第七話  突然の贈り物

 紅人は父の記憶が無かった。きっと、接した事も少なかった。父を想う事ができなかった。

 母が亡くなってすぐに母では無い女に手を引かれ、焼け野原をひたすら歩いた。焼け残った家屋であった跡地に簡易な雨凌ぎを作り、女は温かい汁を拵えてくれた。川で水を汲み、跡地に埋もれていた味噌と野草を混ぜただけのものだったが美味かった。すぐに雨が降り始め、雨漏りが凄かったが女の肌の温かさで、幼い紅人は寝てしまった。次の日も食べ物を探して歩き回った。重たい味噌の壺を持ち歩き続けるのは、二人には度し難い事であった。壺の味噌が半分まで減り、持ち歩ける程になったので、そこを離れる事にした。大きな葉に包み、三つに分けた。二つは女が、一つは紅人が持ち、また歩いた。女の腹が膨れているのに気付いた頃、二人は小さな村の外れに、誰も住んで居ない小屋をみつけた。そこでこそこそと暮らし始めた。近くの川で魚をやっと捕まえた頃、もう日が暮れ始めていた。薄っぺらい板の上に横たわっていた女は喜んだ。すぐに外で焚火をし、焼いてくれた。焼き魚となったそれを女に渡したが、お前がお食べと返された。膨れてく腹とは逆に窶れていく様に、幼い紅人はなぜ食べないのに腹が膨れるのか不思議だった。隠れて美味い飯でも食っているのだろうか。日に日に骨が剥き出しになっていく手首などには気付かずに、そう思っていた。

 雪がしんしんと降る朝、ぎしみっ、ぎしみと雪が重なる上を歩いてくる音がした。獣ではないと女は分かったが、すぐに紅人に自分が掛けていたぼろ布を被せた。足音は閉まっていても隙間風を通してしまう、役立たずの引戸の前で止まり、どさっと重たい物を落としてまた引き返して行った。暫く経ってから女は隙間から覗き込み、急いで戸を開けた。

大根や、人参、なんと米までもが藁で丁寧に編まれた大きな籠に、どっさり入っていた。すぐに小屋に引きずり込み、もう一度中を覗いた。女はとても嬉しそうな顔で紅人を抱きしめた。もう少し、生きながらえると泣いた。

 久しぶりに女も紅人と同じ分だけ食べていた。白い米に、味噌汁に、肉を焼いた。自然と笑みが溢れる程、美味かった。紅人は誰が届けてくれたのか知りたかった。女には聞いて見たが、判らないとの事だった。それから毎日の様に早起きし、隙間を覗いていた。すると、また雪の降る朝、ぎしみっ、ぎしみと雪を踏む音が近づいて来た。重たそうな籠を背負った老人が、戸の前でゆっくりと腰を下ろし肩から籠を外した。また、ゆっくりと立ち上がり背中を向けて去ろうとしていた。紅人はたまらず引戸を開けてしまった。老人は驚きもせずに紅人を見ると、こう言った。

「お前は狩りを覚えなきゃならん。今すぐにわしに付いて来い。」

後ろで聞いていた女が、

「この子はまだ五つになるばかりの幼子です。まだ狩りなどできません。」

黙って紅人を見た老人は

「こいつにはできる。」

そう言って紅人の首根っこを引っ張って、引きずる様に連れて行ってしまった。女は心配そうに後ろ姿を見守る事しか出来ない様であった。

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