13 そうよファラウェイ

「さあロールプレイよ。この流れに負けないインパクトでお願いするわね」


 そんなこと言われても途方に暮れるんですが。


「ええっと……呪文詠唱でもしてみます? 踊りながら魔法陣描くとか」

「ピンとこないわねぇ」


 姫騎士ルミナおれ大剣ふじんがこうして話している間も、周囲では他のプレイヤーが円盤に切り裂かれバケツフィーバーロボはレーザーの雨を全身に浴びている。


わたしに任せてくれないか」


 全身甲冑を黒いゴムでコーティングした変態が声をかけてきた。

 全国バケツヘルム愛好家連合代表バケツラバー氏だ。

 彼の隣ではバケツちゃん姿のメッくんが周囲の殺人円盤を気にしつつ控えめに手を振っている。


「同じバケともの失態、そして窮地でもあるからね。このショーのスタッフも観客も半数以上が全バ連の仲間なのだ」

「そりゃ一大事っスね」

「そしてルミナくん、セイバー夫人、君たちもまたバケ友の一員だからね」

「それも一大事っスね……」


 バケツラバー氏に促されるまま、俺と夫人は巨大ロボットアバター“セントラル”をスタンバイ。

 剣から白い巨体になったセイバー夫人に搭乗equipして、俺はドラゴンフレーム“セントラル”になった。


 足下では――バケツラバー氏が自身のインベントリから拡声器(バ材製)を取り出しているのが見える。


「皆の衆ー! 世界が滅びますぞー! ことごとくバケツ如来に帰依してくだされー!」


「バケツ」

「如来」


 もしかしなくてもセントラル俺らのことか。


 否定や抗議の間もなく、逃げ惑っていた人々が雄叫びに近い歓声をあげる。


「今はこの流れに乗るしかなさそうね。バケツラバーさんには後程のちほどメントスコーラさん経由で一言いっておきましょう」

了解それじゃ――やいスクリュークイーン! 会場を乗っ取りあまつさえ人々を皆殺しにしようとする外道の所業、許せん!」


 抜刀した切っ先を上空のドリル17号へ向け啖呵をきる。


「オゥ、テリブル!」


 ドリルばんちょうは言いながらレーザーの火線と子円盤をセントラルに集中させてきた。


 俺は舌打ちひとつしてから青龍刀を振るい、群がる円盤を切り刻みレーザーを弾き飛ばす。

 夫人の操作で反撃のマイクロミサイルが発射される。が、向こうの迎撃レーザーにすべて撃ち落とされてしまった。


「今回はをやるつもりはありませぇん! 火力戦で完封してさしあげまァァァァす!」

「調子にのるなよこの――」



「皆の衆! バケツ如来に我らの信仰心をあつめるのだ!」


 散り散りになっていたプレイヤーたちはバケツラバー氏にまとめられ、一団となって声をあげている。


「唱えよ! 阿耨多羅三藐三菩提アノクタラサンミャクサンボダイ!」


阿耨多羅アノクタラ!」

三藐三菩提サンミャクサンボダイ!」


阿耨多羅アノクタラ!」

三藐三菩提サンミャクサンボダイ!」


阿耨多羅アノクタラ!」

三藐三菩提サンミャクサンボダイ!」


 気持ち悪いくらい声が揃ってる。

 さてはこいつら普段からこんなことやってるな。


「盛り上がってきたわね。ルミナさん、描画負荷はよろしくて?」


 夫人に尋ねられ、俺はすぐにコンソールを開いて現在のFPS処理速度を確認。


「余裕です。さすが最新型グラフィックボード、ゴキゲンな性能ですね」

「これだけ人がいて破片や光線も飛び交っているのに平気なのね。素晴らしいわ」


 マイクの向こうから夫人がキーボードを叩く音がきこえる。

 セントラルのインベントリから“武装”がひとつ取り出され、目の前の空間にあらわれる。



――――“Ω”Buster Canon launched――――



 それは“大砲”だった。

 セントラルの全高の5倍はあろうかという長い砲身が、オウムガイを機械化したような外見のエネルギージェネレーターから生えている。

 グリップを掴むとエネルギーの充填が始まり、ジェネレーター後方に四条のびる触手型スタビライザーが発光しながら波打った。


「フルチャージまで少し時間をいただくわ。近づいてくる円盤は内装火器で迎撃するけれど、レーザーの類は避けて頂戴ちょうだい。もちろん照準とトリガーはルミナさんの担当よ。よろしくて?」

「このバカでかい大砲を構えたまま、ドリルばんちょうの絨毯爆撃をかわせばいいんですね! やりますよ、やってやります!」


 さっそくこちらに飛んできたレーザーの束をサイドステップで回避。

 コントローラのレバーを倒す親指に少し汗がにじんだ。


 避けた先にノコギリ円盤の編隊襲来!

 肩のマイクロミサイルで撃墜するが、爆発のエフェクトで視界が遮られた。


 黒煙を貫いてレーザー飛来、直撃コース!

 ダメージを覚悟した俺の前に、もう一人の巨人――バケツフィーバーロボが躍り出た。


「その大砲をこれから使うデショウ? 時間稼ぎ手伝うアルね!」


 中華の王将は思った以上に頼もしかった。

 セントラルに向かってくる円盤を薙刀で切り払い、レーザーは自分自身を盾にして受け止める。


「夫人、あとどれくらいですか!?」

「60秒がんばってちょうだい」


 3方向から飛んできたレーザー群のうち手薄な方向へステップ。

数発をセントラルの装甲で受け止めれば、握ったコントローラが振動する。


「あと30秒よ」


 円盤を砲身で払いのけてバックジャンプ。

 肩のミサイルと胸のレーザーはさっきからほぼ垂れ流し状態だ。


「15秒」


 戦闘の余波で倒壊したビルの近くへ移動する。

 遮蔽物が少ない場所は弾幕にさらされるが、こちらも狙いがつけやすい。


 俺は回避運動をやめて床を踏みしめ空を仰ぐ。

 携えた“オメガバスターキャノン”の砲口を、巨大円盤ドリル17号へ向ける。


「カウントダウン始めるわね。5、4、3,2、1――」



 ゼロ! と夫人が声を張ると同時に俺はコントローラのトリガーを引き。


 バスターキャノンの先端から真っ白い閃光が一気に広がって、球形の巨大なプラズマ炎塊が発射された!


 炎塊はドリル17号が放つレーザーも、子円盤も、周囲のビルや瓦礫も、すべてを白い光で飲み込んで上空へ。


 外れようがない一撃は巨大円盤の中心に命中し、目が痛くなるほどの激しい閃光エフェクトで俺たちの視界を埋め尽くした。





「ありがとうバケツフィーバーロボ。君たちのおかげで悪いドリルは死んだよ」

「礼を言うのは我々の方アル」


 悪の円盤を跡形もなく消し飛ばして取り戻した青空の下、セントラルとバケツフィーバーロボはガッチリと握手を交わした。

 共闘した巨大ロボットは握手をせねばならない。これは憲法にさだめられた大事な決まりである。


 俺も夫人も、バレンジャーの3人もきっと、この空と同じ晴れやかな気分だ。


 そして会場のデパートは――デパートなんて。ここにはもう、無人の荒野しかない。


 激しい爆撃戦のトドメに戦略級のエフェクト攻撃をしたせいなのは分かっている。

だけど、俺たちは最後までそこには一切触れなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る