24 祝え、新たなアレの誕生だ

 左腕の筋肉痛が治まってきたころ、The Universeユニバースのメッセージ画面に見慣れないアイコンが表示された。


 開発運営チームからのダイレクト・メッセージだ。


 件のボス討伐イベントの締めくくりに、特設ワールドでのセレモニーを開くらしい。



mekusako:このワールドのID、アヴィークと戦った場所ですね。



 メッセージはあの時一緒に戦ったメンバー全員に届いていた。


 指定された時刻に招待inviteポータルをくぐると、視界いっぱいに鮮やかな花の庭園が広がる。


 暗黒色だった空は爽やかな青空になり、死闘を繰り広げた無の平面は空に浮かぶ華やかな空中庭園に作り替えられていた。


「悪魔を倒して平和な世界を取り戻しました、ってところかな」

「ワールドのIDが一緒なところも演出なんでしょうね」


 合流したバケツちゃんメッくんと話しながら白い石が敷かれた舗道を道なりに辿る。


 花のアーチをくぐった先は開けた空間になっていて、中央の四角い石壇には一振りの剣が突き立っていた。



「セイバー夫人」



 軽く手をあげ、そのひとの名を呼ぶ。

 鍔のオーブを明滅させて応えた夫人の隣に、緑髪の女神も立っていた。


 このワールドのホスト――開発運営チームのユピトjupitさんである。


 俺とメッくんが挨拶すると、常に微笑んでいるような細い目のまま頷いた。


 ほどなくしてドリルばんちょうとバケツラバー氏もワールドに現れ、一同は夫人の刺さった石壇を中心に“立ち位置”を定め。



「間もなく配信が始まるから、その辺りに立っていてね……OK、カメラはこちら。それでは――イベント表彰配信のスタートだ」



 女神が取り出したカメラつきドローンに注視する。

 配信開始の合図の後、ユピトさんはネイティブな英語で何かを話し始め、その後日本語で同じ内容を話してくれた。



「The Universe初の大型PvEイベントはプレイヤーの皆さんのお陰で盛り上がりました。イベントの成功を祝して、このワールドのモニュメントには参加プレイヤーの名前ハンドルネームを刻ませていただきます。もちろん、君たち優勝者の名前を先頭にね」



 女神ユピトさんがカメラから向きなおり、俺たちに目配せしてくる。

 それまで背景に徹していたので会釈を返すくらいしかできない俺の隣で、ドリルばんちょうの音割れした歓声が響いた。


 つられて「イェーイ」とか「バンザーイ」とかやり始めた俺たちを見て満足げに頷いた女神は、再びくるりとカメラに向かい両腕を広げ。





「そして、これよりイベントの“後半戦”――PvP対人イベント開催の告知を始めます!」





 き、聞いてない……!



 隣で「えええええええええ!?」とか音割れさせてる奴を一時的にミュートにして、女神の宣言こくちに注意深く耳を傾ける。 



「私たち創造者開発チームは、このThe Universeを自分たちだけで作ったゲームだとは考えていません。皆さんプレイヤー一人ひとりがこの世界を作っている。だから、



 女神の緑色の髪がぶわ、と浮かび、続いて身体も淡い光を放ちながら空へ昇る。



 見上げるほどの高さで止まった女神の手には、いつの間にか石壇から引き抜かれたセイバー夫人が握られていて。




 夫人つるぎが女神の手を離れ 、俺たちの頭上に静止する。


 剣は青い光の球に姿を変えて、みるみるうちに巨大化し。


 顕現ロードしたのは見慣れた白い巨人の姿。


 それでも俺だけは、こうして“それ”を見上げるのは変な気分がする。




 空中庭園に現れた“セントラル”は、よく見ると頭部に白銀の冠のようなパーツをつけていた。



「セントラル……が、魔王……ですか?」

「俺に訊かないでよメッくん。どういう事なのか何も――」


 俺たちの、そしてこの中継を見ている人たちの疑問に応え、女神が微笑をたたえた口を開く。


「こちらのMrs.セイバーだけではなく、先のPvEイベント優勝チームにPvPイベント――“ウォーズ”のを務めてもらいます」


「……私たちにメリットはあるのかな?」

「ただ袋叩きにされるだけだったら割に合いませぇぇぇん! 燃える展開ですよぉぉぉ!? 炎上!」



魔王ボス役のプレイヤーには破格のログインボーナスを付与します。具体的には一騎当千の戦闘力を得られるだけの経験点EXPですね。さらに魔王ボス側の勢力に与するプレイヤーにも定期的なボーナス付与を行います。この特典を受け取るか、それとも彼らを討伐して王座を奪い取るのか。選択は自由です」



「捕捉事項があってよ」



 セントラルの首が俺たちの方を向き、セイバー夫人の声が響いた。

 


「事前に通告していなかったこともあるから、今回は優勝チームみなさんにも選択権が与えられているわ。わたくしと一緒に最終ラスボスをやるかどうか、ね」


「ふむ。その口ぶりだと、夫人。あなたはこの件にもともと一枚のかな?」

「彼らにも選ばせてあげて、と提案しただけよ」

「バッチリ関わってますねぇぇぇ! コネクション!」

「なんとなく納得できちゃいますけどね……夫人だし」



「さあ、どうする?」



 あらためて、頭上の女神が俺たちに問う。



 セントラル夫人も視線で同じ問いを投げかけてきている。




 俺の、気のせいかもしれないけど。

 夫人からの問いは、きっとのだと思う。




 だから、迷う必要なんてなかった。



「相棒の剣が魔王になっちゃった。それなら当然、“姫騎士”としてはでしょ」



 踵を二歩、後ろへ下げて。


 したセイバー夫人を見上げ、不敵に笑ってみせた。




「ええ、そうでしょうとも――――素晴らしいわ、ルミナさん」




 静かで穏やかで、それでいて心底嬉しそうな深い声と共に、セントラルの胸部が眩しく輝く。




 袂を分かつ光を浴び、ルミナおれは空中庭園から追放された。







バーチャル自室homeに飛ばされた俺の視界に手紙型のアイコンが表示されている。


差出人はセイバー夫人。


メッセージの代わりに記載されたURLは、共有ファイルへのリンクだ。





アクセスすると、モデルデータがひとつダウンロードされた。

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