお前とやり合うつもりは毛頭無いんだけどな」


 リョーはヘラヘラと笑い、ソミカを挑発した。


「死ね」


 ソミカの号令で異形体達は一斉に動き出した。


「撃てッ!」


 ル・アの部隊が反応射撃と、ビームナイフでの白兵戦を開始する。二重の円陣の外側ではナイフの青い帯がしなり、内側は射撃による援護を行う。

 円陣の中にティウが駆け込んでくる。一応の安全を確保したところで、彼女はソミカを探した。


「ソミカ!」


 ソミカは昇降チューブへ向かっていた。


「リョー! ソミカを撃て!」


 ティウがリョーに命令する。


「お前のお仲間だろ。血迷ったかよ」

「……もはや仲間ではない」


 ティウはクローンによって次々と倒される異形体達の亡骸を見つつ、呟いた。


「ソミカを殺せば、命令で動いている皆も動かなくなるはずだ……」


 ティウは、元に戻るとは言わなかった。

 リョーの答えが出るのに、さほど時間はかからなかった。一弾で終われば、これほど簡単な事は無い。彼はスコープを覗き込み、背中を見せてヨタヨタを走るソミカの頭を狙った。


 乾いた発砲音が一発響く。だがソミカは止まらなかった。何体かの異形体が弾道の前に体を投げ出し、ソミカを守ったのだった。狙撃に気づいたソミカは、近くの操作卓に隠れてしまった。


「クソが!」


 その様子を見ていたル・アが声をかけてきた。


「リョー。何名かお前に付ける。あの長老に接近し、確実に仕留めてこい」

「……ったく、面倒くせぇなぁもぉ……!」


 リョーは直ちに集合したクローン五名と共に、円陣から打って出ようとした。

 異形体達が湧いて出てくる暗がりの奥から、野太い咆哮が聞こえてきた。異形体の、木の洞を風が通り抜けるような声を、さらに大きくしたような声。


「なんか居るぞオイ」


 暗がりから声の主が姿を現した。身の丈四メートルの木の巨人だった。短い四本の足を交互に動かして移動している。樽のような胴体に杵のように先端が肥大した腕が付き、振りかざしてリョー達を威嚇してくる。体躯の頂部に頭はなく、目らしき物も見当たらない。


