第3章 身元判明

遺体発見から3ヶ月を過ぎて春が近づく頃、少し離れた署から連絡があった。


若い女性の身元不明遺体を確認したいという人がいるが、紹介して良いか?


といった内容だった。

詳細を聞くと、失踪人を探している婦人が、【若い女性なら遺体になっていてもいいから確認したい。】との事だった。


珍しいな、と思った。

失踪人でも若い女性だと、生きている事を前提として探すので、【遺体になっていてもいい】とは普通言わない。

何か前兆があったという事なのか…。


婦人は次の日に来た。

静かな雰囲気で品の良さが感じられた。


資料を選んでいると婦人が、

「右足首の内側の写真はありますか?」

と聞いて来た。


かろうじて写っているものがあった。検死の時に撮ったものだ。

「どうですかね?」

と見せると


「これじゃ小さくて。」

と婦人が言う。


「拡大してみましょう。」

カチカチとマウスのクリック音が小さく鳴る。


すると、婦人が

「もう少し右に、そこを大きく見れますか?」


くるぶしの辺りだった。ホクロがあるのが分かる。

キレイに三つ、直線に並んでいる。


婦人がワナワナと震えだした。



「娘です。」



声とは言えない、かすれた息遣いのような言い方だった。



DNA鑑定の結果、確かにこの婦人の娘だと言うことが分かった。



事件が動く。



被害者の名前は

賀原絹代かはら きぬよ、21歳。

かろうじて都内という場所にある大学に通う3年生だった。


まずは先輩と二人で、被害者のアパートに向かった。


規模は小さく、築20年くらいだろうか。

大家は鍵を開けながら

「ホント、事故物件にならなくて良かったよ。」

と言った。


先輩は

「まぁそうですよねぇ。」

なんて相手をしながら鍵を受け取り

「終わったら返しに行きますんで。じゃ。」

と早急に帰って欲しいオーラを出していた。


大家が部屋を離れると靴の上からビニールカバーを着けて部屋に入る。

「鑑識が来るから触るなよ」

先輩はそういいながら部屋を見回す。


程なく二人の鑑識が到着し、部屋の中の写真を撮り始めた。もう一人は写真を撮った所から指紋を採取し始める。


写真を撮り終えると髪の毛の採取や床に残った痕跡を隈なく探して行く。


鑑識からオッケーが出た部分から自分たちの仕事が始まる。


先輩からの指示は財布と携帯を探す事だった。

殺風景な部屋だった。

とにかくモノが無い。


ベッド、タンス、机、教科書。

小さなキッチンには小型冷蔵庫と電子レンジ、炊飯器。

パッと目につくのはそんな物くらいだ。


21歳の女の子が持っていそうなアクセサリーや化粧品などは見当たらない。

バッグも無い。


携帯や財布はどこにあるのか。


自分はタンスの引き出しを開けた。一番上の段には何セットかの下着が入っていた。その時自分は何故か

【あぁ、なんだ普通の若い女の子じゃないか】

と安堵した気持ちになった。

赤や青、紫のそれは殺風景な部屋に咲いた花のようだった。



「え?そんな下着着けてたの?なんか服の趣味とヤケに違うじゃん。妙にそそるなぁ。そう思わん?まぁお前に聞いても知らんよな。」


覗き込んだ先輩にそう言われて、備え付けのクローゼットに掛けられた服に目をやると、そこには白やベージュ、黒、紺、グレーといった落ち着いた色合いの服ばかりが並んでいた。


確かに、下着の趣味だけ人が変わったような感じだ。


部屋には住んでいるその人の、が見て取れる。

趣味もそうだし、片付け方ひとつで性格も出る。


彼女の部屋は非常に整頓された美しい部屋だったが、生活感があまりなく色も少ない。


その中で華やかな下着だけが異彩を放っていた。


下着が入っていた引き出しを閉めたとき微かに


【チリリン。】


と音がした。何の音だろうと下着を掻き分けると小さな鈴が付いた鍵が出てきた。しかも何処かのコインロッカーの鍵の様だ。番号がある。


コインロッカーのタグとは別に鈴を付けてあるなんて、特別な物を保管しているのだろうか?


コインロッカーの場所を確定しなくては。そこに必ず彼女の何か大切なものが入っている。


結局、財布も携帯も出てこなかった。

殺された現場もここでは無いようだ。


この部屋は事故物件にならずに済んだ。

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