15 初見殺し

「あらあら。どうしましょうねえ、ルミナさん」

「どうしましょうじゃないスよ……」


 他人事みたいに話すセイバー夫人にため息をつくが、目線は片時も正面から離せない。


 セントラルおれたちの目の前には件の“イベントボス”が立っているのだから。


 大きさはセントラルと同クラス。少し大きいから全高40メートルといったところか。

 カブトムシをスマートな人型、いや、四肢が異様に長いシルエットはと呼んだ方がしっくりくる。

 頭に目口鼻に相当する部分はなく黒光りする甲殻に覆われていて、不気味な無機質さがある。

 顔と同じく全身にも黒い甲殻をまとい、胸の中央では楕円形のオーブが青く明滅している。

 右手に持つ身の丈ほどの……杖だか剣だか銃だかわからない何か、とにかく武器が、いっそう得体の知れない威圧感を俺に与えた。



 でもって、こいつら六体もいるのだ。



 混沌としたマーブル模様の空間に浮かぶ広大な四角平面planeのフィールドには遮蔽物など見当たらず、身を隠す場所はない。


 それは相手も同条件ということではある。

 こういう戦闘ワールドはアクションゲームの性質が強いから、地形の凹凸に引っかかって理不尽なミスを誘発――なんて要素を排除する意図なのだろう。


「どうしましょうではいけないなら、


 俺が身構える前に、夫人の操作でセントラルからマイクロミサイルとレーザーが発射された。

 前方の悪魔甲蟲たちに着弾し、爆炎と煙がまきあがる。


 前哨戦のクワガタドローン軍団はこれだけで一掃できたが――――


「オホホホホ、思った通りね。無傷だわ」


 呑気に笑う夫人にツッコミを入れる暇はない。

 六体のボスのうち、いちばん近い距離にいた奴が“武器”の先端から光の刃を展開して斬りかかってきたのだ。


 巨体をして数歩の距離を一瞬でつめた漆黒の巨人が大鎌を横に薙ぐ!

 とっさに左の青龍刀で斬撃を受けると、コントローラがビリビリと大きく振動して敵のパワーを体感させる。

 俺は二撃目がくる前に敵の懐――大鎌の射程まあいより内側へと踏み込んで青龍刀を打ち込む。

 漆黒の巨人はセントラルの攻撃に即反応してバックステップ。

 こっちはさらに踏み込みつつもう一振りの青龍刀で斬りつける!


「くっそ、浅かった!」


 コントローラには手ごたえを示す振動があったものの、見たところ胸の甲殻そうこうに傷をつけただけのようだ。


「並みの相手なら今の一撃で腕の一つも落とせたはずよ。がおっしゃった通り、一筋縄ではいかないわね」

「ステータスも行動ルーチンもベリーハード以上ってとこですね。下見がてらあわよくば初見クリア、なんて考えが甘すぎたなあ」


 一瞬“ギブアップ”の一言が頭をよぎる。

 だが、この“エネミー討伐イベント”は挑戦者の様子が全世界に発信されているのだ。

 舐めてかかって初見ソロで突撃した結果リタイア、なんて情けない真似はしたくない。


 せめて一矢報いるくらいは――


「ルミナさん、避けなさい!」


 夫人が警告し、黒い巨人の胸に嵌まったオーブが光る。

 目がくらむほどの閃光フラッシュがあってすぐ、炎の球が飛んできた。


 真横へステップして回避運動をとるが、火球はセントラルおれの左腕をかすめた。

 視界に『damaged』のメッセージがポップアップする。


「かすっただけで腕盾バインダーを持っていくのかよ!」


 セントラルの左腕と一体になっている盾が火球にはぎ取られていた。

 左手に持つ青龍刀の刀身も中ほどからへし折れてしまっている。


「“胸”が光ってから発射までおよそ5秒ね。連射はしてこないようだから――」


 夫人が言い終える前に、後方に控えていた巨人たちの胸がタイミングをずらして光り出した。

 即死級の威力をもった火球が5連続で飛んでくる!


「うおおおおお!」


 左へステップしてすぐしゃがみ、立ち上がりながらコントローラを操作してジャンプ、空中でレバーを右へ倒して軸をずらし、着地と同時にもう一度左ステップ!


 どうにか気合で全弾をかわし、ぜえぜえ息つく俺に対し6体の巨人は容赦なく大鎌の波状追撃!

 残った右手の青龍刀で斬撃を受けて、払って、いなす。

 敵はいつの間にか獲物おれの四方に位置どって、一糸乱れぬ精密な連携で攻撃を加え続ける。


 前後左右の4方向に対応できれば敵が何百体であろうとも仔細なし、と言った人がいるが、ンなもん普通の人間ができることじゃない。

 かわしきれなかった漆黒の巨人の斬撃が徐々にセントラルの装甲に傷をつけ、本体フレームにダメージを与えてくる。


「なろー、このまま袋叩きでゲームオーバーなんてなァ、カッコつかねえんだよ!」

「それでは、どうなさるつもりかしら?」


「夫人。真正面にビームをフルパワーで連射してください」


 うなずく代わりにセントラルの胸部から猛烈な勢いで赤い弾丸が吐き出される。


 それを合図に俺はコントローラのレバーを思い切り前へ倒し、セントラルが地面フィールド蹴って目の前の敵にタックルを仕掛けた。


 敵に組みついたままもう一歩前へ踏み出して包囲を崩す。

 自室の壁を実際に手で押しながら飛び退くことで、ゲーム内のセントラルが漆黒の巨人を突き飛ばしながら間合いをとる。


 ここまでで1秒ちょっと経過。当然、背にした残りの5体が動き出す。

 俺が何か言う前に、夫人がミサイルで弾幕を張って後方の敵を一瞬だけ牽制してくれた。


「オラァァァァァッ!」


 俺が見るのは目前の敵のみ。

 最初で最後の“こじ開けた隙”に、俺はこの右手を思い切りことだけを考えて。



 セントラルの青龍刀が胸のオーブに突き立って、漆黒の巨人のうち一体が崩れて塵になる。


 それと同時に、セントラル俺たちは火球の十字砲火にさらされた――――



 *



「まあまあ健闘した方ですよね」


 イベントバトルのフィールドから排除されて戻ってきた“坑道の秘密基地夫人のhome”で、俺はわざわざルミナアバターの表情も“ぐったり顔”に変えながら言った。


「反省会ね」


 少しタメてから無情な一言が飛んでくる。


「て言うかソロで突撃しようって言いだしたの夫人ですからね?」

「ええ。だから反省会よ。わたくしわ。1,2,3……はい、反省は完了しました」

「そんなデジタルな反省あります?」

「さあ、反省したから次は特訓ね。何をやろうかしら?」


 「何をやろうかしら」ってイコール「俺に何をやらせようかしら」って意味なんだよなァ。

 採石場ワールドで鉄球受け止めたりジープで追い回されるくらいのことは覚悟をキメたところで、視界の端に“手紙マーク”のアイコンがポップアップした。



 プライベートワールドへの招待状inviteだ。

 差出人の名前を見て、俺は自分の眼を疑った。



 では足らずくらいしたところで、俺はようやく自分が“めかばにあちゃん”から招待inviteを受けた事実を飲み込むことができた。

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