「総員散開!」


 ル・アの号令と共に円陣が解かれる。巨人はうなり声を上げてリョー達のほうへ突進してくる。


「クソッ! まるで戦車じゃねぇか」


 何体かのクローンがビームナイフを試すが、余りもにも太い足や腕を切り落とすことが出来ない。小銃弾は当然のように効き目がないようだった。


 リョーはティウを小脇に抱えて駆けずり回った。触れられることに対してティウは露骨に嫌がったが、状況の深刻さを飲み込んでからは静かになった。

 リョーは操作卓の一つに隠れるル・アの近くに駆け込んだ。


「オイ! 対戦車武器は!」

「ラウイが持っている」

「早く使わせろ!」

「使えるのは私だけだ。持ってくるよう、ここへ呼んでいる」

「いやあっ!」


 リョーはティウの悲鳴を聞いて、即座に反応した。間近に迫った異形体をライフルの連射で押し返す。


「あの天体兵器はなんなんだよ」

「この方舟と同じく、プリカーサーの遺物だ。おそらく」

「ふん。そいつら、よほど戦争が好きなんだな」

「兵器ではない」


 ル・アは左手のホログラムディスプレイに表示されたデータを見て言った。


「じゃあなんなんだよ」

「ハイブによる最新スキャンによれば、どうやら土木機械のようだ。用が済んだから、異空間へ廃棄されたのだろう」

「……お前、あれがショベルカーとかダンプに見えるか?」

「天体の造成を行う機械だ。だから規模も大きく、工作ビームの出力も巨大だ」

「フン。それで? どうする」

「例え土木機械でも、我々が知りうる限りの文明では対抗できないことは明白だ。その制御が、あのような長老の手に渡った。危険だ」

「「同感だ」」


 リョーとティウが異口同音に答えた。リョーは忌々しそうな表情を作った。


「制御を奪取し、協会の手にも渡らないよう自爆させ、破壊するしか無い」

「破壊は……」


 ティウは言いかけたが、言い切らなかった。この状況で望みを振りかざすことの馬鹿馬鹿しさに気づいてしまったようだった。


「破壊する」


 ル・アは確かめるように言った。そして続けた。


「あの長老を追え。今度は仕留めろ」

「お前はどうする」


 リョーがそう言ったところで、ラウイチームがやってきた。十人ほどが、背中に大荷物を背負っている。


「ここでアレを止める」


 ラウイのクローン達は大荷物を組み立て始めた。次第にそれは巨大な人型を見せていった。足は太く、猛禽類のような構造で、両腕には白銀に光る鋭い爪が三本備わっている。頭部は蛇かクロコダイルのようなのっぺりとした流線型をしており、アンテナの代わりをする角が二本、後方へ流れていた。


 木の巨人は、その見た目に反していち早く脅威の出現を察知した。四つの足がドロドロと床を踏みならし、ル・アのバトルスーツに向かって突進してくる。

 ル・アはバトルスーツの胴体背部に開いているハッチに飛び込んだ。間接に仕込まれたサーボモーターが唸り、先ほどまでうなだれていた機械の巨体に命の火が入った。


 力任せに突っ込んでくる巨人に対し、ル・アは腕力勝負を挑まなかった。頭部の口が大きく開かれ、チャージ音が響く。次の瞬間には青白い閃光がほとばしり、前方を広く焼いた。


 突然の熱に、巨人は狼狽えた。咆哮か、あるいは叫び声か。体表に着いた火を消そうともがいている。

 ル・アがバトルスーツを着込んだことで、クローン達の士気は否が応でも昂ぶった。いくつかの集団は声を上げている。


『リョー、行け!』


 身の丈三メートルの機械の怪物が喋る。

 リョーはソミカが消えていった昇降チューブを目指した。それをティウが追いかける。


 リョーは周りで戦うクローンを二、三人連れて行きたいところではあったが、とてもそんな余裕のある状況では無かった。

 リョーの意図を読んだ木の巨人が回り込もうとする。が、それよりも速い動作でル・アが回り込む。


『お前は私の獲物だ。――遊ばせろ』


 同行が出来ない分、クローン達の援護射撃は激しかった。それでも血路を開くのは容易ではなかった。チューブにたどり着くまでに四回マガジンを交換した。後ろから着いてくるティウが亡骸に足を取られて転んでいるのを援護するのに、さらに二つのマガジンを使った。


 ガラスのように透明なチューブの中に、半透明でカプセル型のゴンドラが浮いている。エレベーターのようにも見える。ドア枠の左端に白いパネルがあり、黄色の記号が二つ、上下を向いていた。


「これか?」


 リョーが下向きの記号を触ると、カプセルのドアは閉まり、喧噪が上へと遠ざかった。


「なんでテメェまで着いてきてんだ」


 リョーは隣で佇むティウを睨んだ。


「……見届けたい」

「ああ?」

「お前の言う、この星の終わりを見届けたい」

「それ以前に、お前が死んだら俺も死ぬんだぞ」

「……私が全てを見られるよう、守れ」


 リョーは舌打ちをしたが、それ以上なにも言わなかった。

 カプセルの扉が前触れも無く開いた。リョーはライフルを構えていたが、待ち構える異形体は居なかった。


 二人はソロソロと前進した。天井は低いが広いホールだった。巨大な機械が通路の足元で低いノイズを放っている。


「見たところ、動力部だな」


 リョーはライフルのフラッシュライトを点灯した。スイッチを触ったとき、彼はライフルの銃身がかなり熱をもっていることに気づいた。この星にたどり着いてから戦闘が連続している上、先ほど血路を開くのにも連続射撃を多用した。バレルにもダメージが蓄積しているに違いない。

