第33章

ライは部屋を出ると3階の絹代達が使っていた部屋へ行き、何か異常が無いかを確認した。

自分が触ったドアノブをタオルで拭きながら部屋を出ると、そのまま屋上へ向かった。


屋上の扉を開けると、持っていたタオルを扉に挟んだ。


ライはビニール手袋を脱いでポケットにしまい、代わりに持っていた革の手袋を付けた。

そして1階に降りると、フロントの機械でチェックアウトを済ませた。


ホテルを出る時、後ろから女性スタッフの【ありがとうございました〜】の声が聞こえた。


ライはホテルの横にある古びたマンションの敷地内に入ると、非常階段へ向かった。


非常階段には防犯カメラがある。死角から近づき、カメラを壊した。


冬の夕方、辺りは薄暗く、身を隠すのにちょうど良かった。


ライは非常階段から屋上へ行き、隣のホテルの屋上へ飛び移った。


手摺を掴んでホテルの屋上へ這い上がり、先程開けておいた扉から中へ入る。


そして5階の部屋へと戻った。

父親はもうグッタリとしている。


ライは部屋のテレビを付けて少し音を大きくした。


ライは父親の方を向くと腹を蹴りあげた。


父親が呻く。


ライは口に突っ込んであったタオルを外すと、


「なぜ殺したんだ。」


と聞いた。


父親は苦しそうに


「つい、カッとして。お前…絹代をどうするんだ」


と答えた。


ライはため息をついた。コレが絹代の父親なのか。絹代は父親に殺されてしまった。激しい喪失感が襲ってくる。


もうこのまま父親も殺して、姿を消すか。そう思っていると、ライは絹代と最後にした会話を思い出した。


絹代はこの仕事を両親には内緒にしておきたい。と言っていた。

身辺調査も嫌だと言っていた。


このまま絹代と父親が行方不明になれば警察が捜査をして、絹代のバイトの事が世間にバレるだろう。


父親が出頭すれば、子供を殺した親としてセンセーショナルに取り扱われ、絹代の死後がより汚される。

マスコミはうるさい。


ライは考えていた。

絹代の心をこれ以上汚したく無い。

でも遺体はなるべく早く発見してもらいたい。

どこか見つかりやすい所に移動させなくてはならない。

ここはダメだ。絹代のバイトがバレる。


身辺調査を難しくさせるには身元を隠さなくてはならない。


これは難儀だ。


あの会話が、絹代の遺書のように思えて来た。


ライは決心した。


絹代の意思を尊重してあげたい。


その為ならなんでもする。



ライはもう一度、父親の口にタオルを突っ込むとティッシュで両耳を塞ぎ、枕からカバーを外して父親の目を隠した。


部屋の空調を切って、窓を開けた。

備え付けの空気清浄機を最大に設定すると、落ちていたカードキーを拾ってバスルームに向かった。


ライは革の手袋をビニール手袋に付け替え、洗面所でカードキーを洗うとタオルで拭き、コートの胸ポケットにしまった。


雨合羽を着ると、絹代が身につけている物を丁寧に脱がし全裸にする。絹代の身体は弛緩して柔らかく体勢が定まらない。


顔と首はうっ血している。顔を覆っていたビニール袋を外し、絹代の苦しみに歪んだ顔を出来るだけ整えた。


絹代の長い髪を備え付けのヘアバンドで纏める。

口からの排泄物流出があると作業が増える為、ビニール袋に入れた枕をバスタブの中の絹代の背中に当てて、顔を上向きにした。


排泄物で絹代の身体が汚れない様に、バスタブに少しずつ水を流し、そのまま排水溝に流れ出るようにしてから先程の詰め物を外した。

生理用ナプキンはその場のサニタリーボックスに捨てた。


そして、手の爪の間に皮膚片が残って居ないかチェックし、異物を綺麗に取り除いていく。


絹代の身体に死斑が現れ始めた。関節の硬直まで約90分といったところか。


ライは雨合羽を脱いでから手袋を付け替え、部屋を出るとホテルの屋上からマンションの屋上に飛び移り、非常階段を降りて外に出た。

近くのガソリンスタンドでシェアカーを借りた後、日用品の取り扱いのある店へ向かった。


途中、田山から連絡があった。

【春花が待ち合わせ場所に来ない。】と言っている。


ライは【予定通り待ち合わせ場所に向かったのを確認した。】と伝えた。

【客からもクレームなどは無い。自分も辺りを探してみる。】とだけ伝えておいた。


店に着くと、ゴミ袋、布団圧縮袋、ロープ、ガムテープ、大きめの段ボール箱、漂白剤、ライター、ペンチ、野球帽を買った。途中のコンビニで宅配伝票をもらい、外に置いてあった台車を盗んでから、マンション近くの駐車場にシェアカーを停めた。


マンションへ行くと、段ボール箱とガムテープと台車をマンションの屋上に隠し、ホテルの部屋へ戻った。


ライは自分の髪が落ちて絹代の身体に付着しないように、野球帽を被ってから、バスタブに流れる水を停めた。

おおかたの排泄物が排出されたらしい。ライは再び雨合羽とビニール手袋を着けると作業に取り掛かる。


絹代の背中に当てていた枕を外し、身体に着いた排泄物をキレイに洗い流して行く。


そして、シャワーキャップでバスルームの火災報知機にカバーをし、ライターを使って手の指紋を溶かしていく。チリチリと皮膚がただれる程度で充分だ。

その後、ペンチで歯を抜いて、ビニール袋の中に入れた。


バスルームの火災報知器からシャワーキャップを外した後、纏めていた髪を解いた。さらりと解ける髪はやはり美しく、ライの心に何とも表現し難い感情が流れた。


ライはバスルームの前の廊下に布団圧縮袋を広げると、絹代の身体をバスタブから抱き上げ、袋の中に入れた。髪の毛や服の繊維が着いて居ないかを確かめた後、空気を抜きながら袋の口を閉めていく。

ベッドのシーツを剥がすと袋に入った絹代の身体を包み、買ってきたロープで縛って固定した。


ライはバスタブに漂白剤を満遍なく流し掛けた。

雨合羽を脱ぎ、ビニール手袋を革手袋に付け替える。


そろそろタイムリミットだ。

ライは絹代の身体を肩に担いだ。

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