第五話 八鬼頭、全員集合

 全身が引きつる感覚に、桜花は目を覚ました。思い通りに動かない手で着物に触れた。ちゃんと着替えてあった。

「ゔーん。」

ドタドタドタバタン、ドタタッ。

長い廊下をもの物凄い勢いで走ってくる音がした。

「ただいまーっ。」

その大きな声で襖を開ける前に、雪那だと解った。という事はまた走ってくる奴がいる。と、すぐに追いかける様に足音が響いた。ドンドンドンドン、ドシドシドシッ。

「雪那、待ちなさい。まだ開けてはっ、あー。姫様、申し訳ありません。」

満面の笑みでこちらを見ているのは、幼馴染みの雪那【せつな】、わずか十にして鬼頭を引き継いだ。その後ろで深々と土下座しているのが蒼冥【そうめい】、雪那の心の臓を守る妖。守護霊みたいなものだった。

「雪那、今日は特別な日だ。まだ姫様を訪ねてはいけないと言ったのに。」

顔を上げられずにいる蒼冥を尻目に、雪那は桜花の頬に口付けた。

「桜花ぁ、逢いたかった。」

「雪那、夜千代が来る前に早く戻って。」

桜花は冷たく言い放ち、体から雪那の手を引き剥がした。夜千代と聞いた蒼冥は、軽々と雪那を持ち上げ、逃げる様に去って行った。慌ただしさで痛みが紛れていたが、そのうち全身に力が入る様になっていた。それにしても華響の稽古、きつかったな。強靭だとはいえ、鬼にだって限界はある。そう思った。

「そろそろ、皆つく頃か。」

さっきよりも体が軽くなってきた。すぐに着替えると、夜千代に言われた通り、隠冠【いんかん】と言う薄く白い布が張られた冠をつけた。

 本殿へ行くとすでに宴は始まっていた。きっと千寿様の指揮の元、であろう。風神様と雷神様も豪快に酒を浴びていた。

「桜花、遅いぞ。」

千寿が赤い鼻を近づけ肩を組んできた。

「お頭様方が早いだけ。着いてすぐ宴?ありえない。」

「今日はめでたい日だ。呑んでもいいじゃろ。桜花もついに赤鬼じゃ。ほっほ。」

千鳥足で酒の席に戻った。本当に嬉しそうだった。千寿の目は白眼【はくがん】になっていた。もう死期が近いという事。そう、夜千代と一緒。夜千代は宴の準備に回って忙しそうだった。だから、今朝の事は見逃されたのだろう。雪那達の正座して叱責を受ける姿を見なくて済んだ。その光景を何度目にした事か。そんな事を思い出したりしてると、

「おいっ、桜花か?大きくなったな。」

剛海が頭をコツコツしてきた。

「剛海は相変わらず、でかいね。」

素っ気無い桜花に

「本当、生意気だよな。お前。」

さっきよりも強く頭を突かれた。剛鬼も八鬼頭で、獄家より東に位置する山奥の鬼一族を纏めていた。風神様と雷神様の次にでかいだろう、桜花はそう思っていた。背後から冷たい視線を送っていたのは雅龍【がりゅう】だった。幼い頃からこいつが苦手だった。見下す様な憐んだ瞳で見られている気がした。声を掛けたくは無かったが、鬼の頭首になるんだからそうもいかんと恐る恐る雅龍を見た。やっぱり、そういう瞳でこっちを見ていた。仕方なく、

「雅龍、来てくれてありがとう。」

言い終わるのを待たないうちに、

「貴様の為ではない。」

予想通りの返答だった。それでも桜花は深々と礼をし、着物を翻した。それを見ていた華仙が笑った。

「桜花も立派になったもんだね。」

華仙にはいつも調子を狂わされる。泣いていても笑わせられるし、笑っていても泣かされる。そんな感じだった。またしても不意を突かれ抱きしめられていた。

「なんだか、寂しいな。」

全く、どうも憎めない。耳元で囁くように呟いた声が嘘とは思えなかった。

「私は何処へも行かないし、死なない。寂しいというのはどう言う事。」

華仙の目に涙が滲んでいた。

「えっ。何?」

桜花は驚いた。なんで泣くの、何か悲しませる様な事をしたか。すぐに手で拭ってしまったが、確かに目を潤ませていた。最後に登場したのは才蔵だった。才蔵は普段、人間について何やらこそこそとやっていた。皆は忍者と呼んでいたが詳しくはわからなかった。桜花は才蔵が羨ましかった。儚き者をもっと傍で見ていたかった、才蔵の様に。

「華仙、桜花を困らせるな。宴の席で泣くのはよせ。めでたい日だぞ。」

全くその通りだと、思った。取り敢えずこれで全員揃った様だ。獄家を守る風神、雷神。北の国の雪那、長良村の千寿。東の山奥の剛海、離島の華響、霧隠島の才蔵。南の湖の鬼門を守る、華仙これが、八鬼頭【やつきがしら】と呼ばれる純血を名乗れる鬼達だった。雅龍は八鬼頭では無かったが、純血の鬼だと聞かされていた。理由は誰も教えてくれなかった。




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