 通路の先には立方体の小さな部屋がぽつんと存在していた。動力の制御室らしかった。


「あそこにいる」


 ティウがリョーの後ろから指さす。

 残り百メートルほどまで近づいたところで、建物の下から二体の異形体が現れ、リョー達のほうへ向かってきた。


「おいでなすった」


 ライフルが火を噴く。リョーは二射で仕留めたが、舌打ちをした。異形体に開いた風穴が真円ではなく、鍵穴のように縦長だったのだ。


「どうした」


 ティウが尋ねてくる。


「弾が横転してやがる。完全にバレルがおシャカになったな」

「もう撃てないのか」

「フン。命中率がゴミになっただけだ」


 リョーは足のナイフを抜き、ライフルの先端に装着した。

 建物にさらに近づくと、入り口からソミカの背中がチラと見えた。


「ソミカ!」


 ティウが声をかけると、ソミカは逃げ出すように物陰に隠れた。それに彼女は釣られてしまった。


「オイ待てッ!」


 リョーの警告も虚しく、ティウは無警戒に部屋へ踏み込んでしまった。

 木が爆ぜるような音がティウの右側から響き、彼女の上体に激突した。鉄骨のように太く重い、木の根っこのような物が、ティウの体を部屋の壁に跳ね飛ばした。


 反射的に助けようと駆け込んだリョーだったが、急激な視野の狭窄に陥った。同時に呼吸が詰まり、足がもつれて部屋の中に転がり落ちた。彼は部屋の床で這いつくばり、立ち上がらなかった。


 リョーは混濁する意識の中で、壁にもたれるティウを見つけた。彼女が叩きつけられた壁には琥珀色の血液が飛び散り、彼女自身も口から血を噴いてうなだれている。上体の、木の根のトラップが激突したところは内出血を起こしているように黒くなり、完全に人事不省の様子だった。


 もう、だめだ。


 息をするたびに口から液体がこみ上げ、呼吸を邪魔する。感覚が狂っていなければ、失禁もしている。

 リョーは薄れゆく意識の中で毒づいた。素人なんかと行動するからこうなる、と。

 悔しかった。自分はただ、妹の招待を快く受けて、親友と共に祝ってやりたかっただけだったのに。それが、全て水の泡になった。


 リョーはまだ動く目の筋肉を総動員した。縮瞳によって極端に狭くなった視界に、シガレットケースからぶちまけられたタバコと、バレルがボロボロになったライフルの銃口が入ってきた。


 右手が震える。自分の物では無いかのようにコントロールが効かない。やっとの事で指先をタバコに触れると、それをコロコロと転がし、銃口まで近づけた。銃口はタバコを焦がすほどに熱く焼けていた。


 リョーは自分の幸運さを笑った。それと共に、自分のわがままを最後まで黙って聞いてくれた、長い付き合いのライフルに別れを呟いた。


「あばよ」


 タバコが再度転がり、這いつくばるリョーの口元に届いた。



 トラップに予想以上の効果があった事に驚いたのはリョーだけではなかった。仕掛けた張本人であるソミカも、大きな収穫に驚き、満足していた。


「フ、フフ……。他愛も無い」


 ソミカはゆっくりとティウに近づいた。


「バカな小娘だ。見所があったのに」

「……ゴフッ! ゲフッ! ゲフッ……」


 ソミカの眼下で、ティウが自分の血に咽せた。まだ息があるのだ。


「しぶといな」

「……お……まえは……みちを……たがえた……」


 ティウが喋る度に、その口から血が溢れる。


「違う。お前がぬるいだけだ」

「むくいを……うけ……ろ……!」

「私は全てを支配している。誰が報うというのだ」


 直後、破裂音と共に、ソミカは胸に熱痛を感じた。


「…………!」


 ソミカの胸に開いた穴から、血が湧き出す。彼はその傷痕を圧迫するように手をあてがい、ヨロヨロと背後を振り返った。

 リョーが紫煙をくゆらせ、ハンドガンを構えていた。


「――ツメが甘いんだよ。三下ァ……」

「……くっ! ぐぁぁぁあああ!」


 ソミカの断末魔に被せるように、リョーのハンドガンが全力を発揮した。ほぼフルオートで放たれた銃弾は十五発。全弾がソミカの頭部を襲い、首から上を完全に吹き飛ばした。生命活動を継続できなくなったソミカの体はその場に倒れた。


