第一章 若き『探求者』達

第一章(01) 『探求者』の一人として

 アークはカノフと共に『探求者』専用の発着場に降り立った。目を閉じるのと同じように翼を畳めば、背負った箱に収納されるかのごとく、翼は消えていく。

 こうなれば、ただの人となんら変わりない。しかしこの背負った箱『叡智の書』こそが『探求者』の証の一つであり、胸元にある『探求者』章も証の一つだ。着ている青いジャケットも証の一つと言えるだろう、『探求者』協会から支給される、特別なものなのだから。

 発着場には、アークやカノフと同じような姿をした者が多い――全員『探求者』だ。ここへ帰って来る者もいれば、大空へ飛び立つ者もいる。

 発着場を出た先、街中にも『探求者』の姿は多い。街中で翼を広げるのは禁止されているため皆翼を畳んでいるが、どこを見ても『叡智の書』を背負った姿が見える。それも当たり前で、ここ『第三の島』は『探求者』の島だ。島の中央には、巨大な建物がそびえ立っている――『探求者』協会本部。それを目指して、アークとカノフは街道を進んでいく。

 街道にある店はどれも賑わっていた。普通の店もあれば、この『第三の島』ならではの店も多い。果物屋を見れば『探求者』が島で見つけ、栽培に成功したという、新しい果物を売っている。その隣にあるのは海にある唯一の島、つまり『錨の島』では何ら珍しくない魚屋があるが、ここ『第三の島』ではなかなか魚は手に入らない。それ故にここも賑わっている。また『第三の島』は技術の最先端をいく島でもあり、同時に流行の最先端もゆく島であるため、いま流行りの服を展示し、その隣にはこれから人気が出るとされる服も展示している店もある。そして『探求者』にとって便利なものを売る店もあり、またうってかわって観光客向けに土産品を売る店もある。本屋を見れば『探求者』の冒険譚が売られている――ここは文明の中心だ。

 街道を歩く人々も様々で『探求者』はもちろん、この島で暮らしているのであろう人々や、飛行船で『錨の島』から観光しにきたのであろう人々の姿もある。街道は広いはずなのだが、いつも混んでいる故に少し歩きにくい。しかしそれは、この『第三の島』と『探求者』が、文明の発展の中心である確かな証拠であるのだろう。

「新種のマキーナの置物、ついに入荷したよ!」

 と、ある土産屋から上がった声に、ふとアークは振り返る。その土産屋の軒先には台が出され、拳大の何かが並べられていた。ひっくり返したバケツに、長い手、短い足が生えたようなもので、頭には輝くリングをつけている。丸い目はまるで子犬のようだ。

「あれか。あいつ、最近見つかった奴らしいけど、可愛いよな」

 アークが見ているものに気付いたのか、カノフも振り返る。だからアークは首を傾げた。

「あのちびっこいのは何だ?」

 最近見つかったマキーナ――聞いたことがない。まだ見たこともない。

「あれは基本的に無害で可愛い奴だよ」

 カノフは笑いながら答える。

「俺もまだ見たことないけど、森とか庭園跡にいたらしいぞ。植物の手入れをするためのマキーナらしくて、探索に入った『探求者』達そっちのけで剪定したり、水をあげてたんだと……彩想生物の世話もする、健気な奴だよ。その健気さが気に入られて、いま絵のモデルに使われたり、あいつを題材にした本も出るらしいぜ」

「何だそれ? またおもしろい話が出てきたなぁ」

「手を加えて、庭師として生活に役立てる計画も出てるらしい……ただ、いまのままだと言うこと聞かないし、持ち場があるらしくてそこから離れないし……持ち場を荒らしたり無理矢理連れ出そうとするとかなり暴れるらしいんだ……鋏を持ってな」

 それは危なく思えるが、あのマキーナが生活の一部として庭に現れるのも、遠い日ではないのだろう、とアークは思う。

 どこからともなく空を流れてくる島『旅島』から持ち帰ったもの。その技術は、そうして自分達の文明となっていく。

 改めてアークが正面を見れば、子供の列が見えた。歳は十歳に満たない程度、まだ幼い子供達だ。先頭には女性が一人。あれは恐らく『錨の島』からここを見学にきた子供達と、教師だろう。もしかすると、先程の飛行船に乗っていた子供達かもしれない。

「それじゃあ『第三の島』について説明するから、みんなよーく聞いてねー」

 広場までくると、教師が子供達へ振り返る。あたかもそういうおもちゃのようにあちこちを見ていた子供達は、元気よく返事をすると、教師へと視線を向ける。

 なんだか懐かしくなってしまって、アークは微笑んだ。自分も昔、こうやって初めて『第三の島』に足を踏み入れたっけ。全てがきらきらして見えたのだ。全てが新しくて、つい目移りしてしまって。