 リョーは満足そうに、鼻からタバコの煙を噴き出すと、しっかりした足取りでティウに近づいた。


「オイ」


 それ以上は何も言えなかった。素人目から見ても、ティウがまだ意識を保っているのが信じられなかった。


「おまえ……なん……で……ゲフッ! いきて……いる……」

「知るかよ。お前がまだ死んでないからじゃねーか?」

「それは……ゲホゲホ! ……ない。おまえの……あ……たまの……しかけは……うごいている……」

「そうかよ。でも俺はこの通りピンピンしてる。リコールに出しとけ」


 建物が微震した。

 リョーは部屋の中央にある操作卓に触れてみた。小さな立体映像だったが、状況を知るには十分な情報が視覚化されていた。


「おいおいおい……! ヤベェぞこれ!」


 ソミカが死んだことで、自我を失った異形体達は完全に抜け殻になってしまった。つまり、未だに大攻勢をかけている協会側に戦況が傾いたのだ。リョーにとって協会が方舟を手に入れるのはどうでも良い事件だったが、脱出が出来なくなるのは避けたかった。だが、異形体達の穴を埋める戦力が無かった。


「……りょー……」

「ああ?」

「わた……しを……はこべ……」


 危険な状態のティウを動かしたくは無かった。だが、彼女に考えがあるようだった。


「このふねは……わたしたちを……かんげい……ゲホッ! ……してくれている」

「そうかよ」

「わたしが……ここで……このふねを……あやつる……」

「そうかい。虫の息でか? 何分? 何秒か?」

「はこべ……」


 リョーはティウの言うとおり、彼女を運んだ。中央の操作卓に下ろすと、血が操作卓を這った。


「このつくえと……いったいかする……」

「……お前、生き物だろ?」

「ふねが……かんげいしてくれる……」


 そう呟くと、ティウの乱れた髪が蔦へと変化した。広がった血は凝固して琥珀となり、ティウの体を固定した。足先や指先が操作卓に食い込んでいく。


「……さっきおもいついた……。わたしがこの舟を操り、この舟から、あの星のような遺物を操り、この星を未来永劫に守る」


 機械との融合が進むことで、ティウの状態は徐々に安定に向かっているようだった。だがそれと共に、移動の自由が目に見えて失われていった。


「……お前がこの舟と宇宙土木機械を使って、そこの三下みたいな事をしない保証はあんのか」


 リョーは吸い殻をソミカの亡骸に向かって投げつけた。


「信じろ……としか、言えない」

「…………」

「もし不安なら、今ここで私を殺せば良い」


 リョーは逡巡した。そして床に転がったシガレットケースを拾い上げ、タバコに火を付けると、言った。


「これから脱出しねぇとならねぇのに、弾の無駄遣いはできねぇ」


 素直ではない返答に、ティウは初めて微笑んだ。すると、蔦がリョーを囲んだ。


「動くな……」


 蔦の先に一輪の蕾が出来ると、それは直ちに開花し、光る花粉のようなものを放った。リョーは思わずそれを吸い込んでしまった。


「頭の仕掛けを解いた」


 役目を終えた蔦は一瞬で朽ち果てた。


「……もうそろそろ声が出せなくなる……」


 リョーはため息をついた。


「お別れか」

「……巻き込んで、すまなかった」


 それがティウの最後の謝罪の言葉だった。


「フン」


 リョーは古女房のライフルを拾い上げ、出口へと向かった。


「あばよ」


 部屋にタールの匂いだけが残された。その匂いを、ティウはこの先永遠に忘れなかった。

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