 しかし、あの子供達のように先生の話をしっかり聞いた。普段はあまり聞かないのに。何故なら先生は『探求者』になるための話として、この島の説明をしてくれたからだ。そう言われると、全ての子供が集中して話を聞くだろう。皆『探求者』になりたいのだから。

 けれどもやっぱり目移りしてしまうに決まっている――一人の子供を見て、アークは思う。

 その子供は、教師の話を聞いていない様子で、心奪われたかのようにある店をぼうっと見ていた。視線の先にあるのは本屋。昔の『探求者』の功績、冒険、英雄譚をまとめた本が出るらしく、店先にポスターが貼ってある。描かれているのは、翼を大きく広げた『探求者』だった。対峙しているのは牙をむいたドラゴン。

 ドラゴン。『旅島』に生息する生き物――彩想生物の中でも最も危険と言われている生き物。その姿、恐ろしさは伝説のように語り継がれている。

 本物のドラゴンを、アークは目にしたことがなかった。そもそも本当にいるのかどうか。けれども確かに、ドラゴンは過去、多くの『探求者』を屠ったと聞いた――絵で見ても、その牙は鋭く、瞳は恐ろしく思える。

 しかし対峙する『探求者』に恐れた様子は全くない――手には紫色の球体がはまった剣を構えている。ドラゴンを倒し、先に進まんと、勇んでいる。

「――おいアーク、いくぞ! 遅れてシーラウスに怒られるなんてなったら、俺は嫌だぞ!」

 気付けば足が止まっていて、先に行っていたカノフに声をかけられた。アークは慌てて兄を追い、横に並んだ。


 * * *


 『探求者』協会本部。そこにある第七区画管理長室。

 アークは思わず喜びに顔を綻ばせそうになるものの、まだ少し緊張したまま、目の前のテーブルを見ていた。隣に並ぶカノフからも同じような気配を感じる。

 目の前の机に置かれているのは、それぞれの新しい武器と、新しい『探求者』章。アークの『探求者』章には橙色の欠片が埋め込まれていて、カノフのものは青色の欠片が使われている。武器の種類も互いに違う。アークのものは銃型。カノフのものは剣型。それぞれが希望したものだ。

「昇格おめでとう」

 机の向こう側に座るのは、第七区画管理長であるシーラウスだ。自分達、第七区画に所属する『探求者』をまとめる。詳しくは知らないが、見た目は四十代の男。その目はひどく鋭い。そのせいか、向き合うとアークはいつもひどく緊張してしまうものの、今日は違う。祝辞の言葉も冷たく感じるが、今日、自分は昇格したのだ。

 シーラウスはまず、カノフと向き合った。

「……カノフ。ようやく青ランクだな。これからも成果を出し続け、紺ランクを目指してくれ」

「ああ、やってみせます」

 そうしてカノフは新しい武器と、新しい『探求者』章を受け取った。前まで持っていたものは、すでに返却した。

「それからアーク」

 続いて呼ばれ、アークは改めて背筋を伸ばした。シーラウスの鋭いまなざしが、向けられる。

「『探求者』になって一ヶ月……うまくやっているようだな」

 シーラウスは続ける。手元にある書類を軽くめくりながら。

「だが勘違いをするなよ。今回の昇格は、特に成果があったからではなく、無事に一ヶ月『探求者』として過ごせた褒美だと思え……これからは、ただ『探求者』としてやっていくだけでは昇格できないぞ」

「わかってます」

 アークも武器と『探求者』章を受け取った。『探求者』章を胸につけ、握った武器を見つめる。橙色の球がはまった銃だ。橙ランクの『探求者』の武器。胸につけた徽章と同じ色。

 これでやっと橙ランク。しかしシーラウスも言った通り、このランクは赤ランクの者がある程度の期間、適当に任務をこなしていればなれるものだ。これから先の昇格には、成果が関わってくる。『探求者』としての指命を全うしなければならない。

 『探求者』の使命――それは『旅島』を調査、探索し、そこに隠された遺産、技術を集めてくること。潜むマキーナあるいは彩想生物と戦い、未来のためのものを手に入れてくること。

 『探求者』達がいたから、いままでがある。そしてこれからは、自分達いまの『探求者』が未来を作っていく鍵となるのだ。

 新しい武器を強く握り、アークはちらりと窓の外を見た。遠くにいくつもの『旅島』が浮かんでいた。あの島の一つ一つに、秘密が隠されているのだ。

「……やったなアーク!」

 我慢できなくなったような小さな声で、カノフが肘で突いてくる。アークも突き返した。

「カノフこそ!」

 そこでシーラウスが咳払いをし、二人は姿勢を正した。

「……ランクが上がったからと言っても、調子に乗ったり、無理をしたりしないように。規則も厳守。でないと降格だ。そして……『探求者』の一人として、使命を果たしてくれ――」

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